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【建築】インドにも国立西洋美術館があった?(ル・コルビュジエ)

ル・コルビュジエ設計の建築として名高い日本が誇る国立西洋美術館。この国立西洋美術館とほぼ同じ建物がインドにもあるらしい。コルビュジエはインドでも仕事をしているので不思議ではない。
その美術館とはチャンディーガル政府博物館・美術館(Government Museum and Art Gallery, Chandigarh)。

今回はその"ほぼ同じ"という2つの美術館を比較しながら見てみよう。




まずは国立西洋美術館をザックリ紹介。
国立西洋美術館(以下、上野)は、実業家・松方幸次郎がヨーロッパで収集した近代絵画・彫刻の内、フランスで保管されていたコレクションが戦後に日本に返還される際、それらを展示する新しい美術館を造る必要があったことに始まる。
フランスという縁もあってか、その設計者はコルビュジエに決定した。事業が決まるとコルビュジエは1955年に来日し、建設地である上野をはじめ京都や奈良を含めて8日間日本を回った。(コルビュジエの来日はこれが最初で最後だった)

フランスに戻って数ヶ月後、コルビュジエは基本設計を日本に送る。以降、実施設計や監理を行ったのは弟子にあたる前川國男、坂倉準三、吉阪隆正らである。
美術館は1959年に開館した。



一方のチャンディーガル政府博物館・美術館(以下、チャンディーガル)は、1947年のインド・パキスタン分離独立に伴い、インド帝国の都市であったパンジャーブ州ラホールの中央博物館のコレクションが分割されたことに始まる。ラホールはパキスタンに属することになるため、インドは自国内に新たに美術館を造る必要があり、同じく分離独立に伴う新しい都市づくりが行われていたチャンディーガルに美術館が整備されることになった。

設計はその都市計画を作成していたコルビュジエ、そして実際に現地で業務を行っていたコルビュジエの従兄弟の建築家 ピエール・ジャンヌレである。1960〜1962年にかけて設計が行われ、1968年に開館した。したがって上野が開館した後の建築ということになる。


コレクションはガンダーラ彫刻、古代・中世インドの彫刻、インドの現代アート作品が中心となっている。




⚫︎ アプローチ

上野は美術館・博物館や動物園などの文化施設が充実している上野恩賜公園内にある。JRや地下鉄の駅もあり、アクセス環境は良好と言える。


現在の正門は南側の正面。(開館当時の正門は西側の前庭横だった)


一方のチャンディーガルも美術館や大学・公園などの文化施設が集まるセクター10と呼ばれる地区にあるが、そこへのアクセスは車(バス・タクシー等)か歩きのみと少し不便。しかもチャンディーガルの街並みは退屈なので、歩いてもあまり面白くない。


看板ボロボロ。もうちょっと何とかならんか。


アプローチは建物横から。正面と対峙するには前庭を回り込まねばならず、建築を堪能するにはイマイチ。



⚫︎ モデュロール

"モデュロール  Modulor "とはフランス語で寸法を意味するモデュール(module )と黄金比(section d'or)を組み合わせた造語で、人体の寸法やフィボナッチ数列、黄金比に基づいてコルビュジエが考案した基準寸法のことだ。人が違和感なく自然に受け入れることができる寸法や比率ともいえる。

国立西洋美術館のパンフレットから抜粋


コルビュジエは実際に"モデュロール"を用いて設計しており、2つの美術館でも建物のあちこちにモデュロールが採用されている。



⚫︎ 外観と前庭

どちらも同じ形状の正方形の美術館。コレクションが増えて増築する際には、外側に渦巻状に増築していく"無限成長美術館"というコンセプトで建てられている。しかし2024年現在、実現していない。
特に上野は1979年に前川國男の設計により新館が増築されたが、弟子をもってしても"無限成長美術館"のコンセプトは引き継がれなかった。


上野は一辺約41mのコンクリート構造。
正面向かって右側の外階段は出口として設計されたものだが、実際には一度も使用されず、立入禁止となっている。


仕上げは小石が埋め込まれたパネル。割付はモデュロールに基づいている。


前庭にはロダンの「考える人」と「カレーの市民」が展示されている。かつては片隅に植栽もあったが、2022年の改修工事で撤去され、開館当時の姿に復原された。

床のパネル割もモデュロールに基づく。


チャンディーガルは一辺約50mのコンクリート構造と少し大きい。


仕上げはレンガタイル。


こちらも広い前庭があり、彫刻作品も置かれているが、上野のロダンほどの存在感はない。床の目地はモデュロールに基づく(と思う)。

上野と同じく中心から外れた右側にバルコニーがあることが興味深い。”無限成長”に伴って外側に増築された時には、この開口部が既存と増築の展示室を繋ぐ出入口として使われるのだろう。その意味では上野の外階段もそうだ。


屋上横には存在感のあるコンクリートの樋がぶら下がる。屋上に降った雨水はこの樋に流れ込み、滝のように下の噴水に注ぐ。豪快!


訪れたのは乾季だったのでその気配は全く無かったが、ぜひその様子も見たい。


どちらの建物にもコルビュジエ建築の特徴である水平窓もなく、やや地味なファサードなのは、前述のように外側に増築する可能性があり、意匠的にはあまり重視しなかったためと思われる。



⚫︎ ピロティ

コルビュジエといえばピロティ。

現在の上野にはピロティはほとんどない。竣工当時はもっと広かったが、後に屋内化されて、受付やロビーなどに改修されている。


チャンディーガルのピロティは今でも広い。



⚫︎ エントランス

上野のエントランスはピロティだった場所を改修しているのでオリジナルではない。現代的な自動ドア。


チャンディーガルでは回転式のドア。どっしりした建築にはこのくらいの重々しいドアが似合っている。

館内側から見ると、屋外と屋内の一体感がある。



⚫︎ エントランスホール

建物の中心に配置されたエントランスホール。そのホールから2階の展示室への移動は、コルビュジエ建築ではよく採用されるスロープとなっている。視点をゆっくりと移動させ、建物の見え方を楽しんでもらうという目的がある。

上野のホールはこの建築の見所。コルビュジエによって19世紀ホールと名付けられている。三角形のトップライトからは自然光が降り注ぐ。


そしてスロープで展示室へ。


チャンディーガルのホールでもトップライトから自然光が入る。


2階と結ぶスロープを歩くことで、建物の見え方が変わる。



⚫︎ 展示室

展示室は回廊型で一周できる。

上野は天井の低い箇所もあり、建築的な空間変化があって面白い。高さはモデュロールで決定され、低い箇所は226cm、高い箇所はその倍となっている。


チャンディーガルも同様。天井までの高さは上野と同じと思われるが、トップライトのある箇所はさらに高くなっているためか、全体的に高く見える。


赤・黄・黒といった大胆な色は、日本では受け入れられない色遣いだろう。


3階のガラスパネルの割付はもちろんモデュロール。



⚫︎ 柱

上野はシンプルに円柱。これがまた美しい。


チャンディーガルは平板のような柱とオーバル形の柱を組み合わせている。



⚫︎ 展示室の階段

上野の展示室の上にはスキップフロアのような中3階の部屋があり、当初はそこにも作品を展示する予定だった。しかし結局使われることなく、階段のみが残っている。

片側には手摺がない。


チャンディーガルには3階があり、現在も使われている図書室や事務室などがある。階段も展示室内にあるが、デザインは比較的シンプル。



⚫︎ 光・照明

上野の展示室は照明に加えて、当初は自然光でも鑑賞することが計画されていた。が、均質な光で照らすとか紫外線が作品に与える問題を解決できず、現在では全て人工照明のみとなった。
上部のガラスパネルはその名残で、内側には照明設備がある。


チャンディーガルでは照明に加えてトップライトからの自然光も併用している。トップライトには大きなコンクリートのルーバーが付いているので直射日光は当たらず、また作品は紫外線の影響を受けにくい彫刻が多いということも自然光を利用している理由かもしれない。



⚫︎ 空調

美術品の保護、来館者の快適性からも適切な温度湿度管理は欠かせない。最近は一部で自然換気も見直されて、それ自体はエコっぽくて聞こえは良いけど、美術館においてやはり空調エアコンは必要。

上野にはある。


もちろん暑いインドのチャンディーガルにもある!


訪れた時は偶々それほど暑くなかったが、真夏はどうなんだろうね…。



⚫︎ one more thing

チャンディーガルでは隣に小さな講堂がある。設計はピエール・ジャンヌレ。

ってか、直ぐ横にこういう建物あったら"無限成長"出来ないじゃん。



2つの美術館共に設計はコルビュジエだが、上野は実務は弟子任せで(当初からそういう契約だった)、本人は完成した建物は見ていない。
チャンディーガルも実務は従兄弟任せで(当初からそういう契約だった)、コルビュジエは建設途中に亡くなっている。
なので今となっては、出来上がった建物にどこまでコルビュジエの意図が反映されているのかは分からない。




ル・コルビュジエの設計によって実現した美術館は世界中に3つある。開館した順で、インド・アーメダバードのサンスカル・ケンドラ美術館、国立西洋美術館、チャンディーガル政府博物館・美術館である。いずれも渦巻状に増築する"無限成長美術館"をコンセプトとしたほぼ同じ建築形式だが、増築は実現していない。

ちなみにサンスカル・ケンドラ美術館も行ったが、長期閉館中だった。



上野は松方コレクションという特定の作品群を収蔵するために設計されたのに対し、インドの2つの美術館は設計時には芸術作品を展示するためという他には何も決まっておらず、展示室も空き箱のようにつくられた。
そうしたこともあってか、少なくともチャンディーガルでは(個人的な印象だが)展示方法やショーケースが建築と合っていないように思う箇所もあった。

また上野はそれなりに資金力もあり、コルビュジエ建築の重要性も市民に理解され、開館から現在まで時代に合わせて幾度も改修されているが(もちろんそれは館長や学芸員をはじめとする多くの関係者の努力の賜物である)、チャンディーガルでは資金も人材も不足しており、改修どころか壊れた箇所の補修もままならない。

このあたりは3つの美術館とコルビュジエ財団が参加したゲッティ財団によるワークショップ(建築保存とコレクション管理)の資料が公開されているので、興味がある方はぜひ読んで頂きたい。



いずれにしても上野は戦後の美術品の復興の象徴として、チャンディーガルは独立の象徴として重要な文化施設である。上野では定期的に魅力的な企画展も開催されており、また世界遺産にも指定されていることもあって来場者も多いので、当面は問題ない。

しかしチャンディーガルはどうだろう?
今のことろ取り壊しの話はないが、建物の補修も充分とはいえず、来場者は少ないので少々寂しい。せっかくのコルビュジエ建築なのでオリジナルを尊重しながら建物を維持管理し、近くのキャピトル・コンプレックスと共にコルビュジエ聖地の一つとしてぜひ有効的に活用してほしいものだ。





インドのコルビュジエ建築

コルビュジエといえば…


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