【建築】美しい森に溶け込む自然公園のパビリオン(石上純也+STUDIO MAKS)
建築家・石上純也。私のお気に入りの建築家の一人だ。しかし実はまだそれほど作品を見ていない。今までにKAIT広場、KAIT工房、木陰雲を訪れた程度である。その中でもKAIT広場はスゴかった。「技術に走り過ぎている」という批判もあるようだが、スゴいものはスゴイとしか言いようがなかった。
その石上さん設計のパビリオンがオランダの公園 Park Vijversburgにある。
「石上さん設計」と書いたが、正しくは石上さんとオランダの設計事務所 STUDIO MAKSの共同設計となる。STUDIO MAKSのウェブサイトを見るとSANAA風の作品が並んでいるが、それもそのはず。主宰のMarieke KumsさんはSANAAで数年間働いていたそうだ。石上さんも妹島和世さんの事務所出身なので、お二人にはSANAAという共通点がある。
Park Vijversburgは19世紀にオープンした庭園を中心とした公園で、アムステルダムから北東へ約150kmの小さな村 Tytsjerkにある。
隣町のレーワルデン市までアムステルダムから電車で2時間半。
さらに駅からバスに乗ること15分。
公園入口までやってきた。
公園といっても広さは30ヘクタール(30万m2)もある。園内には19世紀に建てられたヴィラ(マナー・ハウス)や庭園、森林、植物園、レクリエーション施設が整備されている。
早速カモたちが出迎えてくれた。
森の緑と清々しい空気のお陰でとても気持ちが良い。
木漏れ日の美しい散策路を歩いていくと、木々の向こうにヴィラが見えてきた。
かつてこの土地を所有していたLooxma-Ypeij夫妻の邸宅であったヴィラ。現在はオランダの国家遺産に指定されており、結婚式やパーティー、イベントなどに使われている。
そのヴィラから回廊のようなガラスの建物が伸びているが、これが新たに増築されたパビリオンだ。
パビリオンは木に埋もれて、あまり目立たない。
とりあえず中に入ってみよう。
ヴィラから緩やかなスロープとなっている廊下を進むと、
少し広めのスペースがある。ここはヴィラ同様に結婚式やパーティー、展示会、コンサートなどに利用されるそうだ。
以上!
そう、この建築、これだけなのだ。他に部屋もトイレも水回りもない。当初はティールーム、ショップ、トイレを備えたビジターセンターとして構想されていたが、"ある理由"からそれらは無くなってしまった。(その機能は、ヴィラや新たにつくられたトイレ棟が補っている)
平面プランはシンプル。中央をイベントスペースとする三角形の形状で、各頂点から3方向に廊下が延びている。
1本は先ほどのヴィラと繋ぐ廊下。
1本は廊下というより、外部へ出入りできるコーナー。
もう1本は並木と池に挟まれた廊下。森の中を歩いている感覚だ。
ただし末端は唐突にドアで行き止まる。
外から見るとこの終わり方。ブッツリ切り過ぎではないか?
ところで室内には柱らしきモノがどこにも見当たらない。
実はこのパビリオン、柱の代わりにガラスパネルの壁が屋根を支えている。パネルは、内側は荷重を支える2枚の合わせガラス、外側は断熱ガラスという計3枚のガラスで構成されている。平面プランが曲線の小さな三角形であるということも荷重を軽減するのに一役買っている。
屋根も少し膨らませて、パネルへの荷重をさらに和らげる。
万が一ガラスが割れたとしても、他のガラスパネルが支えているので、屋根が落ちることはないそうだ。ただし交換は手間がかかる。何しろ下はコンクリートでガッチリ固定されているし、そもそもガラスは特注品なのだから。
この構造設計は、オランダの最大手でガラス構造のノウハウを持つ技術コンサルティング会社 ABTと構造家・佐藤淳が担当した。佐藤さんと石上さんはKAIT広場の設計でも組んでいる。
内部の仕上げについても建築家曰く、「できるだけミニマルな建築を実現するために、床や天井に継ぎ目を作らないようにした」とのこと。
床はコンクリート、
天井は石膏仕上げで確かにキレイだが、まあ施工は大変だったろうね。
エアコンはないが、冬は床暖房、夏は床の細い吹出口から涼しい空気が送り込まれ、天井縁の吸込口から温まった空気が出ていくという自然換気方式が採用されている。この地域は夏も涼しいので、自然換気でも特に問題はないらしい。
床面は地面より最大で約1m下にある。何故だろう?
それはこの建築のコンセプトとして、歴史あるヴィラより目立ち過ぎず、また美しい森・庭園にも配慮し、周囲の景観に溶け込む建築を目指しているからだ。
地面より掘り下げることによってパビリオンの高さを抑え、屋根は樹木の枝より下に位置するように計算されている。
また柱を使わないガラス構造を採用したことには建築的な美しさを求めたためもあるだろうが、向こう側の風景が透けて見える映り込みの少ないガラスを採用して、透明感のある、あるいは存在感を消すような建築を目指したのかもしれない。
このパビリオンがイベントスペースのみとなった"ある理由"とは、景観への配慮を優先したためだったのだ。他の諸室や機械的な設備を設ければ、透明感はどうしても薄れてしまうからね。
ただしガラスという素材を使うことについて気になったこともある。周囲は池や森という自然環境なので、ガラスに虫やクモが付いたりする。また雨のみならず湿気もあるので、朝露にも濡れやすい。つまりガラスは街中の環境に比べて汚れやすく、日常のメンテナンスも手間がかかるということだ。
ちなみにこの記事を書くにあたり色々調べていると、特にオランダの建築批評では、この建築が"日本らしい"という表現をいくつか見かけた。ヨーロッパでも有名なSANAA建築の影響はあると思うが、果たして「日本らしい建築とは何か?」を改めて考えさせられた。
帰りは鶏と孔雀が見送ってくれる。
再び美しい森を散策して帰ろう。
余談だがこの公園、乗り換えを含めるとアムステルダムから3時間もかかる。道中には大きな街や観光地も少ないので、訪問して施設がクローズだったら1日を無駄にすることになる。そこで事前にメールでコンタクトしたところ、公園はオープンしているがパビリオンはイベントがないのでクローズしているとのことだった。しかし「せっかく来てくれるのであれば開けますよ」という親切なご返事を頂いて、独りゆっくりと見学させて頂いた。Dank u wel !
住宅街にある洞窟のようなレストラン(石上純也)
石上純也さんの話題の建築と言えばコレ!
同じく美しい森の中に佇むザハ・ハディッドによる美術館の増築
こちらも周囲に溶け込むように景観に配慮したSANAA建築
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