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オーディオブックのビジネスモデル論争

オーディオブックのビジネスモデルといっても、ここにまとめたのはユーザーにどのような料金プランを提供するかの話ではなくて、スウェーデンの出版社とオーディオブックサービスの間のビジネス闘争の話だ。

伸びているオーディオブック・サブスクリプション

スウェーデンでは「本を聴く」ことはCDの時代から人気があった。
書籍と書店のビジネスは縮小を続けたこともあったが、書籍出版全体の売り上げはここのところは横ばいで、さらにオーディオブックと電子書籍のおかげで、2018年は前年から5%伸びている。

スウェーデンの書籍出版全体の2018年の売上は、43億7000万クローナ(約513億円)。このうち、オーディオブックサブスクリプションサービスは、2018年に前年比で33%伸び、業界の売上全体の14%強を占めるまでに成長してきた(参考資料・スウェーデン書店・出版社組合 2018年の統計)。

(上のグラフでEコマースには、紙の書籍のEコマース販売の他に、単体で販売されている電子ブックやオーディオブックの販売も含む)

最近は、ちょいエロ ジャンルのオーディオブックという新しい領域も開拓し、オーディオサブスク・ビジネスはどんどん伸びている。

そんな中、スウェーデン最大のオーディオブックサービス、ストーリーテル(storytel)と、最大手の出版社であるボニエが、サブスクリプションサービスの取り分で大喧嘩する事態が発生。人気の作家と本を多数かかえるボニエが、ストーリーテルへオーディオブックの提供を停止し、膠着状態が続いている。

快進撃を続けるストーリーテル

もめている喧嘩の中身に入る前に、ストーリーテルのビジネスについて簡単に説明しよう。2005年に創業し、世界で最初のストリーミング・オーディオブックサービスを提供したと謳うストーリーテルは、今では世界全体で84万人、スウェーデン国内だけでも40万人の会員を誇る。

2014年からは電子書籍の提供もはじめ、同じタイトルを通勤時間はオーディオで、家では電子ブックで楽しんだりという、ユーザーの行動にフォーカスした読書体験も提供している。

また、スウェーデンでボニエに次ぐ二番手の出版社であったノードスタッド社の他、数多くの出版社の買収を通じて、現在は紙の書籍の出版も行っており、独自企画のストーリーをテキストやオーディオでどんどん制作して提供している。

海外へも、北欧、オランダなどの近隣諸国の市場への進出はすでに終えている。今は南ヨーロッパ市場の開拓の他にも、もっとスケールの大きなアグレッシブな計画を進行中。昨年はメキシコ、今年に入ってからはシンガポールでは既にサービスをローンチ済。今年中に、ブラジルとドイツでのサービスを開始を予定している。

これらを合わせると、現時点では26万タイトルを16カ国で提供していることになる。

ストーリーテルは、2019年も40%の成長率で110万人ユーザーへの拡大を計画しており、第1四半期も順調に推移した(下記は、ストーリーテル、オーディオブックサブスク・ビジネスの売り上げ推移と、ユーザー1人/年あたりの収益の推移・単位はスウェーデン・クローナ)。

ストーリーテルのスウェーデンでのサブスクリプション価格は、月額169クローナ(約2000円)。すべてのタイトルが聴き放題のシンプルなサービス設計だ。最近、家族でアカウントを分けて使えるファミリープランも提供し始めた。

ミステリーの女王の話題の新作で論争が表面化

さて、スウェーデンの出版業界では4月11日は特別な日だった。これまでに世界60カ国で合計2300万部を売っているミステリーの女王、カミラ・レックベリが、久しぶりにボニエから新作の販売を開始する日だったからだ。

最近は売れそうな新作は、紙の本、電子ブック、オーディオブックを同時に発売することも多く、「読者」は自分の好きな方法で「本」を楽しむことができる。

この時、レックベリの新作がストーリーテルのラインナップに含まれていなかったことから、ファンなどがFacebookのグループで騒ぎはじめた。新作のオーディオブック自体は、スウェーデンの他のサービスでは提供されていたからだ。

(写真 Magnus Ragnvid。カミラ・レックベリと新作のアートワーク)

そこから、ボニエからの他の新作のオーディオブックも、ストーリーテルのサービスには含まれていないことに人々が気がつくまでに時間はかからなかった。これは、数日後にはボニエが業界の情報サイトに見解をまとめて発表する事態にまで至った。

ロイヤリティとレベニューシェア

ボニエの見解によると、これまではオーディオブックもおいても、聴かれた本1冊あたりいくらという、いわゆるロイヤリティ形式で支払いを受けていた。

今年にはいってストーリーテルは「レベニューシェア」方式の契約への切り替えをボニエに迫っており、これに合意することができなかったので、ボニエは今後の新作の提供をやめたというのだ。(ボニエは自社のグループ内にもオーディオブックのサブスクリプションサービスをもっており、他にもいろいろ確執はあったようだ)。

オーディオブックのサブクスサービス側から出版社への支払いは、去年まではまだロイヤルティ形式で、1冊あたり17〜20クローナ(約200〜240円)と報じられていた。最大の出版社であるボニエは業界での独占的な立場を活かし(悪用し?)、一冊あたり50クローナあたりで取引していたとの声もある。

そこから最近では、支払いは本1冊単位ではなく、聴かれた時間1時間あたりにかわったとささやかれていたが(その場合1時間1.72クローナ・約20円くらい)、ストーリーテルは今年にはいって、すべての出版社へ、レベニューシェア方式の支払いへの切り替えを要請していると伝えられている。

ボニエの見解表明に対抗して、その翌日、ストーリーテル側から出された声明では、世界を代表する大きな出版社を含む600社以上が、既にストーリーテルとレベニューシェア方式で契約を交わしていることが明かされた。

ユーザー体験と課金プラン、サービス原価のミスマッチ

ストーリーテルはまた、ボニエとの論争の中でユーザー行動に関するいくつかの興味深い数字を明らかにしている。

現在ストーリーテルのユーザーは、一日平均1時間20分サービスを使っている。そしてそのうち、ひと月に100時間以上聴いている会員が10万人以上いる。

本1冊オーディオで聞く場合、仮にその長さを10時間とすると、ひと月10冊くらい聴いている計算だ。スウェーデンの新刊は結構高くて、平均して200クローナ(約2400円)くらいするので、ストーリーテルの月額169クローナ(約2000円)で10冊というのはかなりお得、というか価格破壊だ。

ここで仮に、100時間聴いたユーザーがすべてボニエの本を聴いていたとすると、ストーリーテルは169クローナ払ってもらったユーザーへのサービス原価として500クローナをボニエに支払わなくてはいけないことになり、そういうユーザーが10万人もいると、到底黒字にはなりそうにない。

出版社を中心としてまわっていたこれまでのビジネスモデルでは、ストーリーテルは利益が確保できず、そしてボニエはレベニューシェアは自社の編集者や作家のための持続可能な経済モデルではないと主張する。

どこかでよく似た話をきいた?

そう、スポティファイとレコード会社やミュージシャンたちの関係と同じだ。今、スポッティファイは月額99クローナだが、このサービスがでてきたころ、CD1枚の値段はそれと同等かそれより高かった

とはいっても、音楽の場合は無法ダウンロードという一番の強敵があり、それがレコード会社がスポティファイに協力しはじめる土壌をつくったのだったが。

また、ストーリーテルとボニエの関係を、ネットフリックスとディズニーに例える人も多い。ディズニーはまもなく自前の動画サブスクリプションサービスを開始するため、ネットフリックスとの契約は解消した。

競合は誰?問題

さらにストーリーテルは、ネットフリックスやスポッティファイなどの他のサブスクリプションサービスとユーザーを取り合っている中、オーディオブックもそれらの他のサービスと同程度の料金で勝負しなければ、今後「作家」がうみだすものを提供すること自体できなくなってしまうと訴える。

制限のない「〇〇放題」サービスはわかりやすくお得感があり、ユーザーへの訴求力が半端ではない。ストーリーテルが伸びてきたのも、最近の新作も旧作と区別なく、すべて月額料金だけで追加料金などなしに聴くことができる魅力にある。スポッティファイやネットフリックスが爆発的に伸びたのも。

どれだけ多くの人がその作品を読んだり聴いたりしたかということよりも、サービス全体の会員数の伸びのほうが出版社や作家への支払いに影響するレベニューシェアモデルは、おそらく出版社や作家の収入をを減らすだろう。音楽業界で同じようなことは、すでにこれまでに起こっている(下記リンク先に解説記事あり)。

出版社はまだ強気で大丈夫なのか

音楽にだれもお金を払わなくなっていた状況が、レコード会社がサブスクを容認することへとつながった音楽業界の状況と異なり、ボニエという出版社がオーディオブックサブスク・サービスにまだ強気でいてもいい理由は2つあるようだ。

(それにスポティファイは払いが少ないとは非難されているが、支払いモデルはレベニューシェアではなく、一応ロイヤリティモデルのようだ)

一つ目は、読むと聴くとの体験の違い。音楽は音質を除くと、CDでも、一曲ダウンロードでもサブスクでも、聴くという行為自体は変わらなかった。しかし「本を読む」行為は「本を聴く」行為と異っているので、オーディオがすべての「本」を駆逐するわけではない(だろう。。)

また、2つ目に、おもしろいことにスウェーデンの本の形態別の売上の推移を見てみると、サブスクリプションサービスの伸びの他に、「新刊単行本」が大きく伸びている。

簡易な装丁のポケット版の売上は減っているが、紙のしっかりした装丁の本に対してはより多くのお金が落とされている。この流れはこれからどうなるのだろう?世界の出版業界の先行きを占うようなことがここで起こっているのかもしれない、といえば期待しすぎであろうか?

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