自由詩『とおい檸檬』2019.9.16
「砂糖菓子が好き」彼女が告白みたいに言った。
「僕のことは?」微笑みは帰ってこない。
「噂のシフォンケーキを食べたいの」胸を押さえて彼女が言う。
「懐かしいね」これは返事じゃない。
「レモンの漢字が読めなかった」彼女は伏し目がちにして僕を見ない。
「綺麗な字だ」返事じゃない。
「細くて長い指で書いているんだろうなって思ったの」首を傾げて言う。
「うん」と心の中で思う。サイダーがシャンシャン泣く。レースのテーブル。透明なストローに噛み付く犬歯。眺められる切り取り写真、薄い生地のシャーリング。融かされたいほど華奢だ、彼女は。
「「檸檬」」
陽射しが暑い。
「その漢字が書けるようになるまでに、酸っぱい気持ちをどうにかしたくて」
踊るようだ。甘ったるい余韻に、足先を浸して混ぜる、ミルクと。ねじねじのマドラーが手をとる、感覚、繋がっていたはずの肌。
「文字を書いては、シフォンケーキに入れて、ふわふわにして食べたよ」
僕と彼女が分離していく。酸味。卵白の粘り気、とろりとした。
「泡が立つまで、手を振ったよ」
僕は彼女を見ていたんだ。遠くから、ずっと。
「檸檬って、綺麗な字だよね」
これはもう
返事じゃない。それでいいんだ、そのままで。
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