『夢と寝ぼけの小旅行』2019.12.21



冬を越すのを諦めたのかもう少し粘るのかいっそちぎってほしいのか。枯れ花に手をかけると、私の指に罪を被せないようにか、勝手にほろりと崩れ落ちた。愛されている。世界から愛されすぎて、私は一人だ。何もかも私の味方で何もかもが優しい。そんなのはあり得ない、と叫び散らす自分がいる。けれど見えている世界はあまりにも暖かくて、私はまるで、コートを着せてもらった子どものように、守られながら知らない世界を放浪している。知らない人ばかりの中を、身体の暖かさだけを頼りに怯えながら、けれど向けられる笑顔は全て優しい。会う人、会う人、それぞれ好きなように、私と新しく柔らかな時間を過ごせるよう手を取ってエスコートしてくれる。私、何もできないんです、なんて言う暇もなく、視界はイルミネーションで、キラキラチカチカ、幸せじゃないなんて言えなくなるくらいに、世界は綺麗だ。どうしようもなく。醜い世界だ。そう叫ぶ内側の自分が、ガタガタと両肘を抱いてうずくまっていたから、そうだ、とうずくまってみた。怖くて怖くて仕方がないんだ。世界が美しくあるのと、私の今までやってきた行為と、貼りついた笑顔、私は嘘をつける。本当は本音もいえる、私は本音を伝えようとして、愛されすぎた世界には似合わないギラギラした本音を言おうとして、優しい世界を殺そうと試みてしまった。優しい世界から抜け出さないと、あの人の本音はわからない。愛されたままじゃわからない。私の本音が伝わらない。本気だってわからない。
瞬間、世界は無音になり、殺伐とした目で、全てが私を邪魔そうに見おろした。私が愛されていたことを恨むように、全ての資格を奪いとり体温を殺し、牢に閉じ込める。あの人の気持ちがわかるまで、ここにいなくてはならない。けれど愛された世界が、私を何度も助けにこようとする。世界は綺麗で、世界は優しい。柔らかくて、包み込むように手を差し伸べてくれる人がいて、私はその手を握ろうとして、背後の目に気付く。怖い。怖い。怖い。どうしたらあの目を忘れられる?
私はどうにかして、元の世界に戻らなくてはならない。柔らかくて優しい世界へ。けれど暗闇の背後から手を引く彼の手は細く小さい。温めてあげなければ凍えてしまいそうに冷たい。両手で包もうとしたら、彼は無機物の目で拒否をした。私の手は宙に残されたまま、優しい世界に腕を引かれて、遠く遠く離れた。手は宙に残されたまま、一人のまま、彼をあそこに置いてきてしまった。名前も知らない彼、名前も知らない彼を、名前も知らない彼と一緒に、孤独と決別できたかもしれない。彼の無機物の目が、私を見るようになる未来。けれど引き剥がされてゆく。何もかもを置いて、耳から情報だけが入ってくる。彼も彼も彼女も置いてきた。こんな私が、どうして誰かと話を出来る?彼女も彼もみんな私に目で送った、私は気付いていた。聞こえた、ちゃんとその声が聞こえていた、それなのにきこえないふりをして、引き剥がされて彼らはそのままだ。私は、戻る権利があるのだろうか、暖かい世界へ。帰ってきたとき、食事の味はしなかった。私は、彼らの食事を思い浮かべた。ここは愛されている。世界は優しい。この温かい毛布とご飯と、優しい人たちが、私を守ってくれている。私はそれを崩そうとしてまで、無機物の目を持った彼らの手を温めてみたかった。彼らの無機物の目が、私に求める理不尽な要求を、丸ごと飲み込んでみたかった。そうしたら彼らは私と友達になってくれるかもしれない、と思ったから。私は世界を壊してでも誰かと抱きしめあってみたかった。本音で誰かと手を繋いでみたかった。




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