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「感じる」と「考える」とは

皆さん、こんばんは。
株式会社廣起の代表取締役の廣木です。

久々にnoteを書きますが、ここ数日で、2023年を振り返りながら、1年はあっという間だなと改めて、感じていました。

先日、和田裕美さんの講演を聴きながら、1年とは365日÷7日をすると約52週間、つまり8月が終わると32週間が終わったことになります。2/3が過ぎたわけですが、この8ヶ月間を振り返ろうと思います。

皆さんのおかげさまで、創業後3期連続で対前年比を超え、今期も前期を超え、更に成長する見込みです。

各事業の新しい仲間も増え、ここから更に共に成長し挑戦していきます。5月に開催した「スポーツでココロオドル瞬間を」をビジョンにしたLA FESPOでは、リアルとオンライン合わせて1,200名に参加いただき、過去最高規模でスポーツフェスを主催できました。また、新規事業として、未経験からのWebエンジニア育成をする「Rough Tech」という事業が立ち上がり、受講生が徐々に増えており、IT人財が社会で活躍するきっかけを創れるように挑戦しています。

それから、2023年は、特に「世界に視野を広げる」と決め、カンボジア、マレーシア、タンザニアにも行き、10月にベルギーなどヨーロッパに行く予定です。自分の知らない世界に触れ、一度切りの人生もっと冒険したいと強く感じるようになりました。来年2月には、海外での挑戦、第一歩でLA FESPO inカンボジアを開催予定です。

振り返りながら、noteを書いて発信する理由ですが、よく「廣木さんは、どこに向かっているんですか?」と笑いながら聞かれることが多いので、文章にして、自分の想いや考えを定期的に発信したほうが良いなと思い、たまに投稿しています。

そして、今回は、「感じると考える」ことをテーマに、自分の考えを書きます。まず、「感じる」と「考える」と聞いて、皆さんがどのようなこと想像するか、わかりませんが、今から、約50年前、世界中にカンフーブームを巻き起こした映画「燃えよドラゴン」にも似たような言葉があったのを思い出します。主役を演じたブルース・リーが弟子に武道の極意を教える場面で言った、「Don’t think. Feel!(考えるな。感じろ!)」という言葉です。

今思うと、とても深い一言だなと思うのですが、結論から言うと、僕は、この「感じる」と「考える」という2つの作業は、人生を豊かにしたり、人間的に成長する上で、とても大切なことだと考えています。

8/11(金)~12(土)でエクシブ有馬離宮に1泊してきたのですが、意図的に、月1回ほどホテルを予約して、一人でのんびりリフレッシュと、自分と向き合う時間を作るようにしています。

意図的にホテルに1泊して時間を作るようになった経緯は、昔から、夢中になるとそのことばかり考えたり、そのことだけずっとやり続けてしまう性質のようで、あまり振り返ったりせず突き進むくせがあります。それから、何かに挑戦して、少し物事がうまくいき始めるとすぐに傲慢になって、自分はできていると思うくせもあります。20代の前半までは、特にダメな自分を否定したり、非難しましたが、「今はこれも自分なんだ。人間らしくて可愛いな」と受け入れていて(笑)、そういう個性をどうしたらもっと活かせるか、を考えられるようになりました。

お世話になっている経営者の方に、25,26歳くらいのときに、こんなこと言っていただきました。

「廣木は、自分一人の時間を作ったほうが、すべてがうまくいくよ。だから、仕事だと思って、リフレッシュの時間を作るといいよ。それと、自分ができていると思うことや自信を持つことは良いことだけど、傲慢になって自分のやり方に固執したり、周囲の意見が聞けなくなると何事もうまくいかなくなる。だから、自分を客観的に振り返る時間や環境を作ったほうが良いね。」

実は、この言葉は、一度ではなく、ここ最近も含め、出会ってから何度も繰り返し言っていただいてます。未熟な僕は、せっかく貴重な意見をいただいても、しばらくして時間が空くと、そんなことはすっかり忘れて、元の自分のくせに戻って、スケジュール管理の改善が必要になることが何度かありました。やっぱり人間は、習慣の生き物で、普段使っている言葉も、人生で起こる色々な出来事に対しての捉え方も、なんとなく日常の中で無意識的にやっていることも含め、生まれてから身につけた習慣に左右されて生きているんだなと良い意味で痛感します。特に、20代になってから、「環境や仕組みを作ること(=習慣化すること)」がいかに大切かを沢山の方々から学んできました。

それから、自分のなりたい姿に向かうプロセスで、適切なタイミングで適切なフィードバックをいただける環境を自ら意図して創り出すかが、自分の成長や成果にしていく上で、とても大切なことだとも学んできました。

「鳥は空気が見えない。魚は水が見えない。人間は自分が見えない。」という中国の諺があるように、僕は、自分のことを一番理解しているつもりで、実はそうでもないことが多いなとも思うようになりました。特に、年を重ねるほど過去の経験が良い意味でも悪い意味でも邪魔するんだなとも感じるようになりました。なので、自分と向き合うことも大切だけど、年齢を重ねても、良き師や良き仲間のフィードバックや意見も受け入れながら、自分の意思で決断していくことをより大切にしたいと思っています。

少し本題からは、遠回りしましたが、僕は、自分ひとりの時間を作る中で、意識的に「感じること」と「考えること」の両方の作業をするようにしています。

これは、似ているようで、全く別の作業です。たとえば、今回エクシブ有馬離宮に行った際に、温泉に入りました。目の前には、夕日に照らされた美しい緑の山が並び、心地よい風が吹く中で、蝉たちの大合唱を聴かせていただきながら、温泉にゆっくりと浸かり、僕は心の中で「幸せだなぁ」、「こうやって美しい景色を見ながら温泉に浸かれるなんて有難いなぁ」、「蝉の鳴き声がなんかわからないけど、懐かしい気持ちにさせるなぁ」と感じました。

温泉に浸かりながら、「感じる作業」をしていたのですが、そうやって感じているうちに、いつの間にか、「何故、今幸せだと感じているのだろう」、「今はとても幸せだけど、どうしたら、もっと幸せを感じる時間をこれから創れるのだろう」と考え始めていました。お風呂に入った直後は、「感じて」いましたが、その後は、何故そう感じるか「考えて」いました。

この「感じる」と「考える」の差はなんでしょうか。僕の中で、「感じる」と「考える」ことの違いの1つは、『問い』があるかどうかということなのかなと思います。さっきの例で言えば、「何故幸せだと感じているのだろう」という問いがあることで、考える作業に切り替わっていました。それに対して、最初に「幸せだなぁ」と思ったことは、問いがあったわけでなく、どちらかというと、直感で自分の心が感じたり、心が動いたことです。

つまり、
「感じる」=心が動くこと(目や耳や鼻や口や肌の五感で感じ、喜怒哀楽など自分の気持ちや相手の気持ちを感じ取ること)

「考える」=頭を使うこと(五感で感じたことに『問い』立てて、自分の中での「答え」を導き出すこと)

今振り返ると、僕は特に20代前半までの人生では、自分がどう感じているかに蓋をすることが多かったです。その理由は、

・自分の気持ちは感じずに周りの人の気持ちや意見を優先したほうが良い
・自分の気持ちを表現することは恥ずかしいこと
・辛いことがあっても男は泣いたり悲しんだりしてはいけないもの
・自分の喜怒哀楽の気持ちを出さないほうが相手に気持ちを読まれない
(今思えば、サッカー歴が長く、勝ち負けの世界だったので、相手に感情を見せないほうがプラスだとも思っていました。)

こんなことを思って、20代半ばまで生きてきました。だから、自分の気持ちがどこにあるか、感じる力が今より未熟だったと記憶しています。そして、感じること自体が未熟だったので、自分の気持ちはもちろん、周囲の人の気持ちも本当の意味で理解ができなかったことが多かったようにも思います。

僕が感じるということを学ぶキッカケになった本がいくつかあったので、少しだけ紹介します。すべて野口義則さんのシリーズですが、「鏡の法則」、「3つの真実」、そして一番お気に入りの「『これでいい』と思える生き方」という本です。

感じる力は、本を読んだり、映画を観たり、何かを体験・経験したときに「今、自分はどう感じているのだろう?」と質問することで、「自分はこう感じた」、「自分の心はこう動いた」と認識できるようになりました。また、誰にも見せないノートに自分が感じたことをそのまま書く習慣をつけたことでも、少しずつですが、磨かれてきた気がします。

そして、「感じる」に加えて、大学の部活時代や社会人になってから、よく言われたことは、「考えながら走れ」、「考え込むな、考えながら動け」ということです。ブルースリーの「考えるな、感じろ」とは相反する言葉ですが、さまざま経験を積んでいく中で、要はどちらもとても大事なことだと自分の体験から思えるようになりました。普段よく考え込んでしまう人には、ブルースリーの言葉がぴったりの状況があるかもしれないですし、直感でばかり行動する人には、「考えながら動け」がぴったりの状況があるかもしれません。僕の人生でも、どちらの言葉も心に刺さる瞬間が沢山ありました。

そもそも、「考える」とは、「問い、考え、語り、聴くこと」という格言があります。僕たちは問いがあって、はじめて考え始めます。考えるためには、自ら「問う」習慣が必要です。そして、問いに対しての自分なりの考えを、友人や仲間に語ることで自分の問いの理解が深まったりします。もっと言うと、友人や仲間の問いに対する考えを聴くことで、周囲から新しい考えを学び、自分の問いに対する考えを客観視できたり、自分の考えをより明確にすることができます。そうしていく中で、自分にとって納得がいく生き方、幸せな生き方に繋がっていくんじゃないかなと思います。

「考える力」を身に付けるプロセスで、自分で「問い」を立てられるようにすることも大切ですが、やっぱり「問い」を立ててくれる師や仲間がいる環境をつくることができるか、が最も重要な気がします。

僕の経験で言えば、小学校から高校までのサッカーは、感覚でやっていることが多かったです。でも、大学のサッカーから「何故そうするか」を圧倒的に考えるようになりました。理由は、シンプルで「何故そのプレーをしたか」監督やコーチ、仲間に毎日のように問われたからです。

社会人になってからも、「廣木はどうなりたいかのか」、「なぜそう思うのか」、「何のためにそうするのか」、「廣木はどう考えているのか」、「どうしたらもっと良くなるのか」を毎日のように問われ、考える習慣が身に付く環境にいたように思います。その環境がとても有難かったなと思います。

なので、今後も、自分で「問い」を立てる習慣に加えて、何歳になっても、「問い」を立てていただける師や仲間がいる環境に身を置くことも大事にしていきます。

長々と文章になりましたが、結局、何が言いたかったかというと、「感じる」と「考える」両方の作業を反復して繰り返し、習慣化していく中で、「自分の人生で大切にしたいこと」、「自分の人生で実現したいこと」、「自分の人生で挑戦したいこと」、「どうなったら自分が幸せになるか」が少しずつ明確になってきたので、これからの人生においても継続して、両方を大事していきます。

そして、「挑戦し続ける」、「謙虚に学び続ける」、「感謝の気持ちを持つ」を実践し、「全ての人の無限大の可能性を最大限に、感動する物語を共創しよう」という会社のビジョンをカタチにしていきます。

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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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株式会社廣起/KOHKI Co,.Ltd
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