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少年ギター

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一九六〇年後半から七〇年初頭にかけて、
日本戦後ミュージックシーンに、ひときわ異質な数年間があった。

定型化した作曲家や作詞家による演歌、ムード歌謡、ポップス、
イギリスのロックムーブメントを日本風に解釈したグループサウンズ。
アメリカの長期化したベトナム戦争に対抗する反戦運動とヒッピームーブメントが、日本のベビーブーマーに学生運動の風をおこし、
国家権力により革命の志は挫折と言う名の敗北へと解体されてゆくその頃。
心や気持ちを素直に、
一本のギターのシンプルなコード進行に合わせ歌い上げる行為。

それがフォークソングである。

ブルジョワ大学生をはじめに東京、京都の大学中心におこったカレッジフォーク、そしてほぼ一年遅れのタイムラグを経てアメリカと同時期に発生したフォークブーム。
あるものは夢をそして挫折を、反戦、批判、美学をシンプルな自作自演の歌にして唄う。

この物語は、ひとりの若者がたどるフォーク時代の青春の足跡である。

フォークソングの寓話的な伝説、
リアリティのない箱庭のような1969年の夏、
永遠の少年の冒険、ロードムービーのスタイルで、
ハイビジョンの中に架空の日本の伝説の夏を再現する。

ひとりの中学生がギターをかかえて旅に出る、伝説のあの夏。
ただちょっと背伸びした気分が彼を旅立たせた、あの燃えるような夏の日。
彼が野宿をしながら中津別川を遡ってゆく、
彼は出会う人々に一つずつ贈り物を授かるように何かを手に入れる、
それは歌うことだったり、ギターのテクニックだったり、
誰かに心奪われることだったり、

よごれた悲しみのようなものだったり。
そこは日本でもなく、1969年でもなく、
ただの暑い永遠の夏、15歳の少年の夏。
そして小さなフォークシンガーになってゆく。
すべて、実在しないオリジナルソングを歌う、
実在しないフォークシンガーたち。
童話のような夏。

〈登場人物〉
僕[少年ギター]

地方都市の中学三年生、兄のガットギターを白く塗りしかられ、深夜放送のリクエストの中津別川フォークジャンボリーの噂を聞き夏休みに旅をする。最初はCしか押さえられなかったが出会う人々に影響されフォークの腕を上げてゆく。


黒いフォークさん

自省的でリリカルな歌を唄うフォークシンガー。
初期のアーロ・ガスリーのようなカントリー系のメロにキャット・スティーブンスの悩みをのせたようなコアな曲で中津別川フォークジャンボリーのメインを期待されている。
自ら挫折した初期の学生運動の革命家、その理由は優しすぎる性格とその育ちのよさ、
彼のギターがギブソンJ-200エバリーブラザースモデルのブラックであることからもそのプチブル傾向は判る。
フォークシンガーとしての才能のなさを彼はいま悩んでいる。
ナルシストで自信のないスナフキンのようなヤツ。
『丘の上のさびしがりやさん』がいちばん新しいうた。


マキ[MAXI]

全身黒ずくめのファッションに身を包んだ不思議な歌姫。
米軍基地のジャズクラブで歌い初めて以来、彼女の男性遍歴は数知れないがそれは純粋な恋の結果。この中津別川に大麻の群生地を見つけここでフォークジャンボリーを始める。彼女が出荷する良質のマリファナはマキシと呼ばれ六本木では高価で売買されている。
2年前の第1回中津別川フォークジャンボリーで黒いフォークと出会い、同棲して別れた。何度もの中絶により石女となり心に深く傷も負っている。


ビーバー

LOVE & PEACE な女の子。
声楽家の父とクラリネット奏者の母の間に生まれ世界を旅していたが、アメリカでフラワーチルドレンたちと出会いドロップアウトする。日本に帰され音大受験のため祖母の家に預けられるが、親から離れた日本のヒッピームーブメントを満喫している。
絶対音感のため調子の狂った歌や演奏をきくとじん麻疹がでる。
ファッションはサイケデリックなフラワーチルドレンで、ジョーンバエズが好き。


カーマイン・タイガース

[美大系ブルジョアフォークグループ]

絵筆のかわりにギターを手にしたこの時代珍しいビジュアル系グループ。
ロックミュージカル『ファイアー』のオーディションに落ちたことは3人とも2度と話題にしない。カッコよくてモテていい女が手に入ることをしていたら、フォークになった。というのが彼らの本音。歌詞がやたら文学的だったり乙女チックだったりするのはそのためのねらいである。『花をあつめて』はかなり完成された落とし系の名曲である。また突然間奏中にはじまる3リードギターバトルはフォーク史上前代未聞のハプニングとなる。

トミー(ギター・ボーカル)

青山生まれの酒屋の息子、中学からゴーゴー喫茶通いで芸術家たちの影響を受ける。
クラシカルエレガンスなムードを好み、JUN やROPEを着こなすスタイリスト。
バッファロースプリングフィールドやホリーズに影響を受けている。
気が短く、プライド高く、喧嘩っ早い。いままで欲しいものはすべて苦労せずに手に入れてきた。 彼のギターもそう、ギブソン・ダブ。

マーク(ギター・ボーカル)

松濤生まれの政治家の息子。トミーとは昔から渋谷で顔見知り。BYG がいつもの居場所。ここにくれば新譜は聞ける。無口でクールなルックスでリズムをキープするサイドギターなタイプ。
レイバンのミラーサングラスの下には澄んだ青い瞳が隠されている。出生には複雑な秘密がある。口よりさきにナイフが飛びだす。ギブソン・ハミングバード・レッドサンバーストが彼のギター。

ブラウンシュガー(ギター・ボーカル)

美大で2人と出会い意気投合した彫刻科のフォークシンガー。
ふたりとは対照的なショートへアーの肉体派、生まれは福岡、ギターをパーカッションのように演奏するためギターがもたない。いつも古道具屋で安いギターを買っている。野太いその声は彼の好きなブルース向きであるが、このグループの低音部をささえる個性となる。


 サーフボーイズ'69
[有名私立大文科系ブルジョアカレッジフォークグループ]

オープンカーを乗り回し、ビーチボーイズ風ファッションの遊び人たち。メンズクラブのモデルになったりテレビに出演したり派手なやつら。
六本木で聞きつけたマキシの原生地を探しに、中津別川フォークジャンボリーに乗り込んできた。

コウ(ギター・ボーカル)

横浜生まれ、貿易商の息子。
有名私立大学経済学部に入学したがバンドの活動に休学も同然。学生運動を見下している。高校時代に父とともに渡米、ビーチボーイズの洗礼をうける。
ギターコレクションは数知れず、なかでもギブソン・ムスタングが彼のメインギター。

ジュン(ギター・ボーカル)

世田谷生まれ、サラリーマンの息子。
ルックスとギターテクでコウにさそわれたが心の底では、かねまわりのいいコウを妬んでいる。
有名私立大学経済学部に入学したが所詮庶民のレベルでは、友達付き合いもままならない。
音楽的には恵まれた才能を持っている。彼等の楽曲のほとんどは彼の手によるもの。

ハク(ドラム)
ハツ(ベース)
チュン(キーボード)

コウの中学時代からの後輩、子分、三つ子。

ちゅーりっぷハット団

(やさしさ系みんなでうたおうフォークグループ)

流行のチューリップハットをかぶった、平和と調和を歌おうが合言葉の手と手をつなごうのやつら。
いつも目深にかぶったチューリップハットのためだれがだれだかよくわからない4人組。
彼等のステージは明るい、楽しい、花が開いたような手放しに陽気な元気に満ちている。
4人のかけあい漫才のようなトークがあるからだろう、だからいつのまにかみんな手をつないでしまう。

ヤマハ
モリス
クロサワ
カワイ

それぞれが使っている自慢のギターがそのまま呼び名になっている。

チャック・ファスナー(米陸軍脱走兵)

徴兵されベトナムに向かう途中、米軍基地から脱走指名手配されている米軍兵。
中津別川フォークジャンボリーが脱走兵支援組織の集合場所になっていた。


サンゴさん(詩人・マスター)

少年の兄貴の先輩、やさしい人。
ありすの喫茶店の雇われマスター。

ありす(ボヘミアン)

ありすの喫茶店のオーナーらしい。
カーリーヘアーにそばかすでいつも煙草をふかしている。
ときどきいなくなる。

第3回中津別川フォークジャンボリー

日本の真ん中にあるどこからも遠い川、中津別川。この中流域にある中津別川ダムの建設予定地ではじまった第一回中津別川フォークジャンボリーは、伝説の出来事となっていた。ラジオと雑誌にわずか取り上げられ、口コミという伝播手段によって増幅される。そして翌年の第二回は、

黒いフォークさん の即興曲 
『 くたばれ世界、あたらしい船には首輪をつけた犬は乗せない。』 

が、台風のなか約一万人の観客との6時間にも及ぶ大合唱が翌朝まで歌われ、さらに伝説に拍車をかけた。そして黒いフォークさんの失踪。 そしてさらに翌年、その出来事は日本中の若者で知らないものはもういない。1969年8月15日、その2週間以上前からじわじわと日本中の若者の一部が動き始める、 中津別川をめざして。そしてそれは民族の大移動のように、イナゴの大群のように膨れ上がり集まり始める。そのなかには黒いフォークをねらう学生運動革命武闘派『風』、さらに脱走兵支援組織『米』、そして隠れ里であり、忘れ去られていた大麻の自然群生地であるこの中津別川上流の奥入谷原〈ぱらいそ〉、迫りくる台風55号、この年を最後に中津別川フォークジャンボリーは消える。


〈 はじまり 〉
・暗い部屋

暗いログハウスの様な部屋。
黒いギターに新しい弦を張る男の手、そしてチューニング。
チューニングは完璧だ。
そのギターは繊細で丁寧にブルースコードを奏でてゆく。
リズムが生まれる、コードが展開してゆく。
ちいさなまどのむこうに野原が見える。
山奥に群生する大麻の畑が暑い日差しにざわめいている。

・僕の部屋

中学3年生の部屋。
成績表、帰ってきたテスト、技術科の工作。
押し入れが少し開いている。
暑い季節だというのにそのなかのわずかなすきまにすっぽりはまって昼間ッからもんもんとしている僕。
となりの部屋から聞こえてくる高校生の兄と女友達のSEX一歩手前のいちゃいちゃする声。
押し入れが開く。
汗まみれの僕。
とんと飛び出し、古いクラッシックギターを手にラッカーの缶を抱えて物干しに出る。
ラッカーの缶を開け刷毛でギターを白く塗ってゆく僕。
梅雨明けの青空。強い日差し。
笑い声がして見下ろす、兄の部屋の窓が開く、ブラウスをはだけて涼む兄の女友達、めくれあがったブラジャー、白いはだかの乳房。
目が合う。
ども、と頭を下げるぼく。
さっと、窓辺から消え、かわりに坊主あたまの高校生の兄があらわれる。
兄「こら、なにのぞいとんか!」
僕「のぞいとらん」
兄「まっとれ」
僕「のぞいとらんて」
窓辺から消え、物干しを上る足音。
ボカ!
いきなり頭を殴る兄。
兄「あー!お前なにしとる、俺のギターなに白くしとるんかばかたれ!」
ボカ!
2発目。
僕「おれにくれたんやろ、ええやんか」
兄「やったが、ペンキぬっていいとはいっとらん」
3発目殴ろうとかまえる、
女友達の声がする。
女友達「わたしかえるからー」
兄「ちょっとまて、まだなんもしとらんぞ」
女友達「なんかされたら私がこまるわー」
兄「ちょっとまてって」
ボカ!
と3発目を殴ってあわてて追いかける兄。
僕「痛っ!」
いつまでも物干しの上で痛がっている僕、薄目を開けると自転車で走る女友達を追いかけてゆく兄が見える。

青い空、真昼の月が白く浮かぶ。
僕〈モノローグ〉
「人類が初めて月に立ったあの夏、僕は旅に出た」

ひとりの中学生がギターをかかえて旅に出る、伝説のあの夏。
軽い気持ちで、ギターも弾けず、歌も上手くない、ただちょっと背伸びした気分が彼を旅立たせた、あの燃えるような夏の日。
彼が野宿をしながら中津別川を遡ってゆく、誰もがなにかを期待してそこへむかって遡っていくようにみえる。
その道すがらは永遠に終わらないロードムービーのように、形を変えてゆく。
はじまりもなく、おわる気配もなく、あるのは一日一日の出来事のくりかえし。彼は出会う人々に一つずつ贈り物を授かるように何かを手に入れる、それは歌うことだったり、ギターのテクニックだったり、誰かに心奪われることだったり、よごれた悲しみのようなものだったり。

彼が中津別川を遡りはじめると同時に現実感を失ってゆく、そこは日本でもなく、1969年でもなく、だだの暑い永遠の夏、15歳の少年の夏。
なにもしらずに川に沿って歩く少年は最初に、見知らぬ浮浪者のような男を助ける、失踪していた黒いギターさんなのだが、彼は知らない。
学生運動革命武闘派『風』から追われている黒いギターである。少年のギターはギターケースを開けると分解していた、ギターをラッカーで白く塗ったりするからだ。彼はお礼にと伝説の黒いギターを譲り受ける。俺にはもう必要がない、男がつぶやく。

男が教える、

ジャンボリーの入り口では歌うものと、見るものとにわけられる。歌うものは門番を納得させる〈心の叫び〉を歌わないと通過できない。

通過できたら、入場料も食事も酒も女も用意してもらえる、期間中は王様のような待遇さ。それ以外は見るものだ。お金を払ってすべてを買わなくては過ごせない。少年にそんな金などなかった。ならきまりだ、お前は今から歌うものだ。でもギターも弾けない、ましてや〈心の叫び〉なんて歌えない。くすっと笑った、

男は少年に耳打ちする、〈心の叫び〉なんてかんたんさ、

自分のことを歌うんじゃないんだ。

まず歌う相手をよく観察する、

そしてそいつの弱点を自分のことのように歌え、

それから〈、、、だけど〉とか〈、、、でもね〉とかつづけて

〈それでも、、、いいんだ、だって僕は世界でひとり僕は僕なんだもの、、〉

を3回ぐらいくりかえす。

そうだな、相手の顔が赤くなるまで何回でもくりかえす。それでオッケー。


それから、どこかでマキという長い髪の女にあったらこのギターを見せてやってほしい、そして〈 ブロンズのミディアムゲージの弦に張り替えてほしい〉って言うんだ。お願いできるかな、少年は素直にうなづく。翌朝、少年が目を覚ますと男の姿はなかった。受け継がれるなにか、変わってゆくなにか、少年はそうやっておかしな人々に出会う。

リズムって何だと思う? 

リズムは蟻の行進さ。

そんなことからリズムの不思議を笑いながら話すラリッたやつら、

カーマイン・タイガース


そして、彼らの天敵 サーフボーイズ'69 

このブルジョワなやつらはアメリカ人みたいにキャンピングカーで移動しては川原でキャンプ、ビールにワインにバーベキュー、輸入盤のレコードで少年はボブディランを聴く、ガラ声の念仏みたいな歌声が歌うその歌詞を彼らは少年に訳して教える。

言いたいことを直接言葉にせずに比喩を使って歌うこと。

レトリックとその知的な謎解きの楽しさ、

ブルジョワの極致を。

そして、ハーモニーの不思議、

中世の教会音楽から民族音楽、そして現代音楽へ。


ひとりの夜、ぬくもりを感じて目を覚ました。
エキゾチックな麝香の体臭、やわらかな包まれるような暖かさ。
髪の長い女性だった。
〈 あなたはわたしのぼうや〉そんなつぶやきのようなささやき、かなしいうた。
抱かれるままに少年は夢をみる、そして彼女に夢中になる。

雨、長い雨。川を渡れずに足止めされた三日間。少年は長い髪の女と暮らした。
少年には麻薬のような日々、少年はもう元の世界には戻れないかも知れないとすこし思った。
雨が止んだ、少年はギターをもって旅をつづけようとした。女が泣いた、深く底知れない忍び泣きで。
優しい少年はその悲しみに捕らえられて逃げられなくなっている。
少年は彼女と旅をつづける。その悲しみは少年に向かってではないことに気づくにはまだ経験不足だった。

中津中河原

そこは丁度、中間地点。ちいさな集落、バス停はあるが、日に一本。
テント村と野宿の人々がここで集まって一週間後のジャンボリーに向かって仲間との待ち合わせを気長に待っている。
ダムのための作業着を着た労務者もいるが、アメリカ人もいる。なにか張りつめた気配がただよう。
鋭い目をしたアメリカ人たちはジーンズは履いているが、ヒッピーではなかった、それ以前に楽しそうではなかった。場違いな集団、
リーダー格のコーンパイプをくわえた男のとなりに、カウボーイをきどったリーゼントの青年が話しかけていた。どうやらここに集まった人々の中の顔役のようだった。彼は英語で話ながら少年と彼女を見つめ、にやりと口元を片方ゆがめて近づいてきた。
彼は少年ではなく長い髪の女を親しげにマキと呼んだ。男とマキは少年にはわからない大人の話をしている。
少年は彼らから少し離れてここにあつまっている若者たちを見ていた。バラバラでまとまりも何もない何かを待っているだけの時間だけはいっぱいもっている若者たち、昼間からラリっているやつ、酔っぱらって歌っているやつ、少年はその中にまわりとはちょっとだけちがった、自分と同じくらいの少女がいるのに気づいた。日本人離れした顔立ち、やせっぽちでむぎわら帽にスモックを着たきれいなチョコレート色の髪をした少女、手には大事そうにちいさな楽器ケースを抱えている。じっとみつめていたらとつぜんむぎわら帽の奥から視線が飛び込んできた、少年はあわてて目線をそらす、かなりどぎまぎした。マキが少年のもとにやってきた、あいつらMPだって、脱走兵をつかまえに来てるんだって。マキが意識のはっきりした言葉で話すのを少年は初めて聴いた。思ったよりハスキーな大人の響き、あのカウボーイみたいなひと、知り合いなんですね。少年はたずねた、マキはタバコに火をつけると、ふうっと煙のなかにことばを隠した。マキは顔にかかる髪を片手でかきあげると少年のくちびるを大事そうに重ねた。タバコの香りがした。麦わら帽の少女はもうさっきのところにはいなかった。
中津中河原はこの三日間の雨水をいっきに吐き出すように濁流であふれていた。少年はマキに連れられて少し離れたちいさな沢の水辺で休んだ。マキは黒いマキシをするっと脱ぐと緩い流れの水だまりに入ってゆく。あんたもおいでよ、きもちいいよ。雨上がりの晴れた空と太陽の光が夏の森を通り抜け、澄んだ沢の水面とマキを緑色に輝かせる。その甘い静けさのなかに少年も入ってゆく、幸せな夢遊病者のように。
不思議な香りのする石鹸でマキは少年のからだを洗う、〈 あなたはわたしのぼうや〉を歌いながら。

 その日の夕方、

うたた寝から目を覚ますとマキが空っぽにしたリュックを肩に少年にくちづけしてどこかへいった。ここでまっていて、たべものを手に入れてくるから。少年は言われた通りに待つことにした。月のない夜、ちいさなたき火、止むことのない沢の水音、少年はギターをケースから取り出す。黒いギターさんに教えられた通りにギターをチューニングしてゆく。少年は何度目かのチューニングのあとコードを押さえてピックでストロークした。泣きたいくらい美しい完璧なバランスで6本の弦がハーモニーを奏でた。すごいギターだ、こいつ。少年はこの何日かでいろんな人に教えられたコードとリズムを忘れないように何時間か夢中になってギターを弾きつづけた。マキが帰ってくるときのしるしになればと思いながら。

寒さで目を覚ました、木々の間から真上に月が輝いていた。思い出した。あそこにいまアポロがいるんだ。たき火は消えてしまっていた、左手の指先がじんじんと疼いてしびれていた。甘い香りがした、目を覚ますとマキに抱かれていた。寝返るとマキの首筋が目の前にあった、マキはなにかささやいて少年のくちびるをむさぼる。すこし変わったアルコールのにおいがした。薄暮の空が蒼かった。

あの、なに?、あの、〈 ブロンズのミディアムゲージの弦に張り替えてほしい〉って、、、ぼんやりしていたマキの瞳に光が宿る、そっと少年から身をはなす、少年ははじめてひとりを感じた。ギターケースをあけ、黒いギターをとりだす、しぼりだすような悲しいうなりごえが聞こえる。黒いギターを抱いてマキが泣いている、子どもを失った女のように。長い深いかなしい音をたてて、朝もやが晴れやかな空にのぼってゆくのを少年は見ていた。

開催三日前、中津中河原

中津中河原は、一晩で人口が倍になったように少年には見えた。楽器を持ったものは待ちきれない期待でそこここで歌い始め、聴くひとが集まり市場のようにみえる。なかでも大きな輪ができているところには少年の知っているグループがいた。
カーマイン・タイガース、彼らは三人がそれぞれアコースティックギターを弾きながら和音で歌う。柔らかく、強く、しなやかなハーモニー、そして少年は、あの麦わら帽の少女が、黒い縦笛のようなもの、クラリネット、をかまえてリズムをとっているのを見つけた。そして、大きく息を吸う、吹き始める。それは、どこか異国の香りがする音階で、はっかの香りに似ていた。

〈 風のない世界〉  

お花畑に 風があつまる 
夢を見る たんぽぽ
るらら るらら るらるらら

お花畑に 雲がかかる
風のない 丘のうえ
るらら るらら るらるらら

てんとう虫 はばたいて
葉をゆらゆらゆらる
ちいさな風いつか
雲を飛ばす夢 雲を飛ばす夢
るらら るらら るらるらら
るらら るらら るらるらら

ゆらる ゆらゆらら
いのち つきたとき
ひとつの夢がすべての夢に
るらら るらら るらるらら

ちいさな虫たちが
すべてはばたくとき
ちいさな風あつまって
おおきな風を呼ぶ
るらら るらら るらるらら

お花畑に 光 生まれ
風があつまる とき
たんぽぽ の種子が
空にはばたく
るらら るらら るらるらら
るらら るらら るらるらら

風のふく 丘の上
むしたちの なきがらは
お花畑の 土に還るよ
るらら るらら るらるらら
るらら るらら るらるらら
るらら るらら るらるらら
by カーマイン•タイガース

不思議、きれいな歌。これもフォークっていうの? 少年は素直な感想をマキにつぶやく。
革命の歌よ、いろんな歌聴いていけば何を歌おうとしているのか自然にわかる。

どうして、たんぽぽとてんとう虫の歌が革命の歌なんだろう。でも不思議に心に残る歌、間奏と後半に麦わら帽の女の子が吹くクラリネットのメロディが物悲しくせつない、不思議なメロディだね、バラッドっていってイギリスやヨーロッパの古い民謡のスタイルなの。変わり者ね彼ら、きっと輸入版のブリティッシュフォークいっぱい持ってて年中そんな世界にいるのね。マキはくすくす笑った。
すこしゆくとこんどはやたら元気な輪があった、みんなわらいながら楽しそうに手を叩いたり、くるくる回ったり、いっしょに歌ったりしている。
輪の中心には、途中で出会った、あのチューリップハットの人たちがいた。

〈おやゆびのうた〉

さ、みんなでうたおうじゃないか、おやゆびのうた
さ、みんなでうたおうじゃないか、おやゆびのうた
ーいくよ〜!
おやゆびのとなりにすんでいるのはひとさしゆび
ひとさしゆびのとなりにすんでいるのはなかゆび
なかゆびのとなりにすんでいるのはくすりゆび
くすりゆびのとなりにすんでいるのはこゆび
こゆびはいちばんはじっこでさびしそう
ーつづくよ〜!
では、足のこゆびのとなりにすんでいるのは足のくすりゆび
足のくすりゆびのとなりにすんでいるのは足のなかゆび
足のなかゆびのとなりにすんでいるのは足のひとさしゆび
足のひとさしゆびのとなりにすんでいるのは足のおやゆび

さ、みんなでうたおうじゃないか、おやゆびのうた
さ、みんなでうたおうじゃないか、おやゆびのうた
ーそのさきだね〜!
では、足のおやゆびのとなりにすんでいるのはだ〜れ?
足のおやゆびとおやゆびのあいだにすんでいるのはだ〜れ?
ときどき、なぜかぬれていたり、空き家だったり、テント張ったり、地震があったり、そそりたったり、噴火したり、
ーそうさ〜!
ときどき、なぜかぬれていたり、空き家だったり、テント張ったり、地震があったり、そそりたったり、噴火したり、
だけどひとりは、つまらない〜
それは、、、
さびしがりやのはずかしがりやのきみとぼく
かくれてないで、いっしょにあそぼうよ、
おおきなこえで、いっしょにうたおうよ、
ーほい!
さ、みんなでうたおうじゃないか、おやゆびのうた
さ、みんなでうたおうじゃないか、おやゆびのうた
あんあんあんあん、あらららら、ほい!


〈プロット〉

少年ギター〈あらすじ〉

第3回中津別川フォークジャンボリー、日本の真ん中にあるどこからも遠い川、中津別川。
この中流域にある中津別川ダムの建設予定地ではじまった第一回中津別川フォークジャンボリーは、伝説の出来事となっていた。ラジオと雑誌にわずか取り上げられ、口コミという伝播手段によって増幅される。そして翌年の第二回は、黒いフォークさん の即興曲 『 くたばれ世界、あたらしい船には首輪をつけた犬は乗せない。』 が、台風のなか約一万人の観客との6時間にも及ぶ大合唱が翌朝まで歌われ、さらに伝説に拍車をかけた。そして黒いフォークさんの失踪。 そしてさらに翌年、その出来事は日本中の若者で知らないものはもういない。
1969年8月15日、その2週間以上前からじわじわと日本中の若者の一部が動き始める、 中津別川をめざして。そしてそれは民族の大移動のように、イナゴの大群のように膨れ上がり集まり始める。そのなかには黒いフォークをねらう学生運動革命武闘派『風』、さらに脱走兵支援組織『米』、そして隠れ里であり、忘れ去られていた大麻の自然群生地であるこの中津別川上流の奥入谷原〈ぱらいそ〉、迫りくる台風55号、この年を最後に中津別川フォークジャンボリーは消える。

 第一話 「人類が初めて月に立ったあの夏、僕は旅に出た」

中学3年生の部屋。成績表、帰ってきたテスト、技術科の工作。押し入れが少し開いている。暑い季節だというのにそのなかのわずかなすきまにすっぽりはまって昼間ッからもんもんとしている僕。となりの部屋から聞こえてくる高校生の兄と女友達のSEX一歩手前のいちゃいちゃする声。押し入れが開く。汗まみれの僕。とんと飛び出し、古いクラッシックギターを手にラッカーの缶を抱えて物干しに出る。ラッカーの缶を開け刷毛でギターを白く塗ってゆく僕。梅雨明けの青空。強い日差し。笑い声がして見下ろす、兄の部屋の窓が開く、ブラウスをはだけて涼む兄の女友達、めくれあがったブラジャー、白いはだかの乳房。目が合う。ども、と頭を下げるぼく。さっと、窓辺から消え、かわりに坊主あたまの高校生の兄があらわれる。兄「こら、なにのぞいとんか!」僕「のぞいとらん」兄「まっとれ」僕「のぞいとらんて」窓辺から消え、物干しを上る足音。ボカ!いきなり頭を殴る兄。兄「あー!お前なにしとる、俺のギターなに白くしとるんかばかたれ!」ボカ!2発目。僕「おれにくれたんやろ、ええやんか」兄「やったが、ペンキぬっていいとはいっとらん」3発目殴ろうとかまえる、女友達の声がする。女友達「わたしかえるからー」兄「ちょっとまて、まだなんもしとらんぞ」女友達「なんかされたら私がこまるわー」兄「ちょっとまてって」ボカ!と3発目を殴ってあわてて追いかける兄。僕「痛っ!」いつまでも物干しの上で痛がっている僕、薄目を開けると自転車で走る女友達を追いかけてゆく兄が見える。青い空、真昼の月が白く浮かぶ。僕

〈モノローグ〉「人類が初めて月に立ったあの夏、僕は旅に出た」ひとりの中学生がギターをかかえて旅に出る、伝説のあの夏。

第二話 「黒いギター」

中津別川を遡りはじめると同時に現実感を失ってゆく、そこは日本でもなく、1969年でもなく、だだの暑い永遠の夏、15歳の少年の夏。なにもしらずに川に沿って歩く少年は最初に、見知らぬ浮浪者のような男を助ける、失踪していた黒いギターさんなのだが、彼は知らない。学生運動革命武闘派『風』から追われている黒いギターである。少年のギターはギターケースを開けると分解していた、ギターをラッカーで白く塗ったりするからだ。彼はお礼にと伝説の黒いギターを譲り受ける。俺にはもう必要がない、男がつぶやく。男が教える、ジャンボリーの入り口では歌うものと、見るものとにわけられる。歌うものは門番を納得させる〈心の叫び〉を歌わないと通過できない。通過できたら、入場料も食事も酒も女も用意してもらえる、期間中は王様のような待遇さ。それ以外は見るものだ。お金を払ってすべてを買わなくては過ごせない。少年にそんな金などなかった。ならきまりだ、お前は今から歌うものだ。でもギターも弾けない、ましてや〈心の叫び〉なんて歌えない。くすっと笑った、男は少年に耳打ちする、〈心の叫び〉なんてかんたんさ、自分のことを歌うんじゃないんだ。まず歌う相手をよく観察する、そしてそいつの弱点を自分のことのように歌え、それから〈、、、だけど〉とか〈、、、でもね〉とかつづけて〈それでも、、、いいんだ、だって僕は世界でひとり僕は僕なんだもの、、〉を3回ぐらいくりかえす。そうだな、相手の顔が赤くなるまで何回でもくりかえす。それでオッケー。

第三話 「マキ」

それから、どこかでマキという長い髪の女にあったらこのギターを見せてやってほしい、そして〈 ブロンズのミディアムゲージの弦に張り替えてほしい〉って言うんだ。お願いできるかな、少年は素直にうなづく。翌朝、少年が目を覚ますと男の姿はなかった。受け継がれるなにか、変わってゆくなにか、少年はそうやっておかしな人々に出会う。リズムって何だと思う? リズムは蟻の行進さ。そんなことからリズムの不思議を笑いながら話すラリッたやつら、カーマイン・タイガース。そして、彼らの天敵 サーフボーイズ'69 このブルジョワなやつらはアメリカ人みたいにキャンピングカーで移動しては川原でキャンプ、ビールにワインにバーベキュー、輸入盤のレコードで少年はボブディランを聴く、ガラ声の念仏みたいな歌声が歌うその歌詞を彼らは少年に訳して教える。言いたいことを直接言葉にせずに比喩を使って歌うこと。レトリックとその知的な謎解きの楽しさ、ブルジョワの極致を。そして、ハーモニーの不思議、中世の教会音楽から民族音楽、そして現代音楽へ。ひとりの夜、ぬくもりを感じて目を覚ました。エキゾチックな麝香の体臭、やわらかな包まれるような暖かさ。髪の長い女性だった。〈 あなたはわたしのぼうや〉そんなつぶやきのようなささやき、かなしいうた。抱かれるままに少年は夢をみる、そして彼女に夢中になる。雨、長い雨。川を渡れずに足止めされた三日間。少年は長い髪の女と暮らした。少年には麻薬のような日々、少年はもう元の世界には戻れないかも知れないとすこし思った。雨が止んだ、少年はギターをもって旅をつづけようとした。女が泣いた、深く底知れない忍び泣きで。優しい少年はその悲しみに捕らえられて逃げられなくなっている。少年は彼女と旅をつづける。その悲しみは少年に向かってではないことに気づくにはまだ経験不足だった。

第四話 「いつか子供をなくした女のように」

中津中河原。そこは丁度、中間地点。ちいさな集落、バス停はあるが、日に一本。テント村と野宿の人々がここで集まって一週間後のジャンボリーに向かって仲間との待ち合わせを気長に待っている。ダムのための作業着を着た労務者もいるが、アメリカ人もいる。なにか張りつめた気配がただよう。鋭い目をしたアメリカ人たちはジーンズは履いているが、ヒッピーではなかった、それ以前に楽しそうではなかった。場違いな集団、リーダー格のコーンパイプをくわえた男のとなりに、カウボーイをきどったリーゼントの青年が話しかけていた。どうやらここに集まった人々の中の顔役のようだった。彼は英語で話ながら少年と彼女を見つめ、にやりと口元を片方ゆがめて近づいてきた。彼は少年ではなく長い髪の女を親しげにマキと呼んだ。男とマキは少年にはわからない大人の話をしている。少年は彼らから少し離れてここにあつまっている若者たちを見ていた。バラバラでまとまりも何もない何かを待っているだけの時間だけはいっぱいもっている若者たち、昼間からラリっているやつ、酔っぱらって歌っているやつ、少年はその中にまわりとはちょっとだけちがった、自分と同じくらいの少女がいるのに気づいた。日本人離れした顔立ち、やせっぽちでむぎわら帽にスモックを着たきれいなチョコレート色の髪をした少女、手には大事そうにちいさな楽器ケースを抱えている。じっとみつめていたらとつぜんむぎわら帽の奥から視線が飛び込んできた、少年はあわてて目線をそらす、かなりどぎまぎした。マキが少年のもとにやってきた、あいつらMPだって、脱走兵をつかまえに来てるんだって。マキが意識のはっきりした言葉で話すのを少年は初めて聴いた。思ったよりハスキーな大人の響き、あのカウボーイみたいなひと、知り合いなんですね。少年はたずねた、マキはタバコに火をつけると、ふうっと煙のなかにことばを隠した。マキは顔にかかる髪を片手でかきあげると少年のくちびるを大事そうに重ねた。タバコの香りがした。麦わら帽の少女はもうさっきのところにはいなかった。中津中河原はこの三日間の雨水をいっきに吐き出すように濁流であふれていた。少年はマキに連れられて少し離れたちいさな沢の水辺で休んだ。マキは黒いマキシをするっと脱ぐと緩い流れの水だまりに入ってゆく。あんたもおいでよ、きもちいいよ。雨上がりの晴れた空と太陽の光が夏の森を通り抜け、澄んだ沢の水面とマキを緑色に輝かせる。その甘い静けさのなかに少年も入ってゆく、幸せな夢遊病者のように。不思議な香りのする石鹸でマキは少年のからだを洗う、〈あなたはわたしのぼうや〉を歌いながら。その日の夕方、うたた寝から目を覚ますとマキが空っぽにしたリュックを肩に少年にくちづけしてどこかへいった。ここでまっていて、たべものを手に入れてくるから。少年は言われた通りに待つことにした。月のない夜、ちいさなたき火、止むことのない沢の水音、少年はギターをケースから取り出す。黒いギターさんに教えられた通りにギターをチューニングしてゆく。少年は何度目かのチューニングのあとコードを押さえてピックでストロークした。泣きたいくらい美しい完璧なバランスで6本の弦がハーモニーを奏でた。すごいギターだ、こいつ。少年はこの何日かでいろんな人に教えられたコードとリズムを忘れないように何時間か夢中になってギターを弾きつづけた。マキが帰ってくるときのしるしになればと思いながら。寒さで目を覚ました、木々の間から真上に月が輝いていた。思い出した。あそこにいまアポロがいるんだ。たき火は消えてしまっていた、左手の指先がじんじんと疼いてしびれていた。甘い香りがした、目を覚ますとマキに抱かれていた。寝返るとマキの首筋が目の前にあった、マキはなにかささやいて少年のくちびるをむさぼる。すこし変わったアルコールのにおいがした。薄暮の空が蒼かった。あの、なに?、あの、〈ブロンズのミディアムゲージの弦に張り替えてほしい〉って、、、ぼんやりしていたマキの瞳に光が宿る、そっと少年から身をはなす、少年ははじめてひとりを感じた。ギターケースをあけ、黒いギターをとりだす、しぼりだすような悲しいうなりごえが聞こえる。黒いギターを抱いてマキが泣いている、子どもを失った女のように。長い深いかなしい音をたてて、朝もやが晴れやかな空にのぼってゆくのを少年は見ていた。

第五話 「朝もやが晴れやかな空にのぼってゆくのを少年は見ていた」

開催三日前、中津中河原は、一晩で人口が倍になったように少年には見えた。楽器を持ったものは待ちきれない期待でそこここで歌い始め、聴くひとが集まり市場のようにみえる。なかでも大きな輪ができているところには少年の知っているグループがいた。
カーマイン・タイガース、彼らは三人がそれぞれアコースティックギターを弾きながら和音で歌う。柔らかく、強く、しなやかなハーモニー、そして少年は、あの麦わら帽の少女が、黒い縦笛のようなもの、クラリネット、をかまえてリズムをとっているのを見つけた。そして、大きく息を吸う、吹き始める。それは、どこか異国の香りがする音階で、はっかの香りに似ていた。
♪〜ちいさな虫たちが すべてはばたくとき ちいさな風あつまって おおきな風を呼ぶ  るらら るらら るらるらら
不思議、きれいな歌。これもフォークっていうの? 少年は素直な感想をマキにつぶやく。革命の歌よ、いろんな歌聴いていけば何を歌おうとしているのか自然にわかる。どうして、たんぽぽとてんとう虫の歌が革命の歌なんだろう。でも不思議に心に残る歌、間奏と後半に麦わら帽の女の子が吹くクラリネットのメロディが物悲しくせつない、不思議なメロディだね、バラッドっていってイギリスやヨーロッパの古い民謡のスタイルなの。変わり者ね彼ら、きっと輸入版のブリティッシュフォークいっぱい持ってて年中そんな世界にいるのね。マキはくすくす笑った。すこしゆくとこんどはやたら元気な輪があった、みんなわらいながら楽しそうに手を叩いたり、くるくる回ったり、いっしょに歌ったりしている。輪の中心には途中で出会ったあのチューリップハットの人たちがいた。

    
第六話 「麦わら帽子の少女」

前夜祭のキャンプファイアーのまわりで誰もがいろいろなもので酔っぱらっていた、少年のとなりにあの麦わら帽子の少女がすわった。食べる?少女は異国の香りのする不思議なお菓子を少年の口に口移しで渡した。それから光が踊って見えた、光の歌が聞こえた、それは柔らかな弾力のある歌だった。気がつくと朝日の差し込むテントの中で少女と寝袋にくるまっていた。そして、 第3回中津別川フォークジャンボリーの開幕を告げるメガホンの声が聞こえた。カーマイン•タイガースのステージから群衆の中に少女は会えないはずの恋人の姿を見つけステージから飛び出してゆく、彼の名はチャック・ファスナー、米軍脱走兵。少女に会うためにやってきた。雨がふりはじめた。誰かのラジオから台風の接近が知らされる。しかしステージはおかまいなしだ。そして日没、ステージ前にいくつものキャンプファイアーが焚かれ祭りは最高潮そして台風も激しくなってくる。マキが歌っている、あの歌だ「いつか子供をなくした女のように」そのとき数台の米軍ジープがステージめがけて突っ込んでくる、脱走兵を逮捕するMPの奴らだ、興ざめした群衆は小競り合いを始める、銃声、威嚇するMP。逃げ惑う群衆、いきり立つ群衆。誰かがアジる、戦争反対!アメ公かえれ!「この中に脱走兵がまぎれている、探し出して引き渡すならOK!」MPの話など聞いちゃいない。そこに要請を受けた県警と機動隊が突入する。「警察かえれ!戦争反対!」「公務執行妨害及び無許可集合及び、、」だめだ、もう止まらない、激しい風雨の中、催涙弾発射されるも、誰かが火炎瓶で応戦する。マキが少年と少女そしてチャックを見つけ上流へ逃げる。上流から見る、祭りは戦に変わっていた。

第七話 「どうしてこんなに悲しいんだろう」

脱走兵チャック・ファスナーは泣いていた、自分がここに来なければ良かったのだ。もうこれ以上こんないざこざはまっぴらだ。
今来た道を走り出した。「No!」警察隊と群衆の間に割って入る、止めようとする、焚き火の燃えさしを手に声を張り上げる「No!Stop it!」軽い乾いたパン!と言う銃声が渓谷に響く。チャックの胸が血に染まる。
数百名を逮捕し数千人の指紋を採取する警察、すでに中津別川は捕虜収容所のようだ。何だおまえは中学生か!警察官に少年は無言で睨みつけた。雨の戦場跡はケガの手当をする若者たちのすすり泣きで満ちていた。「なんだ、結局なにも出来なかった、、」泥と血にまみれた手を見つめながら少年は泣いていた、興奮のあとの漠然とした喪失感とやり場のない怒りの悲しみ。自分でも理解できない涙だった。ギターは燃えていた、、どうして、こんなに、悲しいんだろう、それがわからない、、それが、わからない、、ふと口からついてでた、なんども何度も繰り返す、少年はやめなかった。マキがやってきて少年を抱きしめた母親の抱擁だった。
そのフレーズにチューリップハット団のヤマハとモリスがやってきて伴奏をつけた。歌声が重なる、みんなが泣きながら歌っている。その歌は次の日の朝まで歌いつながれた。少年は熱を出して歌いながら気を失っていた。マキと少女に抱かれて眠った。

   
第八話 「いつかどこかで」

目を覚ますと眩しい夏の日差しの中から数人の大人たちが覗き込んで何か話しかけている。騒ぎを聞きつけたテレビ局の取材が少年を見つけ山に響き渡ったあの少年の歌を事件と裏腹の面白い話題としてニュースにしようとしている。マキのライターがポケットの中にあった。少女の指輪と一緒に。少年はひとり戻った。ニュースのせいで、警察がやってきて少年を保護していった。少年は熱があった。家に帰るともう何年もたってしまったような不思議な感じがした。少年は黒いギターの燃え残ったヘッドを壁に飾った。夏はまだ始まったばかりのような顔をしていた。残りの夏休みを少年は空を見て過した。


〈原作はなく、オリジナル脚本、オリジナル楽曲とし、すべて無名の人々で演じます、フォークシンガーたちに関しても同様に無名のミュージシャンで構成できたらと思います〉


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