真夜中の侵入者



夜も深く。午前2時頃だろうか。
私は彼の家の前に立っていた。

使い慣れない鍵で、ゆっくりと扉を開き、
暗い玄関で、静かな安堵を覚える。


「助かった」


ベッドに横たわる恐らく彼だろう塊と、
床の上で膨らんだ2つの寝袋を確認し、
そう思った。

寝袋で誰かが寝ているのは
むしろ好都合だった。


「これは侵入であり、犯罪だ」
「ベッドで寝てるのは、本当に彼か」
「寝袋で寝ているのは、いったい誰なんだ」


冷静な心の声を華麗にスルーして、
疲れ切った体は、私を部屋の中へと導いた。


そして、私は息を殺しながら、
まるで最初から、その場にいたかのように
寝袋で寝ている誰かの隣で横になり、
安らかに目を閉じた。



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時は遡ること、2時間前。

息が白いね、とはしゃぐ恋人たちを他所に
私は大層焦っていた。

乗り換えアプリをどれほど駆使しても
到着時間の5:35は変わらない。
終電は既に発車していた。


気持ち良さは、一瞬にして後悔へと変わり、
頭は、あらゆる可能性をはじき出す。


数多ある選択肢から1つ選んだもの
最も安心できる選択


それは中学以来の親友の自宅に
お邪魔するという手段だった。


もちろん、彼には申し訳ないが、
15年以上の友情は嘘ではない。
話せばきっと分かってくれるはずだ。

そう思い、すぐさま、LINEを開く。



プルルルル 。。。

    プルルルル 。。。




プルルルル 。。。

    プルルルル 。。。



深夜だから
繋がらなくても仕方ない。


覚悟はしていたものの
「応答なし」の文字は
体感温度を一層下げた気がした。


本来なら、ここで別の選択を取るのが
正しい判断なのだろうが、
凍える体は、そうさせてはくれなかった。


なにより、私は今、
彼の家の鍵を持っているのだ。

その事実が、私を突き動かした。


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私と、親友の彼は共に大阪育ち。
就職で上京した。

ただタイミングは異なり、
彼は、私より一年早く、東京へ移り住んでいたので
就活の際には度々自宅に泊まらせてもらっていた。


その名残もあり、気軽に泊まれる様にと
別段深い意味もなく、家の鍵を交換していた。
信頼関係の元、成り立つ契約だ。

※注:常識として、泊まる時は
前もって確認するのは言うまでもない



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路頭に迷った末


気付けば、私は鍵を握りしめ、
彼の家の前にたどり着いていた。

※注:もはや、ただのホラーである




寒さに圧され、判断が鈍る
そんな私にも1つだけ気がかりなことがあった

それは
彼には長年お付き合いしている
彼女がいるということ


もし彼女が家に来ていて
ムーディーな事象が起きた後だったら、
それは流石に不味い。


ここで
あらためて思考を凝らす


ぽっ・・・

  ぽっ・・・

    ぽっ・・・ ちん!


そうだ、様子を見て、
少しでも、そういった雰囲気を感じたら、
すぐさま撤退しよう。
それ以上、非常識なことは出来ない。


※注:大丈夫。既に十分、非常識だと、
今では分かる。ただ当時の私は若かった。
うん、そうであったと思いたい。


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ここで話は、冒頭に戻る。


扉を開けたら、
想定外の事態が起きていた。

そう、ベッドに1人、
そして床の寝袋に2人
計3人が寝ていたのだ。


しかし時は深夜。物音を立てたら、
それこそ不審者扱いを受けるだろう。
※注:不審者ではある


不幸中の幸いは、
恐らく寝ているのは彼女ではなく、
友人たちが遊びに来ているということ。

まさか彼女を寝袋で
寝かせる男は居ないはずだ。

ま、どんな状況であれ、
3人いるならきっと大丈夫。


朝になったら、事情をしっかり話そう。
笑い話になるに違いない。

そう思い、寝袋の2人と一緒に
私は川の字で寝たのだった。




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その夜、夢を見た。



夢の中で私は
見知らぬおばあさんに
腕を掴まれていた。


そのおばあさんは何か叫んでいる。


ただ聞こえない、
何かを叫んでいる。


何なんだ、この状況は。



もしかして、もう終わりなのか。
今までありがとう。人生に悔いはない。
静かに眠ります。



そう思ってた瞬間
ハッキリ、大きく、声が聞こえた。






「アンタ、誰や!!!」


ハッとして目が覚める。

おばあさんに
腕をつかまれているのは
夢の話ではなかった。


思考が後からついてくる。
ここはどこだっけ。

状況を理解するのに
数秒の時間を要した。



結論から言うと、それは友人の祖母だった。
(先ほどの失礼な表現を心からお詫び致します)

そして、笑っている友人の母親と
呆れた顔をしている親友。


ここで意識がハッキリして
ただ平謝りした。侵入してすみませんと。


長年の仲ということもあり
私の存在を知ってくれていたので
ありがたいことに笑顔で許してくれた。

どうやら、母親と祖母が
東京に遊びに来ていたようで、

その後、テレビを見ながら
朝の団らんを交わし、一幕を終えた。

笑い話にしてもらえて、
本当に良かった。

めでたしめでたし

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事実は小説より奇なり


ということで、ここ数年で記憶に残る
土壇場エピソードを紹介してみました。


おしまい



"楽しい"をつくっていきます。