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創り手の想いはなぜ大切なのか?「悪魔のおにぎり」から学ぶ、意味のイノベーション

最近何かとローソンが話題です。今回は例のパッケージの件については触れませんが、個人的にはローソンの常にチャレンジングな姿勢にはすごいなといつも思います。

ナチュラルローソンやローソンストア100といった業態開発から、からあげクンやバスチーといったネーミングセンスのある商品開発まで。大阪をルーツに持つからなのか、どこか「やってみなはれ」な精神を感じます。

今回取り上げるのは、2年前に発売を開始しヒット商品となった
「悪魔のおにぎり」
それまでダントツで売上1位を誇っていた、シーチキンマヨネーズ味を上回るヒットを記録した商品です。

以前ミミクリデザインの代表安斎と、ドングリの代表ミナベが手がけるメディア「idearium」に呼ばれた際に、急に、ほんと前ぶりもなくミナベさんに

「おにぎりで意味のイノベーションを説明して」

と無茶振りされ、そういえばと思って思い出した「悪魔のおにぎり」について調べてみたら、エピソードが想像以上に面白かったのです。
(無茶振りばっちこい精神では負けません)

今回はそのヒットの背景から、意味のイノベーションの考え方をご紹介していきたいと思います。


「悪魔のおにぎり」ヒットの軌跡

悪魔のおにぎりの生みの親は、ローソンの企画担当者、ではなく、南極地域観測隊で調理隊員に従事していた渡貫淳子さんです。

2009年に公開された映画、『南極料理人』に影響され、41歳で第57次越冬隊(2015年12月〜17年3月)の一員として、南極に赴いています。

調理学校を出てから続けていた調理の仕事。食べ手と作り手の顔が見えるコミュニティーの中で料理を提供することに魅力を感じていた渡貫さんは、映画を見て、南極で技術者や研究の仕事をしている人たちに料理を作りたいと考えるように。3度目の挑戦で見事試験に合格し、その想いを叶えました。

南極での越冬では、1年間食糧補給ができないという中で食材をやりくりし、隊員たちに食事を提供する必要があります。生ゴミを極力出してはいけないということもあり、調理は創意工夫の連続。そんな中、夕飯の天ぷらで余った天かすを活用して作った夜食のおにぎりが「悪魔のおにぎり」だったそうです。天かすと天つゆで、真夜中に食べるにはカロリーが高過ぎる、でも病みつきになってしまう。ある隊員が「このおにぎり、悪魔っすね」と口走ったことからその名がつけられたそうです。
こちらの記事を参考に整理させていただきました)

そんなエピソードがテレビ番組で紹介されて話題を呼び、SNSやレシピサイトで広がりを見せていたところに注目したのがローソン。

名前もそのまま「悪魔のおにぎり」として発売し、「悪魔シリーズ」が生まれるなど大きなヒットを記録しました。


表面的にみれば、単にSNSで注目を集めていたことをヒントに商品化した、とも言えるでしょう。でもローソンくらいになるとそんな簡単には商品化できませんし、単にレシピとして参考にした程度でやっていれば、ここまでのヒットにはならなかったように思います。

ヒットの背景を読み解いていくと、意味のイノベーションの考え方にも通じるようなポイントがありました。今回は3つの視点から、その背景を読み解いていきます。


ヒットの背景① 共感を生み出す想いの強さ

渡貫さんの南極地域観測隊にかけた想いは言うまでもありません。

子供を抱える母親が1年半以上も帰らずに務めるというのは、簡単にできることではないと思います。どうしても行ってみたい、隊員の人たちに食を通じて笑顔を直接届けたい。そんな強い想いがあったからこそ、様々な人たちが渡貫さんの挑戦を手助けし、また多くの人がその想いに共感してストーリーが広く広がっていったのだと思います。

実際にローソンの社内でも、企画段階では反対の声が大きかったようです。

どのようにしてそうした反応を覆し、商品化に至ったのかはわかりませんが、少なくとも商品企画の担当者は渡貫さんのエピソードについて知っており、共感を抱いていたのではないでしょうか?

意味のイノベーションを提唱したベルガンティは、「贈り物(ギフト)」や「愛」という例えで、意味のイノベーションにおける、贈り手と受け手の関係性を表現しています。贈り手、つまり創り手である渡貫さんが、隊員たちに愛情を込めて料理を提供していたからこそ、そして自分自身にとってそれが意味深い行為であったからこそ、贈り物は大きな共感を呼ぶことにつながるのでしょう。


ヒットの背景② 悪魔という、新たな「方向性」の実現

2つ目のヒットの背景として考えられるのが「悪魔」という名前そのものについてです。

夜食として食べる罪悪感とやめられない背徳感から生まれた「悪魔」と言う概念。まずこれはおにぎりだけに止まらず、他の商品にも通じる要素です。

そもそも、コンビニで購入するスイーツやスナック、あるいは栄養ドリンクなどは、ご褒美までとは行かずとも、なんとなく手を出してしまうような、あるいはもう一踏ん張りしたい時にお供として買うことが多いのではないでしょうか?コンビニにはすでに「悪魔」は潜んでいたのです。

そんな中、おにぎりはそうした「悪魔性」は控えめな印象です。強いて言えばちょっと高い具材を使ったおにぎりでしょうか?とはいっても悪魔度は弱いように思えます。

もっとも、おにぎりは基本的に具材で選んでもらうもの。そんな中、「悪魔」という見慣れぬ切り口のおにぎりは、おにぎり棚の中で全く違うポジションを確立させました。

ベルガンティは、意味と並んでよく「方向性(Direction)」という言葉を用います。コンビニの中に潜んでいた「悪魔」という方向性、そしておにぎりになかった「悪魔」という新たな方向性。これを「やみつきおにぎり」みたいにしていたら、おそらくうまく行かなかったことでしょう。「やみつき」という方向性には、ありそうでなかった新しさは感じられないからです。

「悪魔」という言葉が、シンプルかつ力強い方向性を提示したことで、人々の注目を集めるようになったと考えられます。こうした大きな変化をもたらす新しい方向性の提示が、意味のイノベーションには欠かせません。

(後でも言及しますが、ローソンはこの「悪魔」をちょっと乱用し過ぎてしまったような感じもします。)


ヒットの背景③ 想いに応えるPR

3つ目はPRについて。といってもプロモーションのことではなく、ポンタのようなたぬきが描かれたパッケージの可愛らしさといったような話ではありません。(あれはポンタではないらしい、、、)

PRはプロモーションではなく、パブリックリレーションのことを指しています。どうしても広告やブランディングの印象が強い言葉ですが、本来は社会との関係性のあり方を意味している言葉であると筆者は考えています。

2019年の秋に、南極研究の支援のため対象の商品1個につき0.5円を寄付する取り組みを行なっています。渡貫さんのストーリーに共感したということを示していると同時に、そうした想いにしっかりと応え、社会に南極観測のことを知ってもらうための、新しい関係性構築のための活動であるとも言えるでしょう。

いかに今までになかったような、新しい関係性を構築するか。意味のイノベーションの最大の目的はここにあると筆者は考えています。短期的なものではあったものの、少なからずこうした活動は、社会の中に南極地域観測隊に対する新たな理解をもたらしたはずです。

近代マーケティングの父と称されることも多い、フィリップ・コトラー教授は、『マーケティング4.0』として、企業が大事にする価値を、消費者、社会、地球環境など、すべてのステークホルダーで共有していくことの重要性を説いています。PRとは単なる認知向上の取り組みではないのです。

ローソンはこうしたアプローチも通じて、単なるバズに止まらない商品のあり方を実現しようとしていたようにも思えます。
(それが実を結んだかはさておき)


もったいないところ

「悪魔のおにぎり」がなぜ爆発的なヒットをもたらしたのかについて、意味のイノベーションの観点に触れながら、考察されるポイントを紹介してきました。

商品自体は爆発的なヒットをもたらしましたが、一方で「悪魔」カテゴリの定着までは至っていないようにも思えます。

筆者が考える限り、その背景としてもっともあげられるのは、ヒットの背景②でも紹介した、「悪魔」という新たな方向性を定義しきれなかったことにあるのではないかと考えています。

罪悪感を感じつつもなんとなく手にしてしまったり、頑張る人がもう一踏ん張りしつつも、そんな自分をジャンキーに応援してくれる「悪魔」というあり方は、商品の横展開が広がるに連れて、商品そのものの「仕様」での訴求に走ってしまった感があります。

結果として高カロリーであったり、味が極端に濃かったり、砂糖をふんだんに使ったコーヒーを出したりと、とにかく「仕様」に走りました。

なんとなくですが、夜こっそり食べてしまうような、そんな「悪魔」の意味は薄れていってしまい、単に商品の特徴を示したネーミングになってしまっているのです。

高アルコールのお酒が売れる時代においては、マーケティング施策としては間違っていないのかもしれませんが、元々持っていた魅力的な「意味」は失われつつあるように思います。


新たな意味を広げるために

意味のイノベーションが示す、新たな意味や新たな方向性とは、単に商品の切り口のことを指しているのではありません。

商品によってとらえ直される、商品そのものへの認識や、商品を生み出しているブランドとしてのあり方、あるいはそこに生まれる顧客をはじめとした社会との関係性のあり方のことなのです。

またこれまでの関係性や方向性から逸脱し、新たな方向性への歩みを進めるためには、様々な壁を越えていかなくてはなりません。そうした壁を乗り越えていく力こそが、創り手の想いなのです。

こうした想いや新しい方向性としての意味を踏まえて、実際に新しい関係性やそこに生まれる「文化的な生態系」をデザインしていくこと。これこそがデザインの本当の意味での目的だと筆者は考えています。

おにぎりから新しい生態系が直接生まれるわけではないですが、こうした「まなざし」を持ってこそ、生活者の中に新しい認識や関係性が生まれてくると言えるでしょう。


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渡貫さんの想いに始まり、コンビニにおける新しいおにぎりのあり方がその芽を出した様子について今回は考察してきました。

この視点から見たとき、今回のローソンのパッケージはどのように見えてくるか、今後どうなっていくのか。

舘野先生の記事にも繋がりますが、個人的には、コンビニエンスというあり方さえも変えていく可能性があるのでは?とも思っています。
(そして筆者自身は、もうこれ以上便利を追い求めなくても良いのでは?と考えています。)

まさに変化の真っ最中、今後の展開が楽しみです。


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