その2_道のり

ニュースメディアの新しいビジネスモデル − スウェーデンから 2 <変革>

先鋭的なビジネスモデルで世界の一歩先を行くスウェーデンの大手日刊紙ダーゲンス・ニュヘテル。今回は「課金モデル、決済方法、チャーンの改善」について。

今でこそ北欧の成功したビジネスモデルとして取り上げられるダーゲンス・ニュヘテルだが、たどってきた道はかなり激しい。まずは500人の社員を180人減らす話からはじめよう。

2010年の人員削減

スウェーデンを代表する大手日刊紙ダーゲンス・ニュヘテルが現実から目をそむけることができなくなったのは2010年。広告売り上げが激減し、2008年と2009年の2年間で5億クローナ(約58億円)近い損失を計上した。

2010年に組織の経営責任者兼編集局長になったグニラ・ヘルリッツは、まず当時500人以上いた社員を100人減らしコストを抑えた(組織改革の詳しい経緯に関しては第4回に掲載)。

2013年の人員削減

ヘルリッツの次に編集局長となったペーテル・ヴォロダルスキは、2013年3月の就任早々、その後一年間に渡り労使間でもめることになり最終的には労働裁判所へ持ち込まれた、20%の人員削減(80人)を実施した。

2010年はとにかく社員数減による経営コストの削減が必要とされていたが、今回の改革の目的はコストの削減だけではなかった。

ヴォロダルスキの目的は2つ。それは時代にふさわしい①デジタルな才能と働き方を整えること、と②高品質ジャーナリズムための優れたジャーナリストを揃えることであった。

事実、その後ダーゲンス・ニュヘテルはこの時削減した80人に匹敵する数を新規採用している。ヴォロダルスキはデジタル分野にかなりの投資を行うと同時に、ジャーナリストであれば働きたくなるような魅力ある職場にするため各専門分野の第一線で活躍する一流のジャーナリストを次々にヘッドハンティングした。

ヴォロダルスキが「依存するのであれば広告主ではなく読者に。そしてその読者をひきつけるコンテンツをうみだす社員に」との考え方を中心にすえたのもこの時だ。

デジタル移行への3つの推進力

とはいえデジタルと新しいビジネスモデルへの移行は最初からうまくいったわけではなかった。2012年春にプレミアムコンテンツへの課金をはじめていたものの、購読者はなかなか増えなかった。

解決策を求めて2014年ヴォロダルスキが各界のビジネスリーダーを世界に訪ねる中で出会ったセコイア・キャピタルのマイケル・モリッツには、当時の概況を説明した際に「死ぬゆく準備に忙しいようだね」と鮮烈な言葉を返されている。

がしかしまさにその時、モリッツからヒントをもらった新しい決済手段の導入を契機としてダーゲンス・ニュヘテルは改革の手応えを感じ始める。

提供コンテンツの中身働き方の改革(それぞれ第3回と第4回で説明)の他に、2018年に前年比40%増で15万超のデジタル契約数へと躍進する契機となった再生への推進力は3つある。それは、

1.洗練された課金モデル
2.2015年 ワンクリック決済クラーナ(Klarna)の導入
3.2017年 AIツールによるチャーン(解約率)の改善

だ。ひとつずつ説明していこう。

1.洗練された課金モデル

現在のダーゲンス・ニュヘテルの課金モデルは単純なメーター制(週や月に無料で読める本数が決まっているモデル)でも、単純なプレミアム課金(無料記事以外に月額課金読者だけが読めるプレミアム記事を提供)でもない。

読者のネット上の行動を常に分析し、最適なタイミングで無料提供していたパフォーマンスのよい記事を自動的に選出。選ばれた記事を動的に有料購読へのペイウォールとして提示し、課金購読者の獲得へとつなげている

結果、デジタル購読からの収入がデジタル広告からの収入を超えた。ダーゲンズ・ニュヘテルがこれまでに試してきた課金モデルの変遷を以下で簡単にまとめてみよう。

デジタル購読課金メニューの変遷
2012年3月
プレミアム課金モデルでデジタル課金を開始

サイト上で課金購読者だけが読めるプレミアム記事をはじめて設定。iPad用電子新聞の提供と合わせてデジタル課金を開始した。デジタル購読料金は月額199クローナ(約2500円)と現在(119クローナ、約1500円)と比べるとかなり高額。

この時は新聞宅配購読者もその宅配購読料金とは別にデジタル版に月29クローナ(約350円)払う必要があった。追加料金は同年11月に廃止された。

2014年9月
新聞宅配価格の大幅値上げへ。特に地方での値上げ幅は大きかった。
ストックホルム地域では11%の値上げで年額4048クローナ(約49,000円)へ。印刷所から遠いマルメの読者への価格は18%上昇して月578クローナ(約7000円)、年6957クローナ(約82,000円)へ。一方デジタル・サブスクリプション価格は据えおいた

2015年1月
デジタル契約数 5,000 メーター制課金モデル
提供開始から3年でプレミアム記事を課金するモデルをやめ、一週間に数本の記事がログインなしで無料で読めるメーター制へ移行

2015年10月
デジタル契約数 15,000 3ヶ月後の12月には33,000へ
デジタル購読メニューを3種類にしクラーナワンクリック決済(後述)をローンチ。これまでの3年半で15,000程度であった契約数が3ヶ月で倍増して33,000に。この時の提供プランは以下の通り。

基本プラン 月額99クローナ(約1200円)
サイト上の記事全てと電子新聞版の提供。宅配購読者には追加料金なし。

ミディアムプラン 月額179クローナ(約2200円)
基本プランにくわえて家族用複数ログイン、月に1冊の電子書籍、デジタルクロスワード、1864年から現在までの新聞アーカイブへのアクセス。

プレミアムプラン 月額449クローナ(約5400円)
ミディアムプランに加えて、ダーゲンス・インダストリ(日刊経済紙)デジタル版と映画ストリーミングサービスのC Moreとのバンドル(両方ともボニエグループの同資本経営)。

2017年2月
デジタル契約数 87,000
2016年に入ってからは前月比12%増で増え続け、12年間減少を続けていた購読契約数が2016年末には初めてデジタル・宅配合計で27万から30万へと大きく増加した。この時、同時に後述するチャーンの増加に悩まされ問題の解決に着手する。

画像1

DNのウェビナー資料より (毎月12%の成長率で伸びる課金購読者数)

2017年12月
デジタル契約数 120,000
チャーンの低減に成功。課金モデルはこの時も週に4本の記事が無料で読めるメーター制が継続していたようだ。

2018年11月
デジタル契約数 152,000
同月に開催された業界向けセミナーで、編集開発部長のマーティン・ヨンソンは最新課金モデルについて次のように説明している。

・現在のデジタル課金メニューは以下の3つ。それ以外に宅配(毎日または週末だけ)を含むメニューがある。

基本プラン 月額119クローナ(約1500円)
サイト上の全ての記事へのアクセス可能。

ミディアムプラン 月額179クローナ(約2200円)
基本プランにくわえて、家族用複数ログイン、デジタルクロスワード、1864年から現在までの新聞アーカイブへのアクセス。

バンドルプラン
+ ニューヨーク・タイムズ 月額30クローナ(380円)追加
契約期間12ヶ月 2018年3月から提供開始

+ スウェーデンの地方紙35紙から選べる1紙につき月額50クローナ(約600円) 追加 2019年1月に発表。

 ・有料へのペイウォールは以下の3通りだが、常に最適化している。

1.メーター 週に3本まで無料。コンバージョンの10%を占める。

2.プレミアム 一日に2〜3本の記事を有料コンテンツとして選ぶ。ここからのコンバージョンが35%

3.ダッシュボード 予め設定した閾値に達した公開後数時間経過したパフォーマンスの高い記事(一日に15記事程度)を動的にペイウォールの後ろにおくコンバージョンの55%はここから。

・「とはいってもペイウォールの作り方が大切なのではない。仮にダーゲンス・ニュヘテルが高品質ジャーナリズムの新しいビジネスモデルの構築に成功したというなら、それは読者のニーズの理解がすすみそれにあったジャーナリズムの提供で読者をエンゲージしてロイヤルティを育むことができたからだと考えている。」

・「スウェーデンではスポティファイやネットフリックス、またオーディオブックといった月額課金に消費者は慣れている。ただし価格はどれも11USドルくらいなので、我々もこれ以上の値上げは難しいのかもしれない。」

2.ワンクリック決済クラーナ(Klarna)の導入

そしてダーゲンス・ニュヘテルのデジタル課金がうまく進んだ要因の一つとして、スウェーデンのフィンテック企業、クラーナ(Klarna) の技術が貢献していることは間違いない。

共にストックホルムを拠点にした企業でありながら両社を結びつけたのは前述したアメリカのセコイア・キャピタルのマイケル・モリッツだった。

クラーナへ設立当初から投資を行っていたモリッツは、ヴォロダルスキ編集局長の説明を聞き、問題のひとつは購読申し込み時に7つもある手続きステップであると指摘。その簡略化をクラーナと一緒に行うことをすすめた。

ダーゲンス・ニュヘテルと親会社ボニエの関連会社共通のデジタル部門は、2015年にデジタル強化へ5000万クローナ(約6億円)の投資を行い、ワンクリック購読決済を可能にした。

結果、これまで課金開始から3年半かかって15,000程度になった契約数が、クラーナ決済の2015年10月ローンチ後3ヶ月で33,000まで倍増。さらにここから1年で5万以上増え、2017年頭には8万7000となる。

3.AIツール(SparkBeyond)によるチャーンの改善

こうしてクラーナ決済の導入から前月比12%の高率でデジタル購読契約数を伸ばし続けたダーゲンス・ニュヘテルだが、同時に11%程度で推移していたチャーン(購読解約率)も15%近くまで上がってきてしまう。これでは購読契約総数は頭打ちか下手をすると減少する。

ここでダーゲンス・ニュヘテルはイスラエルのAI企業、SparkBeyondと一週間のハッカソンを実施した。

ダーゲンス・ニュヘテルが持っていたカスタマ−データと外部データ、さらに各部門に蓄積されていた知見をSparkBeyondのAIエンジンで分析するのがハッカソンの目的。ここから得た洞察でチャーンは2017年12月には見事に10%まで下がった。

ハッカソンではチャーンのパターンを86%の精度で予測することが可能となり、チャーンに影響を与える200の要因を把握。また各要因因子をどう変化させればポジティブな結果を出すことができるかもわかった

画像2

DNのウェビナー資料より (毎日改善できるチャーンの影響因子を選出)

ここから解約率を下げるために毎日具体的に何をすればいいかがわかり、それを実施するための組織運営方法の改革にとりかかることができた。この具体的な内容は次回で詳しくみていく。 ここではチャーン改善の結果を表すグラフを提示しておく。

画像3

DNのウェビナー資料より (改善策でチャーンが劇的に改善)

若者への取り組み

上にまとめてきた①課金モデルや②決済方法③AIの導入ほど大きな改革ではないが、最後に若者への取り組みについて簡単に触れる。スウェーデンでも新聞はテレビと並んで高齢者のメディアとなっている。

そんな中でも、ダーゲンス・ニュヘテルのデジタル購読者は宅配購読者よりも20〜25歳も若い。さらにその多くが女性であることも新しい傾向だ。そこでどの読者層にどの内容をどの方法(紙またはデジタルのテキストや、音声、動画、VRなど)で提供するかを考えることが極めて重要になる。

またダーゲンズ・ニュヘテルではブランドへの接触機会を高めるためのプロモーションとして選挙前の購読無料キャンペーンを実施している。去年9月に行われた4年に一度の国政・地方統一選挙の際には、投票日までの1ヶ月間登録した人全員にすべての記事を無料で公開した。

この時は7万の新規ユーザー登録がありうち1万8000人が若者だった。まずは他の無料サイトやSNSと比較してダーゲンス・ニュヘテルの記事がどう異なるのかを理解してもらうことを目的としていたそうだ。ちなみに学生には基本プランを半額程度の料金で提供している。

*******************************

さて、次回は「ニーズにあった高品質ジャーナリズムで読者をエンゲージしてロイヤルティを高める」とヨンソン編集開発部長が語っていた、「コンテンツとダッシュボードモデル・コンバーション、チャーンとの関連性」についてもう少し詳しくみていこう。

スウェーデンのニュースメディア・参考ウェブサイト
www.dn.se, www.medievarlden.se, www.dagensmedia.se, www.inma.org, www.resume.se


読んでいただきありがとうございます! 気にいっていただけたらぜひ「スキ」や「フォロー」いただければ嬉しいです🇸🇪Tack! 🇸🇪