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【建築】重なり合うガラスが独自の空間をつくるトレド美術館ガラス・パビリオン(SANAA)

妹島和世さんと西沢立衛さんによる建築家ユニット SANAA。このnoteでも何度か記事を書いているように、私のお気に入りの建築家である。今回、久しぶりに海外のSANAA建築を訪れるチャンスがやってきた。しかもアメリカ合衆国のトレドという微妙に不便な場所にある。これは行くしかない!




オハイオ州第4の街トレドは1970年代までは全米屈指の工業都市として栄えていた。またThe Glass Cityという別名もあるように、近隣に自動車産業で有名なデトロイトがあることから、特にフロントガラスやウィンドウなどのガラス産業を中心として発展してきた街でもあった。(近年は衰退傾向にある)


ちなみに「トレド」という地名だが、一般にはスペインの古都トレドを想像する人が多いだろう。命名の由来には諸説あり、スペインのトレドにあやかったという説もある。今は姉妹都市になっているが、歴史的には直接の関係は無いようだ。


さて、トレド中心部から州道51号を北西に向かって約2km、車で5分、歩くと20分の距離にあるのがトレド美術館だ。(私がどちらの交通手段を使ったのかは書くまでもない)


トレド美術館は1901年に創設され、ギリシャ・ローマ時代から現代アートまで幅広い作品を収蔵している美術館である。そのコレクションは、失礼ながら人口約27万人の都市にしては充実しているなあと思ってしまったが、それはかつてこの街が工業都市として栄えたことのあかしでもある。


その中でもガラスアートの作品は世界有数のコレクションを誇っている。ガラス・パビリオンは、それらの作品を収蔵・展示する別館である。
本館から州道を隔てた木々の向こうに建物が見える。


ガラスが印象的なその姿は、パッと見では金沢21世紀美術館を思い起こさせる。建築に詳しくない人でもそう思うだろう。


ただし金沢21世紀が円形なのに対し、

こちらのガラス・パビリオンは角を丸めた四角形である。


それでは中へ。


SANAA建築には外壁をガラスで仕上げている建物が多いが、内部は不透明の材質で仕切っている施設がほとんどだ。こんなことは改めて書くまでもない当然のことだ。"壁"には区切るという目的の他に、廊下や他の部屋から見えないようにするという目的もあるし、美術館では壁に作品を掛けるという用途もあるからだ。ガラス壁には作品は掛けられない。


しかしトレドでは内部もガラスで仕切られている。展示室、ガラス工房、多目的スペース、カフェなどをガラス壁で区切っている。これが不思議な感覚を生み出している。


ホールから展示室の様子が見えるし、

外の景色も見える。少し大げさに言えば、建物の中にいても公園にいるようだ。


道路向こうにある美術館本館も見える。


ガラスパネルにサッシ枠が見えないことも、スッキリと透明感が増して見える理由だろう。しかも柱が細い!


仕切り壁の角は直角ではなく、外壁同様にカーブしている。何枚ものガラス壁とカーブの歪みが複雑に重なり合い、様々な表情を見せてくれる。


設計にあたっては、ガラスとカーブが重なっていったときにどう見えるか?ということをスタディしながら形を決めていったそうだ。
「だから何?」と言われると困るが、少なくとも私には建築的に面白い。


隣り合う展示室も緩やかにつながっている。


よく見るとガラスは1枚で仕切るのではなく、数十cmの間を空けた二重のガラスで区切っている。


外部に対してもそうだ。


これはメンテナンス、具体的には清掃やガラスが割れた時の交換のための作業スペースとして確保している。また空調環境の緩衝帯、つまり断熱材としての役割も果たしている。さらには小さな作品の展示コーナーとしても活用されている。一石三鳥なのだ。


中庭もあるので、その表情はさらに複雑な透明感をつくりだす。


こうした透過と反射と歪みが繰り返されるこの空間が、この建築の特徴だろう。


展示されている作品もガラスが多いので、作品によっては外部の風景に溶け込んでいるように見えてしまう。これもまた面白い。


ただし光が入らない普通の展示室もある。絵画などは基本的には本館で展示されているが、このパビリオンでも一部展示されている。


アート作家による実演が行われるガラス工房も備えている。ガラスを溶かす炉があるので当然室内は暑くなる。そのためには二重壁は欠かせない。


多目的ホールもある。アートに限らず、地域のイベント会場としても使われているそうだ。


所々に置かれた細長いボックスはエアコン。

その内の1台にはSANAAのプリツカー賞受賞(2010年)のパネルがあった。



周辺は公園として整備されている。
芝生もキレイに手入れされ、

建物と地面の際もキチンと清掃されている。



見学する前は「ガラスの作品をガラスの建物に展示するなんて安易では?」とも思っていたが、やはりガラスの作品はガラスの建物に展示するに限るのだ。ガラスを多用するSANAA建築の中でも「ここまでガラスを使うか!」という、ある意味とてもSANAAらしい建築でもあった。

また今回の訪問時点で2006年の竣工から18年経っていたが、建物としても美しく使われていることも印象的だった。



余談だが、この美術館、ガラスパビリオン含めて常設展は無料である。
そしてスタッフは親切だ。私がロッカーに入らないバックパックを手に持ちながら鑑賞していたら、私を警備員さんの所まで連れて行ってくれて玄関の片隅に置かせてくれた。警備員さんも「荷物はちゃんと見ておくから安心して楽しんできて!」と笑顔で言ってくれた。感謝である。



おまけ

美術館本館にはこれまた私が大好きなフランク・ゲーリーの建築が隣接している。こちらはトレド大学美術学部の施設なので、残念ながら中には入れない。


ゲーリー独特のあのウネウネ建築が出来る前、1992年の建築である。キュビズムの彫刻のようだ。


見た目は石のようにも見えるが銅パネルである。それが良い塩梅に変色していた。


一部にはちゃんとガラスも使われている。これはゲーリーのトレドのガラス産業に対するアンサーなのだろうか?





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