#12 利己的な「収益」に勝つには、「善意」を鍛えるしかないかもね。
この1〜2年で、理念体系をまとめるのに一般的なMVV(Mission,Vision,Value)の「ミッション」に変わって「パーパス」を使うところも増えてますけど、「パーパス」も「存在意義」の方向で使われているので「ミッション」の使われ方と差はなく、言葉はどっちでも良いと思います。で、そのパーパス絡みで、最近読んだネット記事に「収益の成長に優先されるパーパスなんて、ウソかきれいごと」みたいなことが書いてあって、こういう見解に触れた時に僕はいつもPatagoniaのエピソードを思い出します。
それはPatagoniaが1989年のカタログの表紙に、「アース・ファースト!」という強硬派の環境保護団体の写真を使った時の話です。その団体はとても過激で、環境に悪いことをしていると判断したら問答無用でその企業の前に座り込んで営業妨害をしていました。それでPatagoniaは、多数のクレームの手紙とか、商品を送り返されたりとか、取引を辞められるとか、今で言う炎上をしたわけです。その対応として、Patagoniaは自分をメーリングリストから外せと言ってきた多くの人々に手紙を出したそうです。そこには「当社からメールを受け取りたくないという要望は確かに承りました。当社製品に対するお褒めの言葉は有り難く頂戴します。しかし『アース・ファースト!』への支援は今後も続けていく所存です。お客様を失うことは残念なことです。しかし私たちは単に商売のために自分たちの姿勢を変えるようなことはいたしません。」と書かれていたそうです。ーエスクァイア日本版 1998年10月号臨時増刊「PATAGONIA PRESENTS」より
「収益の成長に優先されるパーパス」はこのように昔からあったわけですし、別にウソでもきれいごとでもなくて、企業の考え方次第でしょう。日本でもそのままの意味の「先義後利」を社是としている企業は、代表格としては百貨店の大丸が思い浮かびますが、けっこうあります。ただ、現実には大多数の企業が収益を最優先させているように感じますし、その中には本当に独善的に、違法行為をしても儲けることを目指している企業もあります。それは極端だとしても、「収益最優先」では立ち行かなくなる時期は、もうそこまで来ているか、すでに突入しているのではないでしょうか。
この数十年の間に、私たちの社会では人口の爆発的増大、情報や流通などの技術革新、安く仕入れて高く売る仕組みのグローバル化の流れなどなどが進み、ついに資本主義は行き過ぎたと言われる状態になり、多くの危機が訪れています。見えやすいことだけを書いても、気候変動による災害の多発や農作物への影響、そして富の集中による不公平の加速であり、特に先進国と言われる国々(もちろん日本も含まれていますよ)の生活を支えている「グローバルサウス」と呼ばれる国々の諸問題などなどが挙げられるでしょう。このような状況は、当然ですが事業活動にも影響を与えています。これも分かりやすいところでは、どの事業も脱炭素やプラスチック問題、運営上の公平性などに取り組まざるを得ない規制や圧力(中には逆効果じゃないかと言われるものもあるけれど)となって事業に影響しています。つまり、企業が「収益」よりも高い優先順位で「社会性」に取り組むのは、否応無しの部分も含めて、もはや時代の流れです。
たぶんこの数年で「収益最優先」から上手に方針転換が出来た企業は、危機に対する取り組みも高いレベルで実行し、何よりも社会性を求める多くの人々の意に沿うことになって、ファンを増やすことができるでしょう。人々が望む「未来への不安の解消」「不平等の是正」「心豊かな暮らしが良い」「社会に良いことをしている感」という意識に寄り添うことになりますからね。もちろん、「とにかく収益」と叩き込まれてきた価値観や行動を変えるのは、多くの企業にとってタイヘンな作業となるでしょう。そこで思うに、収益の優先度を下げられる可能性が大きいのは、きっと善意ある理念です。まだ「きれいごと」と言われるような苦戦が続いてはいますが、「単に商売のために姿勢を変えるようなことはしない」企業は、危機が差し迫って来たこれからはさらに増えていくと思います。危機を科学で解決しようとする動きにももちろん期待しますが、デメリットのない方法を生み出すのは相当に難しい気もしますし、結局は精神論か?と言われるかもしれませんが、精神性とか感性は、人の行動を決める上でかなりパワフルな要素だと思いますけどね。
そして最近、企業の理念体系の整理をお手伝いしていて感じるのは、日本の企業には、「先義後利」もそうですが、「利他」「三方良し」「和を以って貴しと為す」という古くから伝わる思想を大事にしているところが、案外多いということです。このことから、日本の企業には、もともと行き過ぎた資本主義を見直す土壌があるように思うのです。今の諸問題は、いずれも「義」や「利他」や「和」の精神に本質的に反しているわけですから、そこを考えた上での事業の仕組みづくりは、日本人には案外取り組みやすいのではないでしょうか。
もちろん、資本主義が巻き起こす危機については、世界中でいろんな対策がずっと以前から考え続けられていて、多くの社会学者や思想家たち、そしてドラッカーも、コトラーも、この問題の解決を示唆していますし、最近ではさまざまな危機の到来によってさらに意見が百出し、議論も活発化していると思います。こういった流れと、日本人の根底にある(と信じたい)精神性で、未来に寄り添うブランディングをする企業が早く増えると良いなと思います。
なんか、「#6 あなたの会社の意識は、80年代のままじゃない?」の続編のようにもなりましたが、より社会性や精神性の側面から書いてみました。
ブランディングについて、理念の整理の仕方や、インナーからアウターまでの流れを説明する本を出しました。
ぜひお読みください(写真をクリック!)。