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反効率的学習のための法律学入門 「現実のカオスをコスモスへ」 法的概念について① #4

1 はじめに


今回も,効率的に学ぼうなどという気持ちを一切捨てて,法律学を学んでいきたいと思います。


この記事は,前回からの続きです。

*前回までの記事





2 法の世界の語彙「法的概念」


法は,人間社会の所与(各個人間の諸力の差、人の心の闇,集団形成力,時間・資源・エネルギーの希少性と余剰性・過剰性及びこれらの偏在,信用供与の不可欠性,病気や災害などの非人為的リスク等)が生み出す不定形主体間の不定性・不定量な互酬関係を,個人の自由を基底理念として,二当事者間の対立関係に切り出し,定性的かつ定量的な権利・義務関係に編成し直す技術(arts)です。

この編成を行うには,法の世界の語彙である「法的概念」を用いる必要があります。法的概念により,事象を認識し,表現し直すということです。

内田貴先生は次のように表現されています。
「…要するに法学というのは,一種の言語だということです。すなわち,複雑な現実の世の中を,法学という仮想空間に移し替える言語だということですね。そのような移し替えによって,とらえどころがないほど複雑な現実も,権利・義務の概念を用いて整序され,法的なルールを置くことが可能となり,また,紛争を法的に解決することもできるようになるわけです。」内田貴『高校生のための法学入門』134-135頁(信山社,2022)。


つまり,現実の諸相を,私たちの「日常の言葉」を使って分析したり操作したりするのではなく,別の視点を持つ「法的概念」という別種の言語を使って認識し直して,権利・義務の関係に編成し,さらには,これに基づき現実を整序していくこと,以上の全体的知識と技術を身につけていくことが法律学を学んでいくことだ,ということになるでしょう。

このことをイメージ的に理解するために,図にしました(もちろん図というのは一面的な表現しかすることができませんが)。


現実世界はカオスです(カオスのすべてが良くないことだという意味は含んでいません)。カオスのうち,個人の自由が危機に瀕するのが「不定形主体間の不定性・不定量な互酬関係」です。これを,法的概念という法の世界の語彙により分節し認識します。他方,抽象世界には,法的概念の体系で構成された権利・義務の枠組みである法ルール(「法律要件を満たす事実があると法律効果が発生する」という形式をもつ法規範)があります。そこで,法ルールを駆動させるため,法律要件に,法的概念で捉えた事実をあてはめ,法律効果を発生させます(この過程が法の解釈・適用」)。発生した法律効果が,現実世界に効力を及ぼし,コスモス化(整序化)された新しい現実を創出する,ということになります。

これらのことは,また順次ゆっくりと説明していくことになります。



3 法的概念の例示


法的概念を,わずかながら民法分野で例示しておきます。概念間の様々な対置性や階層性を無視し,順不同で並べてみます。

権利,義務,請求権,人,法人,不動産,動産,法律行為,意思表示,代理,条件,期限,時効,物権,債権,債務,権利変動,対抗要件,登記,引渡,所有権,占有,即時取得,抵当権,質権,契約,債務不履行,損害,売買,賃貸借,委任,和解,事務管理,不当利得,不法行為,人格権,故意,過失,使用者責任,婚姻,親権,相続,法定相続分,遺言,遺産分割...(以下多量)。



単語を学べば外国語が自由に使いこなせるわけではないのと同様に,それぞれの法的概念の意味内容を理解することだけが法律学を学ぶことの内実ではありません。しかしながら,法の世界を形作るために現実世界を分節して認識し表現する装置が法的概念であることからすれば,法的概念を一つ一つ学んでいくことが学習の基礎をなします。



さて,上記の例示された法的概念をみてみますと,一つのことに気が付くと思います。それは,法的概念のうち,まったく見たことも聞いたこともないであろうものがある一方で,「日常の言葉」として使用しているものがある,という事実です。

ここが一つの注意点です。

例えば,「即時取得」とか「対抗要件」」とかいうような法的概念は,多くの人は初めて目にする言葉であり,日常の言葉として使用することもありませんので,法律を学ぶ場合に,意識的にその概念を学ぼうという姿勢に自然となります。

しかし,「人」とか「物」とか「条件」などというのは通常の生活でも使用する日本語ですので,日常の言葉です。しかし,法の世界における「人」や「物」や「条件」は,特定の定義と内実を有している確たる法的概念です。にもかかわわず,これらを日常の言葉のように理解したり使用したりすれば,法律の学習は成り立ちません。この点に意識的な注意が必要となります。


二つだけ有名な例を挙げます。

「社員」といえば,日常用語でいえば会社で働いている従業員を意味します。例えば,「正社員」とか「派遣社員」などと言ったりしているかと思います。しかし,法的概念としての「社員」は違います。法的概念として「社員」とは,社団の構成員のことをいいます(我妻栄ほか『我妻・有泉コンメンタール民法―総則・物権・債権―(第7版)』139頁(日本評論社,2021))。そこで,株式会社の社員といえば「株主」を意味します(龍田節/前田雅弘『会社法大要 第2版』7頁(有斐閣,2017))。


日常の言葉で「営利」の目的といえば,商品やサービスを取引して利益を得ようとすることだと理解されているかと思います。しかし,民事法の分野における法的概念としての「営利」は,そのような意味ではありません。「営利」の目的は,活動により収益を上げ,これを構成員に分配しようとすることを意味します(前掲 龍田52頁.前掲 我妻135頁)。例えば,私立学校法に基づく学校法人が授業料を徴収して収益を上げてその経営資源に充てても,これを収益事業とは言っても営利事業とは言いません(前掲 我妻同頁)。他方,株式会社は,対外的経済活動により利益を得て,株主という構成員にこれを配当として分配します。これを目的とする事業であるから「営利」事業と言います(江頭憲治郎『株式会社法 第8版』22頁(有斐閣,2021))。




*以下の記事につづく




【参考文献】
内田貴『高校生のための法学入門-法学とはどんな学問なのか』(信山社,2022)



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