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「まだ見ぬ世界を旅する」本 3選

コロナウイルスの流行により、外出自粛の日々が続きますね。この春の旅行に行けなかった人も多いのでは。旅をしたい、でも外出は控えなきゃ…と思っている方に、「まだ見ぬ世界を旅する」ような読書体験ができる3冊をご紹介します。

1.川上弘美「大きな鳥にさらわれないよう」(講談社)
2.松濤明「風雪のビヴァーク」(山と渓谷社)
3.村上龍「歌うクジラ」(講談社)

本を読むことは旅することに似ていると、よく言われます。上に挙げた3冊は、数ある本のなかでも、あなたがきっとまだ見たことのない世界、まったく新しい世界に光を当て、鮮やかに描き出した作品です。

川上弘美「大きな鳥にさらわれないよう」

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遠い未来、人類が種の存続に危機を感じ、大きく社会の形を変えて、新しい遺伝子の出現に希望をかけた世界の物語。様々な時代の、様々な場所に住む人々の淡く、柔らかな語りを通じて、読者は遠い未来に生きる人類の絶望と希望のなかを旅します。そこには、私たちが見たこともないような社会があり、見たこともない暮らしがあり、見たこともない人々がいます。たとえば、女性の数が男性を大きく上回ってしまった社会。そこでは、女性は子を産み育て、男性は多くの女性の間を放浪します。その世界で、ひとは何に希望を求め、何に生きる意味を見出すのか。
また、ある話には、番号のような名前で呼び合い、憎しみの感情を持たない人々の社会が登場します。彼らはその後どんな命運を辿るのか、人類の存続の希望はそこにあるのか。

私たち読者は、この世界に生きる一人一人の生き死にと、人類の運命とを重ね合わせながら読み進めます。
物語中盤に登場する、死の苦しみの中でほほえみながら、「あなたは、だあれ」とたずねる少女が、読者の胸に静かに、しかし重く問いかけます。個人が死んでも、人類が生き残れば慰めは得られるのか。いずれ人類が滅ぶとしても、個人の生に意味は残るのか。

「大きな鳥にさらわれないよう」は、静かで落ち着いた語り口の中に、大きな悲しみと再生への祈りを織り込んだ作品です。ぜひゆっくりと読んでみてください。

松濤明「風雪のビヴァーク」

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松濤明は、戦前から戦後すぐにかけて活躍した登山家で、北アルプスや南アルプス、八ヶ岳などに数多くの登頂記録を持っています。最期は、北アルプス槍ヶ岳の最難関コース、厳冬期の北鎌尾根で遭難し、惜しくも命を落とされました。「風雪のビヴァーク」は、松濤の登山紀行文やエッセイ、最期の北鎌尾根行において記された遺書などが収められた、珠玉の1冊です。

ビヴァークとは、登山時において、ツェルトと呼ばれる布を張って、簡易的に野営をすること。この本には登山用語も多く使われ、登山の経験がない人は少し読むのに苦労する部分もあるでしょう。

しかし、「まだ辿られたことのない道から、頂を目指す」という松濤の信念に基づいて描かれる登山の記録は、刻々とその表情を変えていく山の風景や登山者の孤独、苦難を越えて頂に立ったときの境地など、あらゆる道行きに通底する普遍性をも持ち合わせています。

この本の終盤に収められている北鎌尾根の登攀記録は、まさにこの本のクライマックスであり、登山者に立ちはだかる峻厳な自然の猛威と、自らの死を受け入れた者の静かな諦観が、読む者の胸に強く迫ります。松濤の冷静な筆致は、それまでの数々の登山の記録と合わせて、それを読む私たちに向かって「なぜ、ひとは知らない世界を目指すのか」と問います。

「風雪のビヴァーク」には、松濤が何を見て、何を生きたかが克明に記されています。
まだ見ぬ世界に足を踏み出す道連れに、「風雪のビヴァーク」はぴったりです。

村上龍「歌うクジラ」

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人類がついに不老不死遺伝子を発見した100年後、社会は完全に階層化され、厳しい管理下に置かれながら人々は生きていた。社会の最下層に生まれた少年は、分断された社会を破壊する情報を父親から託され、最上層の人間に情報を届けるべく、生まれてから15年過ごしてきた島を後にしたのだった。

「歌うクジラ」は、「大きな鳥にさらわれないよう」と同様、大きく社会の形が変化した後の未来の人類の様子を描いていますが、その雰囲気は大きく異なっています。ソリッドでドライな文章と、強いメッセージを感じる入り組んだ比喩。最初は読みにくい印象もあるかもしれませんが、だんだんと読み進めるにつれて、村上龍の文章の持っている、あらゆる構造化されたものをすべて更地にしてしまうような清々しさが感じられるでしょう。

この作品のテーマとして、欺瞞に覆われた社会を告発して、自らの認識を解放することが挙げられます。少年アキラは、分断された階層を横断する旅をして、階層化された人々が決して気づくことのない抑圧のシステムを垣間見ることになります。

知らない世界を見ることは、まだ自分が持たない認識を得るということ。アキラは、機械が無差別に人々を殺すおぞましい光景や、身近なものの死、権力とシステムの関係、性的行為の幻惑に曝されながら、必死に生き延びようとします。

絶望に満ちた世界の中で、いかに生きてゆくのか。徹底したリアリズムの物語から、どんな希望を読み取ることができるでしょうか?

部屋の中でも、旅はできる。

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「歌うクジラ」には、「想像せよ。想像する力がお前を導く。」という一節があります。想像する力は無限大です。小さな部屋の中にいても、どんな世界へだって行くことができます。

この3冊は、あなたが知らない世界へ踏み出そうとするとき、きっとその助けになるでしょう。

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