見出し画像

文学の森殺人事件 最終話

「私が主犯格だと?」三木剛は訊ねた。
「いいえ、三木さんは主犯格ではありません」
「立壁由紀さんに泥を被らせ、犯人に仕立て上げたあの人物が主犯格です」
「いい加減勿体ぶらずに言えよ!」と長田春彦は言った。
「では、言いましょう――共犯者とはここにいる全員です。ここにいる全員が二階堂ゆみを殺害するために集結した犯人です。私はアリバイがないのは恩田さんだけだと思っていました。しかし、よく考えてみると、全員のアリバイが虚構であることは直ぐに見破れなければいけなかった。私がまんまと騙されたのは容疑者全員が嘘の供述をしたからです。あなたたちは、それぞれの目的のために殺害を企てました。なぜなら、私利私欲や怨念によって一人の女性をこの世から葬り去らなければ気が済まなかったからです。もちろんYが殺害を計画するには十分な理由になるのです。
 コーヒーにストリキニーネを盛って、殺害できれば肩の荷もおりたでしょうね。意外なのは三木さんと長田さんが繋がっていたということです。お互いに嫌い合っていた二人がタッグを組むのは不可思議に思えます。しかし、それはお金の問題で解決することです。そこで登場するのが赤羽雄一さんです。あなたは『文学の森』の発案と同時に二階堂先生に恨みを持つ仲間を集めました。そこに集まったのが、七人の容疑者――つまりあなたたち全員です。赤羽さんが怨念を持った理由のひとつに因縁があります。彼女の表の顔と裏の顔を知る人物――善良そうに見えた人気作家の裏と表の世界――それは思わず目を背けたくなるかもしれませんね」

「憶測で物を言っているようだが、私にはアリバイがあります。あるいは立壁、三木、倉田、大島、この四人が逮捕されれば済む話だと思うがね。いちいち机上の空論で物事を語る人間には付き合ってられない!」
「赤羽さん」西園寺は言った。「ついにボロを出しましたね。あなたがY――つまり主犯格で真犯人です」
 赤羽雄一は見たことのない顔で怒鳴った。殺害に同意した人物が芋づる式で逮捕されるとまずい状況なのかもしれないが、あくまで自分一人が大切なのを訴えていた。だが、警察が押収したパソコンには確かに消去されたはずのデータが残っていた。そこには二階堂ゆみを殺害することに同意した全員の名前が載っていた。

「赤羽さん、白を切るのは止めなさい!」西園寺は怒鳴った。「佐々岡君が半時間で調査をしました。あなたたちの名前があるパソコンのデータを復元させて、個人的な恨みや殺した動機が載っています。最もあなた方から進んで殺害理由をお話して頂きたいのですが」
 言い逃れが出来なくなって全員が黙っていた。
 西園寺は言った。「しかし、気になるのは立壁さんの変装を知っていながら、見て見ぬ振りをした名和田さんの本当の気持ちです。あなたは本当に殺害に加担したかったのですか?」
「私は由紀のことを愛していた。彼女が二階堂ゆみに対して恨みを持ちながら、赤羽の策略に陥ったのは許せなかった。結果的に由紀は赤羽に騙される形で犯人に仕立て上げられた。私は親友が一人で悪の道に走るのを見過ごせなかった。なぜなら私たちの友情は刑務所の中でも同じだから」
「なるほど」西園寺は真剣な口調で言った。「あなたほど友達思いの人間が殺人ゲームに加わるなんて馬鹿げてます」
「全く馬鹿げてるよな! あんな女は殺す価値もなかった」長田は親友の倉田の失策に同情して潔く罪を認めた。「だけどさ、茜と大島さんは被害者でもあるんだぜ。彼らは最後まで計画に対して迷いのようなものがあったから。倉田に恋をしていた立壁には同情するけどな」

「私はまだ語らなければいけません」西園寺は言った。「次は『登場人物の動かし方』です。登場人物の動かし方ではなく『登場人物の倒れ方』だと捉えたらいいでしょう。あなたたち七人の犯した行為は無責任で非合理的です。例えるなら、積み木崩しです。誰かがレンガ積み木をひとつ崩すと、一気に全員分のレンガは崩れます。もっとも殺人を同意した上で見殺しにした理由には深い事情があるようですがね」
 三木はいけしゃあしゃあと弁明し始めた。「勘違いしてほしくないのは、私は盗作を勧めてはいない。あの女は盗作しなければ小説が書けなくなった。とはいえ、ミュージシャンが曲をアレンジした上で盗作を誤魔化すように、自分の物にするのが上手かった。あるいは私と赤羽は怪しい人物を演じている人間一人だけが捕まればいいと、従順な立壁を陥れようとしただけだがね」
「例えようのないクズだ!」私は叫んだ。

「なぜ大島さんは彼女が許せなかったのですか?」西園寺は訊ねた。
「そうだ! 大島は二階堂先生に小説を教えて貰ってたんじゃないのか?」
「ああ、西園寺さんの言う通りさ」大島徹は言った。「使えないと言われたよ。お前は何をやっても駄目だから、小説家は向いてないって。使えないクズは何をやっても駄目だって。それが二階堂さんの裏の顔さ。でも、それは長田君も倉田君も立壁さんも全員一緒。最初から彼女は小説家を育てるつもりなんかなくて、富と名声が必要だったんだ。人格者だと思われたかったんだ。ワークショップを開いたのは、あるいは人の作品を貶して認められない人間が累々といる自分以外の人間を下に見て、貶めたかったのかもしれない。その癖、自分は嘘で塗り固められた人生を送っている。彼女の富や名声は全部インチキ。血を流しながら作品を書いたことなんてないのさ。リッチな生活や充実した毎日。全部自分にはない」
「では、最後のダイイングメッセージ『小説の題材はどこから取るのか?』これは『殺害した人間は誰なのか?』つまり――容疑者全員が犯人と言うことで一致します」

この記事が参加している募集

ふるさとを語ろう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?