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ゲゼモパウム 最終話

「私たちが人間たちにターゲットにされていることは知っている。けれども、私たちの住み処に入った時点で覚悟はできているな」
「つまり?」
「無理な相談だ」青ひげは言った。「この地から遠く離れた人間の住み処に招待されたことは初めてではない。しかし、その度に私たちが人間どもを返り討ちにしたよ」
「つまり私たち以外にもあなた方の住み処にきたことがある人間はいると?」
「そうだ」今度は赤ひげが言った。「そしてそいつらはお前たちのような役立たずで構成されたまぬけばかりだった。最終的にそいつらがどうなったか知りたいか?」
 私は肯いた。
「この頑丈な牙で殺したよ」赤ひげは自慢の牙を見せつけて、微笑んだ。「それも一発でね」
「やれやれ」伍長はそう言うと態度を急変させた。いい加減、彼らに腹を立てていた。「話が通じる相手ではないようだ。弱い者は強い者に搾取されるのが、人間社会の決まりだ。誰がお前らを返り討ちにしたって?」
 突然、伍長は小脇に潜ませたスペースフォックの電源をONにした。キューン、キューン、と、いう音を出していた。彼らの心臓を止める作戦に出すために思案した。
 彼らは癇に障る声で悲鳴や怒声をあげた。短気な伍長は我慢の限界だ。言論を恐怖でねじ伏せて、人間の方が力関係が上であるのを示そうとした。
「玉置伍長! 冷静になれ」兵長は馬鹿な真似は止めろとばかりに言った。 

 しかし玉置伍長の顔は見る見るうちに、醜悪な顔に変わった。「今お前が勝手な真似をしたら全てが、台無しになるではないか! 最後まで彼らと平和的解決をしなければならないのだぞ。電源を今直ぐ止めろ!」
「嫌だ」伍長は言った。彼は反旗を翻した。「ここでの規律は俺にある。これからはお前の言うことは一切聞かない」
 伍長は手を止めずに、ブラックホールの穴みたいな空間にゲゼモパウムを吸引していく。1匹、2匹、3匹、4匹、と次々に彼らは吸引されていく。それもいとも簡単に。伍長は彼らも口だけでたいしたことない。と思い、目的が達成された喜びで満面の笑みを浮かべた。
「化けの皮が剥がれたな」
 奥の隙間から図体のでかい。ゲゼモパウムが出てきた。彼の異様な外見はどうしても人目を引いた。彼は通常のゲゼモパウムの2倍の身長がある。それは小学生と同じ身長に思えた。彼は僕たちの方を向くと、黒い顔の下に微かに刀傷が残っていた。恐らく彼がゲゼモパウムのリーダーだろう。彼の足先は強靭で力強く、逞しい腕毛は山賊を思わせた。それに彼の容姿は他のどのゲゼモパウムよりも恐ろしくて、奇怪だった。その一方で人間に近い神秘的な存在だと思えた。あるいはゲゼモパウムの集団のなかでは一番強い
のかもしれない。
「私たちの島を荒らすのはこいつらか」
「はい」

 その瞬間、親玉は勢いよく伍長に飛びかかって、熊に噛まれたみたいに激痛を伴う毒牙で伍長の右腕に噛み砕いた。毒牙の殺傷能力は非常に高かった。彼は大きな声で悲鳴を上げた。そしてスペースフォックを地面に落とした。
「毒だ! こいつには毒がある!」伍長は叫んだ。
「ここは人間が無闇に介入していい場所ではない」親玉は伍長を怒鳴りつけた。「立ち去れと言っているのが分からないのか!」
「!?」
「早く消毒しろ! 役立たずどもが!」伍長は悲痛に耐えきれずにまた叫んだ。
 私は救急箱で伍長の傷を回復させようとした。しかし彼の殺傷能力は異常に高く、毒の回りが早い。あるいは伍長はもう虫の息なのかもしれない。
「伍長、すまないが、私にはどうすることもできない」兵長は伍長を見捨てる決意をした。彼は地面に落ちていたスペースフォックを拾った。そしてそれを故郷の国に持ち帰って、上に報告せねばならない。
「兵長殿、指示をお願い致します!」一等兵は大きな声で叫んだ。
「我々は十分な成果をあげた。一刻も早くこの地から立ち去り、故郷の国に帰るのだ」兵長は言った。
 しかし親玉は鋭い牙で次々と我々に襲いかかってきた。親玉の毒牙は噛まれた数秒で死に追いやることが可能だ。

「!?」
 今度は一等兵が親玉に左腕を毒刃で噛み砕かれた。そうこうしているうちに、我々の生気は徐々に失せていって、まるで積み木倒しのように崩れていった。次は別のゲゼモパウムだ。彼らは80センチほどの体躯をしていて、やはり致死量に値する毒があった。
「私は駄目だ!」一等兵は真っ青な顔で叫んだ。「私を置いて逃げろ!」
 その言葉と同時に伍長が息をしていないのに気付いた。私利私欲に走り、兵長の命令を無視した伍長ではあるが、彼なりに立派な死に方だと言わざるを得ない。
 これがゲゼモパウムの脅威なのか。
 私はここにいたら命が助からないことに気付いた。とにかくスペースフォックに吸引したゲゼモパウムを国に持ち帰り、故郷の暖かい空気を吸いたい、と純粋に思った。
「退散だ! 退散するぞ!」兵長の言葉と共に私と上等兵は帰路につくため脱出を試みた。
 しかし、一等兵、伍長はゲゼモパウムの毒牙に噛み付かれて虫の息だ。少し前までは同じ目的を持ち、同じ夢を持っていたはずの仲間たちが毒に冒されていた。団結したはずの仲間たちが猛毒で虫の息なのを見せつけられて、私はいたたまれない気持ちになった。ここには文明も糞もありはしない。まるで違う惑星に住まうエイリアンみたいに道理が通じる相手ではない。三人だけでもここから帰る必要性があった。
「私を置いて逃げろ!」兵長は最後の最後で男気を見せた。「こいつらは端から我々が敵う相手ではなかったのだ」
 私は盾のように身代わりになった兵長に心の底から尊敬の念を抱いた。死という概念に囚われた時にはじめて本来の人間性がでる。彼は間違いなく万雷の拍手に値する真の勇者だった。4匹、5匹、6匹とキーキー声を上げながらゲゼモパウムは兵長を八つ裂きにした。

 私と上等兵は地下通路を走り抜けた――奴らの瞳はサーチライトのように光って、標的を私たちだけに絞り込んでいる。薄暗い地下通路は隙間風が吹いていた。壁と壁の感覚がどこにもない。もちろん灯りすらなく、そこは暗闇に支配されている魔窟のようだ。
 私は奴らが近づけないために最善の努力をした。彼らは愉快犯みたいに防壁の向こう側から、わたしたちをあざ笑っていて、足の甲まで鋼鉄に鍛え上げられた足元が目についた。それはこれから最も残酷な殺し方をされている寸前の出来事に思えた――奴らは首から下にかけて両手を伸ばして、猫が魚を食い散らかすみたいに上等兵に襲い掛かった。
「私は駄目だ。デブピッツァ。いや、城川二等兵、お前だけは絶対に生き残れ」
 藤崎上等兵は最後にその言葉を言い残すと一粒の涙すら見せずに死んだ。
 私は上等兵が身代わりになって、最後の命運を託したのを無駄には出来なかった。私は井戸のはしごの近くまで走り抜けて、脱出の寸前まで辿り着こうとしていた。私の体重ではとてもではないが登るのが困難だ。はしごから木材の破片が崩れ落ちる音がした。何匹かのゲゼモパウムが黒い一塊のように喰らい付こうとうと迫っていた。私は、はしごを登り切り、どうにか地上に姿を現すことに成功した。

 C

 そして私は一人だけ生き残った。しかし最後の頼みのはずのスペースフォックは井戸に落としたままだった。私は顔をつねって現実かどうか確かめた。確かに今起こったことは紛れもなく現実だった。私が調査した生き物は何らかの選択肢を与えた。私は仲間たちから最後の希望を託されられると、砂漠の大地に一人寂しく佇んだ。
 一週間後、私はこの未開地から帰る希望の船の到着が来るのを待ち続けていた。街の外れに取り残されたみたいに砂漠の地からSOSの旗を振り続けた。けれども、いったい何がどうなっているのか皆目見当も付かない。確かにゲゼモパウムという奇怪で奇妙な生き物は存在していたし、仮に存在していなくても私が助かる見込みはゼロに近かった。佐々木兵長(それ以外の上官にも感謝しなければならない)は奴らの餌食になった。とにかく私は夜の砂漠の星空がとても綺麗なのを目に焼き付けた。そう思うといたたまれない気持ちになった。オアシスの水を飲んで、飢えをしのだ。しかし食料はもう底をついて、終わりが近いのを感じずにはいられなかった。私は一人そう思いながら綺麗な星空を眺めた。
 しかし、希望の船は到着予定時間を幾ら過ぎても一向に付く気配はない。  そして私は誰にも気付かれずに砂漠の大地で一人孤独に死ぬのだった。

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