エレナ婦人の教え第二話#16 怒りの意味
これまでのあらすじ~IT企業に出向したヒロは仕事もプライベートも充実した毎日を送っていた。ところがある日のこと、あらたな上司が送り込まれてくる。
その上司は異様に仕事が早く、計算・文書ができた。ひとつでもミスをすればヒステリーを起こし、執拗な攻撃で部下を追い込んだ。
温和だった職場は一変。皆緊張でピリ付いた。やってもやっても片づかない仕事を前に誰も助ける者はいない。絶対絶命のピンチ。そのときだった――
救世主のごとく目の前に現れたエレナ婦人と孫のカレン。彼女たちとの出逢いを経てヒロは息を吹き返していく。
エレナ邸を訪問し徐々に自分を取り戻していくヒロ。やってもやっても報われない理不尽に無念さを感じ必死に訴える。だがサラリとかわされてしまう。これからヒロの運命は――? 続きをお届けしよう。
〔本小説は実話に基づいた小説(=「実小説」と名づけました。)です。
苦しい状況からでもひと筋の光を信じて前に進めば、必ず道はひらける。このことを教えてくれます。読者のあなたにも少しずつ光が射しこんでくるでしょう。)
「エレナ婦人の教え」とは?
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はじめに(目次)
https://note.com/hiroreiko/n/ndd0344d7de60
<<これまで
第15章 本質
https://note.com/hiroreiko/n/ne23c95db615b
第16章 怒りの意味
「すみません。ついムキになって」
「いいのよ。気持ちを出していないと、苦しくなるわ。
がまんばかりしていると、ミスが増えたり体を壊したりする。感情的になるのが悪いわけじゃないのよ。ときには声を上げることも必要、わかる?
たしかに『以心伝心』とか『沈黙は美徳』なんていう面はあるわ。ことを荒立てないほうがいいというのはね。
でもね、言い過ぎるのもよくないけど、言わなさ過ぎはもっとよくないのよ。度を過ぎた沈黙は体に毒よ。
『オバサン』と呼ばれる人たちが元気なのは、自由気ままに生き、言いたいこと言ってるからよ。思ったことをすぐ言って、ふだんから不満をため込まないから元気でいられるのよ。正直なのね、自分に」
「わかる気がします」
「私が聴きたいのはどうしてそこまで黙っているのかってこと」
「もちろん言ったことはありますよ! でもわかってもらえなかった。そのうち諦めたんです。言っても無駄だと思って……」
「でも言わなかったら状況はもっとひどくなるんじゃない?」
「……」
その通りだった。言ってもわかってもらえない――そう思っていた。でも主張しなければますます不利になる。どうすればいいんだ! 答えは見つからなかった。僕は袋小路に入ったネズミになったような気分だ。
なぜ主張しないんだ。なぜなんだ――。彼女のことばが深く胸に突き刺さった。
かつては人が怖く、素の自分を見せなかった。人の反応を伺っていた。
でもいまは違う。ひと通りの経験をし、それなりに言っている。なのになぜ、強い口調で責める相手には、こうも弱いのか。
「恐れているのね、何かを」
おもむろにエレナさんは、口を開いた。
「そうかもしれません……」
「ちょっと聴いていいかしら? お父さんって、どんな人だった?」
「え? 父ですか?
そうですね。幼少の頃から否定ばかりする人でした。僕のいい所――素直さとか明るさとか友達の多さとか――そんなところはほめてくれず、勉強さえしとけばいいって言う人でした。
勉強できないと、母を使いによこし、応接間に呼ぶんです。そこでネチネチと責めてくる。まるで刑事の尋問です。こちらが根を上げるまで詰め寄るんです。それもすべて理屈で。まだ幼稚園にいるときからですよ。
泣けばますますヒステリーのように怒る。“泣けばいいと思ってるんだろう”と責め立てるんです。“大丈夫かい?”なんてことば、かけられたこともなかった。そのうち諦めたんです。言ってもムダだって……。まるで他人と接しているような感じでした」
「その上司、あなたのお父さんに似てない? 理屈ばかり言って、責めてくる。いいカモにされているのよ。
それって『いじめっ子といじめられっ子の関係』。あなたが純粋過ぎるから、まともに攻撃を受けるのよ。
でも感情的になればなるほど向こうの思うツボ。中途半端な言い方じゃ反論され、言いくるめられて終わり。最後は不満を抱えながら、ぐっと飲み込むのね」
「そ、そうです。その通りです」
「それは子どもの頃の記憶からくるの。親からされたことや言われたこと、そのときの環境が影響するのよ。ご両親はどういう人?」
「母はまるで自分がない人でした。父の言いなりなんです。僕が勉強しないと逐一父に報告する。すると父は、取調室の検事のように尋問してくる。逃げ場がなかった。最後はキレて家を飛び出すか、諦めて物思いにふけるしかなかったんです」
「仕方がなかったのね」
そう言われたとき深いところに響いた気がした。初めて自分のことをわかってくれた――そんな気がして涙がこぼれ落ちた。
「話はここまで。後は自分で気づいていくこと。カレン、用意して」
目の前に置かれたのは、青々としたブロッコリーが一杯入ったカレー。スパイスを効かしたカレーのルーが香ばしく、鼻の奥にツンときた。
>>つづきはこちら
第17話「離れのテラスにて」
https://note.com/hiroreiko/n/n9b04358821bf
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