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未上場 SaaS企業調査 2017 (2) コスト構造

先月公表された、(旧)投資銀行 パシフィック・クレスト社 (2016年よりKBCM Technology Group) による「2017 Private SaaS Company Survey Results」の紹介、第2回目の今回は、コスト構造についてです。

  なお、同調査の紹介は3回シリーズの予定です
  第1回 リテンションの現状
  第2回 コスト構造                         ←今回はこれ
  第3回 利益ある成長 "40%ルール"

上場企業であれば決算資料から紐解けるコスト構造ですが、未上場企業のコスト構造はヴェールに包まれているため、大変貴重なデータです。ただ、サービスの単価や、競争の激しさ、事業展開フェーズなどによりコスト構造は大きく異なるのも事実であり、全体の平均を見てもなかなか意味を捉えきれないデータでもあります。

そこで今回は、SaaS企業調査2017のコスト構造データを紹介するとともに、私の独断で選んだ上場SaaS企業3社を追加でピックアップし、彼らのコスト構造も合わせて比較してみることにします。

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未上場SaaS企業調査の対象企業のコスト構造(平均)

粗利が73%、営業費用が82%、営業費用の内訳は、マーケティング&セールスが35%、R&Dが28%、販管費が19%です。なお、多様な企業の平均値なのですが、2014年からこの数値自体に変化はほとんどありません。

余談ですが、初めてこの数字を見た時、私は衝撃を受けました。だって、売上100円あげる毎に10円の損失を出しているわけです。特に私は職業柄、日本の大きな伝統的企業さんと常にお仕事してきたため、このような利益構造(というか損失構造)にはやはり驚きが先行してしまうのでした。


同企業の企業規模別コスト構造

未上場企業のため、規模で区分しても、大きくて$60MM(約70億円)です。

その上で面白いのは、粗利と営業費用合計の比率は規模別に見てもほとんど変わらないのに対し、営業費用の内訳構成が規模によってかなり変わる点です。具体的には、規模が大きくなるほどマーケティング&セールスの比率が上がり(33% → 43%)、逆にR&Dと販管費の比率(合計で51% → 36%)が下がります。

これは、企業が成長するにつれ、業務の効率化が進み、規模の経済も獲得できるようになるからと思われます。

しかし一方で、売上成長率は大きく減速(54% → 26%)しています。成長するにつれ、マーケティング&セールスへ相対的に多く投資できるようになっても、爆速成長のスピードを維持するのは難しいということです。

この現象の背後には、以前ご紹介した記事「SaaS企業にとって"Good"なリテンション (2)」でご紹介した「偽善 (false positive)問題」が鍵を握っていそうです。(余談ですが、この記事は本当に意味深いので、特にSaaS事業の方はぜひ読んでください!)

簡単に言えば、小さな企業 ≒ 創業間もない企業では、顧客基盤における新規顧客の比率が非常に高いため、グロスレベニューリテンションが構造的に非常に良い水準を維持し続ける、結果、売上も急成長し続ける。しかしそこで油断し、見せかけのリテンション水準の裏に潜む本当のリテンション力を早い段階で自覚せず、カスタマーサクセスに着手せずにいれば、早晩、リテンション率の悪化とともに、売上成長スピードに限界が生まれるのです。


上場SaaS企業のコスト構造:ベンチマーク

同調査では、パシフィック・クレスト社が独自に選定した上場SaaS企業(お手本企業)のコスト構造に関する定点観測データも合わせて紹介されています。

上場企業ですので、大きい区分は売上$100MM(約120億円)超です。お手本として、その大カテゴリーを見てみると、粗利67%、営業費用78%で、先の未上場企業の調査結果と同様に、営業損失1割。つまり、売上が三桁億円に成長しても、まだまだスタートアップの利益構造です。

ただし、流石に上場というハードルを乗り越えた企業だけあり、三桁億円の規模へ成長してもなお売上成長率36%を維持しています。

今や、VCの方々も、投資先企業のチャーン構造をよく理解し、本当のリテンション能力をじっくり見極めるため、先に述べた「偽善問題」を克服し、カスタマーサクセスを組織として推進できている企業が結果としてエグジットを遂げ、上場後も高い成長率を維持できていると考えられます。

以上が、同調査2017で紹介された未上場SaaS企業と上場SaaS企業のコスト構造データでした。復習をかね、主要な数字を以下に図示してみました。


事例1:Salesforce.com のコスト構造
ここからは、同調査結果を離れ、私の独断で上場企業3社を取り上げ、そのコスト構造を観察してみたいと思います。最初は、SaaSの雄、Salesforce.com社です。

調査結果と見比べられるよう、先の図と同じフォーマットに整理しました。

こうしてみると、やはりセールスフォースの凄さは一目瞭然です。

まず目につくのは粗利の高さ(75%〜)で、先の上場お手本企業のベンチマーク(67%)よりも更に高い水準です。それでいて営業費用はベンチマークよりも低く、更に、ここ数年は改善傾向も観察されます。

そして何より凄いと思うのは、直近の数年ですが、コスト構造が大きくブレることなく、利益ある成長(損失1割ではない!上で直近でも2-3割成長)を続けている点です。

もちろん、同社の事業ドメインの良さによる部分もあると思いますが、それだけですべての説明がつくわけでもないと思います。やはり、R&Dと販管費に規模の経済を効かせて大きく抑えつつ、マーケティング&セールス(のコストにカスタマーサクセスのコストも含むと想定)に正しくお金を使っている結果、高い粗利と売上成長率を達成していると考えられます。


事例2:Shopify のコスト構造

2015年に上場を果たし、日本でも認知されつつある同社は、SaaSの中でもプラットフォーム型ビジネスを展開している点がユニークです。

この図をみて皆さんも直ぐに気づくと思うのは、同社は上場前後で大きくコスト構造を変えている点です。特に、R&Dだけでなく、マーケティング&セールスも大きく絞り、粗利も我慢しながら、上場後もなお”毎年倍増”という爆速成長を取りにいっている点が目を引きます。

事業戦略の視点でみると、とてもリーズナブルな月額課金設定などで出店店舗数の急拡大に注力し、結果、プラットフォーマーならではの規模の経済を最大に効かせてマーケティング&セールスを抑制するとともに、広告決済などのサービス売上(アップセル&クロスセル)拡充にも注力し、売上の爆速成長を維持しようとしている、と考えられます。

個人的には、そのような事業戦略の内容もさることながら、そのような事業戦略に合わせ、1-2年で大きくコスト構造をキュッキュッと変えてくるのは、米国スタートアップらしいなあと感動しました。


事例3:Netflix のコスト構造

最後はNetflixです。流石に、同社については説明不要ですね。

そして3社目なので、パッと見て気づくのは、本当にスカスカな図です!!

Amazon Prime (streaming)を大きく抑え、特に米国の家庭に深く入り込んでいるNetflixですが、その裏のコスト構造はSaaS企業の中でも大変ユニークです。

実は同社は 2012年に瀕死状態に陥りました。同年、DVDレンタルからストリーミングサービスへと事業の軸足の大転換を果たすリスクを取りつつ、その価格設定がユーザーから受け入れられずに大きく袋ただたきにあったのです。2011年に36%だった粗利が、翌2012年(上図の通り)は27%と、一気に1割も悪化しました。

そこから数年かけ、直近は粗利もBeforeの水準へ回復しつつあります。特に昨年敢行した価格の値上げなども、事前は批判の嵐でしたが、蓋を開ければPLにきちんと反映できています。

そして個人的に凄いなあと思うのは、瀕死から蘇った後に、大きな売上成長を果たしている点です。これは、海外市場へ積極的に投資しユーザー獲得に成功していることによりますが、通常その手のGo-to-Market戦略は初期投資が非常にかさむと同時に、海外拠点が各地に分散する結果、費用面で規模の経済が効かせにくくなる、にもかかわらずしっかり利益を残している点です。

Netflixについては、カスタマーサクセスの実務に関してもとても興味深い企業ですので、改めてフォーカスを当てた記事を紹介したいと思っています。


以上、未上場SaaS調査の結果と合わせ、馴染みのある上場3社のコスト構造をご紹介しました。冒頭、平均値を見ても意味を捉えきれない、と申しましたが、逆に、1社1社にスポットライトを当ててみると、これほど面白いデータはない、と個人的に思っています。

ぜひ皆さんも、このような分析を参考に、自社がお手本にしたいと思う上場企業のコスト構造をチェックしてみてはいかがでしょうか?

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