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小説 「2月29日」



こんなご時世だからこそ、あえて日記に残そうと思います。

私は、言いたいことがたくさんあるのだけれど、いつも口ごもってしまって、面と向かってはなかなか流暢に話すことができないので、こうして文章に残せることは、ただそれだけで幸せです。

夫が昨日、会社からノートパソコンを持って帰ってきました。「これで、もう、満員電車に乗らなくて、済む」とにんまりと笑みがこぼれていて、なんだか私まで嬉しくなりました。今朝は晴れたので、洗濯をして、ベランダで干した。駐車場の梅の花が、桜のように綺麗でした。

晩御飯にキムチ鍋をつくりながら、「辛い料理って、ウイルスに効くのかしら?」とつぶやくと、夫はスマホに目を落としたまま「そうだったら、大発見だな」と言った後で、ラインでお友達と会話を始めてしまいました。

お友達の名前は、中河原さんという方で、高校時代からの腐れ縁で、同じ寮にいて、一緒にたくさん悪さをした仲だそうです。

高校生のくせして、夜中に日本酒の一升瓶を二人であけて、酒臭いまま一限の体育の授業で高跳びをして、とうぜん二日酔いだから、ジャンプするたびに酔いが頭を揺らして、はさみ跳びしかできなくて、最低記録を出したんだとか。

みんなが、カッコよく背面跳びをするなかで、太ったクラスメイトと彼だけが、はさみ跳び。それも、一番最初の棒を落とすのです。絵が浮かんで、おかしくて笑い転げていると、むすっとした顔で、酔ってなければもう少し飛べましたと強がるので、ますます可愛かった。

総理大臣の会見を聞いて、悪くなかったとか、とりあえず2週間が山だけれど、この山はこれからも続くし、そしてもっともっと高くなっていくと、話ししていて、包丁の手が止まって、泣きそうになりました。

お風呂のなかで、4月になったらディズニーランドに行けますか、とおそるおそる聞いてみると、渋い顔で、「残念だけど、無理だと思う」とハッキリと言った。

夫は嘘はつかない人。そのほかはどうしょうもないけれど、そこだけは、私は信頼している。嘘を平気でつく人は、それが良いウソであったとしても、一緒にいて疲れるから。

「再開を決断する方が、難しい。収束したら、と言うけれど、誰が収束宣言を、出すのか。何をもってして、収束したと言えるのか。来週から、もっとたくさんの人が、検査ができるようになって、そうすると、もっとたくさんの人が、陽性になる。2週間、全員で引きこもっても、また前のように、みんなで集まれば、また感染が広がる。特効薬ができるまで、数ヶ月、半年。何年もかかるかもしれない」

今年の初めに、鶴岡八幡宮でお参りをしました。

寝坊したので、昼過ぎに鎌倉駅に到着したら、ものすごいたくさんの人で、寒いなか、何時間も待った。人の波に押されて、階段を上がって、やっとお賽銭箱の前まできて、冷えた指で、小銭を投げて、二人の健康をおねがいした。こんな人混みはもうお腹いっぱいだと、うんざりとしたけれど、あれは、幸せだったんですね。


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