【短編】「チャンバロウと7つの喜劇、あるいは閉鎖空間における熱狂的な愛欲について」
本日はここ、渋谷スタジオパークに、先日の芥川賞から惜しくも選考にすら入らなかった作家のヤナギ・ケンさんにお越しいただきました。
「ネコ・ヤナギです」
ヤナギさんこんにちは、今回は非常に残念な結果となってしまったわけですが、しかしながら、新作の『チャンバロウと7つの喜劇、あるいは閉鎖空間における、変態的な性欲について』という作品は、
「熱狂的な愛欲です」
非常に高い評価を得ています。とくに注目されているのが、チャンバロウはほんとうは実在するAさんではないのか、喜劇は実際には17つあるのでは、という部分ですが、
「そんなことは視聴者の皆さんは興味がないと思いますので、さっき、そこの廊下ですれ違った美少女の話をしてもいいですか? ちょっと身震いするくらいの衝撃でした。あと、すみません、スタジオがちょっと寒いので、エアコンの温度を2度上げていただけると幸甚です。サンキュー。それでは、わたしから一つ質問です。美少女の定義とは何でしょうか?」
顔が美しい。
「なるほどです。ほか、コメンテーターのイケノウエさんのご意見は?」
『美少女』の定義ですよね、『美女』ではない、というポイントに着目すると、重要なのは年齢が高くないこと、具体的には10代から20代の前半まででしょうか。
「たしかに年齢は重要な要素かもしれません。では観覧席にうつって、最前列の一番左はしの、あなたはいかがでしょうか?」
……。
「黒い帽子をかぶって、うつむいてらっしゃる、あなたです。美少女の定義とは何だと思われますか?」
……時空を歪められること。
※※※
渋谷スタジオパークの壁という壁がみるみる溶け、人が消え、気づけば荒野だった。
真っ黒に焦げた草木、地面はえぐれ、灰色の岩石が無造作に飛び出している。空は分厚い雲に覆われ、激しい雷雨が襲ってきそうだ。
目の前で帽子を剥ぎとった人物こそ、私がさっきスタジオの廊下ですれ違った美少女だった。整った瞳で見つめられたらひとたまりもないので、私は目をそらす。
「あなたが恐れているものをあててもいい?」 きれいな顔に似合わない低い声だった。私が返答に窮していると、彼女は続けた。
「歳をとることが怖いの。老いが怖いの。あなた自身の年齢ではなくて、まわりが、周囲のひとたちが、どんどん歳をとっていくことが怖いの。みんなが歳をとって、やがて、あなたのことを忘れてしまう。あなたは一人ぼっちになってしまう。それが、怖いの。ほんとうの一人ぼっちになってしまうことが、怖いんでしょう?」
稲妻が地面を突き刺した。大地が白く輝き、岩石が砕け、私の肉体に侵入する。痛みは感じなかった。血が吹き出していても。
「怖いなら怖いって言えばいいのに。真夜中に一人で泣いていること、知っているから。みんなに怖いって大声で叫べばいいのに。プライドが邪魔しているの? 大切にしている宝物が、だれかに傷つけられることがーー」彼女の右腕が付け根から切り落とされる。
大剣をかまえた騎士が雷光のなかに消えた。胴体をまっぷたつにできなかったのは、彼女が直前で身をひるがえしたからだ。
付け根を抑えながら、ありったけの罵詈雑言を叫ぶその顔はみるみる腐り、頬が落ち、目が虚になり、頭髪が抜け、やがて骨だけになった。
「遅かったな、チャンバロウ!」と私は雷鳴に負けじと大声で呼びかける。
「あやつ、時空を7回も、切り替えやがった」姿は見えず、チャンバロウの声だけが耳に入る。まだ彼女は死んでいない。用心するに越したことはない。
「トドメを」と私が叫ぶよりも早く、かつて美少女だったおぞましい生物が私に飛びかかる。チャンバロウには勝てない、ならーー私を道連れにする気だ。
〈サミシイ、サミシイ、サミシイ〉
生物は私にしがみつき、冷たい骨で首を絞める。この状況では、チャンバロウも剣を振ることができない。前後左右に稲妻が落下し、破片が次々と私を襲う。
〈ザミジイザミジイザミジイザミジイ〉
私の呼吸が止まる。動揺したら負けだ。死ぬのは怖くない。怖いのは、彼女が言ったとおり、一人ぼっちになることだ。認めよう。認めて、私はそれをnoteに書こう。彼女の目の触れる場所に、しっかりと残そう。
私は笑顔で、かつて美少女だったものを見つめる。もはや骨の塊でしかない物体は、私を地面に沈めていく。チャンバロウ、と私は心のなかでつぶやく。私もろとも、斬り殺せ。
雷光の陰からあらわれたチャンバロウは躊躇なく大剣を振り下ろすも、また時空が切り替わり、私は古代エジプトの玉座にいる。
隣で微笑んでいるクレオパトラが美少女でないことを、ただただ祈るばかりだ。
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