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【建築】穏やかな光で満たされたベス・ショロム・シナゴーグ(フランク・ロイド・ライト)

古都フィラデルフィア。美術館や独立記念館など観光施設には事欠かない街だが、その中で私が選んだのはベス・ショロム・シナゴーグ。現役のシナゴーグであり、フランク・ロイド・ライトの最後の作品の一つでもある。2007年にはNational Historic Landmarkにも指定された建築だ。

日本ではあまり馴染みがないが、シナゴーグとはユダヤ教の礼拝所のことである。キリスト教の教会などは宗教施設であると同時に観光地になっていることもあるが、シナゴーグはそれも少ない。その意味でも、予約制の見学ツアーとはいえ、一般の人にも公開されていることは珍しい。




フィラデルフィアまではニューヨーク・ペンシルベニア駅からアムトラックで約1時間半。

 
中央駅(30丁目駅)で乗り換えて、郊外のElkins Parkで降りる。


住宅街を通り抜け、


歩くこと20分。目の前に奇妙な建物が姿を現した。


ヘブライ語で「平和の家」を意味するベス・ショロム・シナゴーグは、1953年、フィラデルフィア市内から近隣のElkins Parkに移転することになった。移転にあたり、当時のラビ(ユダヤ教の指導者)であったMortimer J. Cohen氏はフランク・ロイド・ライトに設計を依頼した。ライトは多くの宗教施設を手掛けていたが、ユダヤ教徒ではなく、またシナゴーグの設計をしたこともなかった。そんなライトをなぜ設計者に選んだのか?
それはCohen氏が、伝統的なシナゴーグではなく近代的でユダヤ教の精神が象徴されながらもアメリカの精神とも結びついたシナゴーグをつくりたいと願っていたからだ。フランク・ロイド・ライトならそれが可能だと確信していたのだろう。

実際にこの建物では、その"象徴"が随所に表現されている。



まずはこの外観。これはユダヤ教にとって重要な聖地の一つであるシナイ山を象徴している。モーセが神から十戒を授かったとされる場所だ。


横から見ると印象が少し異なる。屋根は薄いが、基壇部は奥行きがあることが分かる。後で紹介するが、内部は意外に広い。


屋根は二重構造で、外側にワイヤーガラス、内側にガラス繊維プラスチックを使っているとのこと。


噴水は、かつて礼拝の前に信者が手を洗っていた銅製の水盤を象徴している。


エントランス横にはライトの設計であることを示す赤いタイルが!


ところでライト建築にはプレイリー・スタイルや幾何学的な美しいデザインの作品が多いと思うが、この建物はどうだろう? 突起がたくさんあるし色も微妙だし、どう見ても折り紙のかぶとにしか見えない。個人的意見ではあるが、ハッキリ言って美しくはない。


ケチを付けるのはこの程度にしておいて、中に入ろう。


見学ツアーの起点となるラウンジには、この建物の平面のイラストが展示されていた。ライト曰く「神の手の中で休んでいる」というイメージだそうだ。外観からは分かりづらいが、三角形を組み合わせた変形の六角形となっている。


1階には小さな礼拝堂がある。
全体に天井の高さが低く抑えられている。落水荘の記事でも書いたが、これはライト建築の特徴であり、ここからつながる次の空間をより広くみせるための手法である。とはいえ少し圧迫感は感じる。


ライトらしい幾何学的なデザインの祭壇。


2階には1,000人以上が収容可能な大きな礼拝堂がある。

モーセに率いられたイスラエルの民たちはシナイ山で神から十戒を授けられた後、約束の地カナンに辿り着くまで40年間荒野を彷徨ったとされている。この荒野を象徴する砂色のカーペットが敷かれた階段を上がっていくと、


圧巻!


圧倒的な光の空間が広がる。堂内は半透明の屋根を通した明るすぎない穏やかな光で満ち溢れていた。


外観から想像していたより広い礼拝堂だ。
構造的には基壇から斜めに支柱を立ち上げているので柱はない。また天井が抑えられていた1階から上がってくるので、広さや高さがさらに強調されている。


まるで空を飛んでいるようなステンドグラスも素晴らしい。


このステンドグラスのデザインは、旧約聖書に書かれている古代イスラエルを支配していた12部族を象徴している。


ここまでご覧になってお気付きの方もいるかもしれないが、この建築では三角形をモチーフとして使っている。ライトが幾何学的デザインを好むということもあるが、"3"という数字にも意味がある。
"3"は多くの場でキーナンバーとして使われるが、このシナゴーグでは、古代イスラエルにおいてユダヤ人がコーヘン(司祭)、レビ人、イスラエル人に分けられていたことに由来している。

例えばこのラウンジ。

ドアの取っ手や、

照明はもちろん、

足元灯まで三角形だ!(壁のタリアセン・ライトは違うが…)


祭壇の燭台や椅子、照明。


プランターや空調吹出口までも三角形。徹底してる。


この天井部分は三角形に加えて、同じくライトの特徴であるマヤ文明からの引用デザインも垣間見える。


この建築、フランク・ロイド・ライトの作品としてはあまり有名ではないかもしれないが、細部に至るまでライトらしさがギッシリ詰まった建築である。もしフィラデルフィアを訪れることがあったら、是非見学されることをおすすめしたい。



なおフィラデルフィアの建築探訪としては、他にもルイス・カーン設計の個人住宅フィッシャー邸やペンシルベニア大学リチャーズ医学研究棟がある。


また冒頭でも書いたように、フィラデルフィア美術館はアメリカでも有数の美術館でもあり、映画「ロッキー」に出てくる階段があることでも有名である。もちろんロッキーポーズはマストである。(私もやりました)




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