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その「いいね」、がうれしくて。

私ごとだけれど、この春フリーランスになった。
本当はずっと独立したいと思っていたのだろうけど、長年気持ちに蓋をしてジタバタ。それでもお鍋の中がぐつぐつ煮えたぎり、どうにもならなくなって覚悟を決めた。

お知らせするか、しないか。

実はこれを周囲にお知らせすべきかどうか、とても悩んだ。お店をオープンさせたり会社を興すのと違ってひとり静かにスタートする感のあるフリーランス。まだ何も形になっていないのに表明するのはなんだか気が引ける。でも、何も言わないでいるのも気が引ける。どっちにしても気が引けるなら、逃げ道を作らないためにも公言しよう、とfacebookでお知らせすることにした。

書いた内容は、実にまわりくどくて長たらしい文章。本当、心の中を反映している。「まだ堂々と名乗れる段じゃないんだけど」という言い訳が全行に書いてあるよう。それでも、そのまわりくどくて長たらしい文章を読んでくれたたくさんの方が「いいね」や応援メッセージをくれた。本当、ありがたい。

実は、その中にひとり、私が密かに「いいね」を請い願うひとがいた。
Mさん。私が駆け出しの住宅営業だった頃に担当したお施主さまだ。

人生の大先輩で、恩人で、お施主さまで。

「都会で英語を学ぶ大学生」から、まるで世界の違う「地場の住宅営業」になり、完全無知からスタートした社会人2年目。色々なことが未熟で、今思えば怖いぐらい無謀な営業マンだったのだけれど、その頃出会ったのがMさんだ。

Mさんは長年自営業をされていて、自前の店を持ち大家族で暮らすと決めた折に私の勤める住宅会社を訪ねてこられた。そこでたまたま対応したのが私。まだ半人前というのは一目瞭然だったと思うけれど、Mさんは一世一代の店舗併用住宅建築を私に託してくださった。土地探しから店舗住宅のプランニング、インテリアに至るまで、全部。「なんでもわかります」というベテランには程遠い、「なんでも端から調べます」の駆け出し営業マンに、丸ごと、全部。

実際私は、計画中も建築中も血の気が引くような事件を次から次へと起こした。
それでもMさんは、その度「大丈夫、なんとかなるから落ち着いてやってごらんよ」と言ってくれ、失敗を失敗のままで止めずに成功の形になるまで待ってくれた。そして、本当に素敵な家が完成した。私が住宅営業でいることに誇りを持てるようになったのは、間違いなくMさんの家づくりをご一緒させていただいたおかげだ。

その後、その住宅会社は解散することになり、私は職場を移った。それきりMさんと連絡をとることもなかったのだけれど、数年後、facebookに突如Mさんからメッセージが届いた。「他で活躍されているのに連絡したら迷惑と思って遠慮していた。それでも貴方が頑張っている様子がわかると嬉しくて。貴方のおかげで、今も幸せに暮らしていますよ」。
『貴方のおかげで』って、それをいうなら私の方。ずっと気にかけてくださっていたなんて。音信不通の無礼をお詫びし、facebookでお互い見守るだけの静かな縁が始まった。

めぐり合わせ。

さらに数年後。私の仕事は「売る」から「伝える・表現する」に少しずつシフトして、やがて「書いて、伝える」を仕事にしたいと思うようになっていた。
そんな頃、改修を終えた温泉宿の客室名を提案してほしいと依頼を受けた。そこは、私が新卒で地元に帰って以来毎週のように立ち寄り湯で通っていた山奥の温泉宿。住宅営業ゆえひとりで過ごすしかない平日休み、ぼろっぼろの私の心をやさしく癒してくれた秘湯だ。あれから20年。その宿に、ことばで関わることになるなんて。

室名は、散々悩んだ末にその温泉宿で味わってほしい事象から名付けた。高齢の女将さんは「わかってくれていたのね」ととても喜んでくれ、私も恩返しができたようで幸せだった。その感激を誰かと共有したくてfacebookに投稿したところ、思いがけないコメントがあった。
「ご活躍、我が子のように嬉しく思っています」。Mさんだ。

メッセージでやり取りして以来、初めてのコメント。驚いたと同時に、ずっと見守ってくださっていたことを知り、心が震える思いがした。というか、泣いた。
Mさんは、当時の私がやぶれかぶれで温泉宿に通っていたこともご存知のはず。そこからどう立ち上がって成長していくのか、静かに見守ってくださっていたのだろう。「やっとここまできたんだなぁ。頑張れよ」と言うMさんの声が漏れ聞こえる気がした。

その「いいね」、がうれしくて。

あえて、フリーランスになると言うだけの話をfacebookに投稿したのは、いつも遠巻きに見守ってくださっているMさんに、「私は今、こうです」と伝えたかったからだ。Mさんだけじゃない、facebook越しにそっと見守ってくださっている方に、「私は今、こうです」と伝えたかったから。

いただいたコメントの中にMさんのコメントはなかったけれど、たくさんの「いいね」に混じってMさんの「いいね」があった。相変わらず、そっとだけれど、知ってもらえたことが嬉しかった。

まだ何の結果も出していない、ただの“宣言投稿”。たぶんきっとMさんは、「やってごらんよ。頑張れよ」と言ってくれているだろう。
いつか、Mさんがコメントしたくなるような"報告投稿"ができるように、頑張ろう。

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