その3_報道

ニュースメディアの新しいビジネスモデル − スウェーデンから 3 <ジャーナリズム>

先鋭的なビジネスモデルで世界の一歩先を行くスウェーデンの大手日刊紙ダーゲンス・ニュヘテル。今回はデジタル時代のジャーナリズムについて。

高品質ジャーナリズムとはなにか?

高品質ジャーナリズムを掲げデジタル課金読者獲得に成功したスウェーデンのダーゲンス・ニュヘテル。SNSや無料のニュースサイトではなく、人々がお金を払ってまで読みたい内容とはなんだろう?

ペーテル・ヴォロダルスキは新編集局長に就任した2013年、「事実として信頼性の高いニュースを伝えるだけでなく、今後は出来事を掘り下げるジャーナリズムに投資していく」ことを宣言した。「デジタルの時代に誰がそんな長く重い記事を読むのか?」と、当時冷ややかであった記者や編集部員からの反応は、今の編集局にはない。

掘り下げた取材記事とは、例えば2014年のウクライナ騒乱当時記者を現場に1年派遣するという思い切った投資から生み出された数々のコンテンツであり(この時ダーゲンス・ニュヘテルはGoogleと一緒にVRコンテンツも作成している。またVRの提供はその後も継続)、最近であればシリアでのIS関連取材がある。

今スウェーデンでは、ISの戦闘員となるためにシリアに渡ったスウェーデン人の子どもにどう対処していくかの論争が巻き起こっている。

戦闘員を志願してシリアに渡った親の多くはすでに死んでいる。残された子どもたちも食料や医療の行き届かない状況で暮らしており、次から次へと命を落としていく。親の信条や行動はどうあれ、子供には罪はない。この子たちをスウェーデンに帰国させるべきか、どうか? の議論が巻き起こっているのだ。

ダーゲンス・ニュヘテルは独自のルートで現地へ記者とカメラマンを送り込み、先週の金曜日に長くて深い記事を公開した。同時にビデオも作成しSNSに記事の広告がわりに投稿している。動画の内容は強烈で観た人は記事が読みたくなり、記事を読んだ人はさらに感想をSNSで拡散したくなるだろう。(下記はISキャンプにいたスウェーデン人の子供64 人の動画)

多くの人の関心を引いたであろうこの記事が有料課金読者の獲得に貢献しことは想像に難くない。最初は無料で公開されていたとしても前回に説明した洗練されたアルゴリズムにより、最適なタイミングで有料記事へのペイウォールとなったのではないだろうか?

”現在のダーゲンス・ニュヘテルの課金モデルは単純なメーター制(週や月に無料で読める本数が決まっているモデル)でも単純なプレミアム課金(無料記事以外に月額課金読者だけが読めるプレミアム記事を提供)でもない。

読者のネット上の行動を常に分析し、最適なタイミングで無料提供していたパフォーマンスのよい記事を自動的に選出。選ばれた記事を動的に有料購読へのペイウォールとして提示し、課金購読者の獲得へとつなげている。”

(連載 第二回 <変革>より)

明確化されたビジネスとジャーナリズムの関連性

ダーゲンス・ニュヘテルは記事のパフォーマンスを「トータル・エンゲージメント指数」として数値化し広く社内でシェアしている。そのために「Inblik(インサイトの意味)」というツールも内製した。マーティン・ヨンソン編集開発部長が最近のインタビューでInblikについて話しているので紹介しよう。

”数年前までは、ダーゲンス・ニュヘテルに限らずどこの編集局でも、クリック数やコンバーション率といった記事のパフォーマンスに関するあけすけなデータを全員でシェアすることに抵抗感があった。

それが現在ではデータ・ドリブンな意思決定こそ行っていないものの、だれもがデータ・インフォームドな環境で働くことに慣れた。

組織として目指すのはデジタル購読へのコンバージョンを高めチャーンを低く抑えることによりデジタル購読収入を増やしていくことにあり、すべてのデータ分析と意思決定がここを中心にまわっている。”

例えば下の図は気候温暖化のストライキを続けるグレタ・トゥーンベリに関する社説記事のパフォーマンスを示したものだ。このタイミングではペイウォールの中に置かれている(課金読者しか読めない)この記事は、18万回以上の閲覧があり読者は平均2分以上滞在していることがわかる。

さらにこの記事を読むために64件の課金コンバーションが行われたことがわかる。Facebookでは2万6000回以上シェアされている。トータルのエンゲージメント指数は星3つと分類されているので、まぁまぁのパフォーマンスだったようだ(星5つが最高)。

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INMA.orgより)

続いて下の図はトータルエンゲージメント指数ランキングを色分けしサイトのランディングページのパフォーマンスをひと目で理解できるようにしたもの。記事の上にはCTR(クリック率)と平均滞在時間が記載されている。

画像2

INMA.orgより)

同系列のタブロイド紙エキスプレッセンもこのエンゲージメント力分析ツールを使っており分析責任者がツールはGoogleアナリティックスをベースにつくられていると話している

「精度としては85%くらいのものかもしれないが、これで充分だ」とコメントしておりエキスプレッセンの場合、記事のパフォーマンスは社内に280あるスクリーンで絶えず更新され、記者は自身の記事に関する数値をSlackのbotからも受け取る。

下記の2017年末時点でのダーゲンス・ニュヘテルの編集者用ダッシュボードは、現在はUIが変更されているそうだが、各記事のKPIと読者のエンゲージメント度がひと目で理解できるようにつくられていた。

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DNのウェビナー資料より

組織横断のデジタルファースト作戦指令室

さて2017年にSpark Beyondと200を超えるチャーンに影響を与える要因の見える化に成功したところから、読者エンゲージメント向上のためにダッシュボードで編集内容を刻々と改善していくフローが完成するまで、ダーゲンス・ニュヘテルはどのような道をたどったのであろうか?

まずチャーンに影響を与える要因の改善を毎日具体的に行っていくために、クロスファンクショナルな「戦場作戦指令室」が立ち上げられた。

毎朝すべての部門のステイクホルダー全員で問題点と解決方法を話し合うための15分の会議がもたれ、さらに週に一回、改善のためのデモ施策をシェアする時間を30分確保して、これを毎日、毎週続けた。

チャーンが改善されはじめた時、部下に「戦場作戦指令室はいつ解散の予定か?」と聞かれたヴォロダルスキは「これは一時的な戦法ではない。デジタル購読収入に軸足を移した我々は、これからもずっとこのやり方で戦う」と答えている。

デジタル課金購読者を増やすのは、課金メニューをどうつくるかというセールスだけの問題でも、それをどう魅力的に売っていくかというマーケティングだけの問題でもない。読者が課金するきっかけとなるのもチャーンの抑止力を発揮するのも、すべては記事のエンゲージメント・パワーが中心にあることを社内全体で理解する必要があった。

そのためにダーゲンス・ニュヘテルはすべてのデータを組織内で共有し透明性をもたせた。そうすることで編集側の努力がデジタル購読収入とシームレスにリンクされていることがわかり、高品質ジャーナリズムとデジタル課金のポジティブなスパイラルが目に見えて起きはじめたのである。

真のデジタルファーストとは

どう提供するか? <テキストか? 動画か? 音声か?>

ここでデジタル購読者の獲得を最優先する「デジタルファースト」戦略を少し角度を変えてみてみよう。デジタルの課金購読者を増やすための高品質ジャーナリズムであったが、これはまたデジタルでなければ提供できないものでもあった。

デジタル時代の読者を惹きつけるのは、テキスト形式の記事と写真だけではなく動画や音声コンテンツ、インフォグラフィックスなどだが、これは新聞がデジタル化されていなければ提供は不可能だった。

またダーゲンス・ニュヘテルでは掘り下げた記事を提供するため1本の取材により多くの費用を必要とするようになった。よって提供するストーリーの数はは以前より減ったが、同時に取材したコンテンツをさまざまなフォーマットで提供している。

今年ダーゲンス・ニュヘテルは、画期的なクオリティの「高額セックスボット生産工場」を取材しており、その内容は通常の記事、動画、さらには記事を朗読のプロが読み上げた音声コンテンツでも提供された。

私はまずこの記事をスマホで読み始めたが読み応えのある長い記事で、一回では読みきれず、その後移動しながら音声で最後まで聴いた。それと前後して、取材時の動画が公開されたのでそれももちろん見た。

この記事にはすっかりエンゲージされてしまい、内容が内容だけに話す相手を選んだがそれでも結構いろんな人に読んだ(聴いた?)内容をシェアした。(下記はFacebookにアップされたセックスロボットの動画)

いつ提供するか? <ネットのタイミングを最優先>

デジタルファーストでは編集者の仕事のやり方もかわる。これはメインのプロダクトはデジタル記事で、紙の新聞への掲載は二次的なものであるということだ。

ウェブに記事をアップするタイミングはこれまでのデータから一番拡散しやすい時間を選んで行い、新聞のスケジュールにはあわせていない。朝刊の印刷にはその時手元にある素材を一番ふさわしい形でパッケージしてたものが使われる。ちなみに電子新聞版は前日の21時にはウェブ上でアップされる。

北欧だから成功したのか?

ここまで書いてきた透明性の高すぎる仕事のやり方は大変だろうか? もともと何事にも透明性を求めるスウェーデンだからできた改革なのだろうか?

上で分析ツールに関するコメントを紹介したエキスプレッセンの責任者は「記者はもとより競争心が強くデータを活用することでそれがうまく作用し、ゴールに向かって仕事をすることが可能になった」と述べている。

この方法がすべてのニュースメディアに合うかどうかはわからないが、これが一つの成功例なのは間違いない。そしてダーゲンス・ニュヘテルもたった4年前までは今とは全く異なる旧来の考え方とやり方で動いていた編集局であったことも指摘しておきたい。「生きるか死ぬか?」の生き残るための改革はここまで徹底していたのだった。

次回は労働裁判所での闘争も経て、誰もが働きたくなる魅力的な職場へと変革をとげた過程をたどる。

スウェーデンのニュースメディア・参考ウェブサイト
www.dn.se, www.medievarlden.se, www.dagensmedia.se, www.inma.org, www.resume.se


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