見出し画像

「結」 ー Phase 6 ー Uzumakism

荒くれ者と夜の海へ旅に出る事に少し飽きて来ていた私は、この船旅を終えたら内陸を一人旅する事にしていた。とは言え、どんな困難が待ち受けるか分からない旅を自分の足だけで乗り切れる自信がない。下船して夜の港街を彷徨きながら、さてどうしたものかと考えを巡らせていた。しばらく大通りを歩いていると酒場の入り口の明かりが私の目に入って来た。そこで妙案を思い付く。
そうだ、あのキッシュが美味い酒場で誰彼構わず話しかけてみようじゃないか。もしかしたら旅の仲間が見つかるかも知れないし、何かいいアイデアが得られるかも知れない。
扉を開けて店に入るとガランとした店内に一人の紳士が座っているのを見付けた。どうも見覚えのある紳士だなと思いながら、私は彼から一つ席を空けてカウンターの一角を陣取った。

▼前回をお読みでない方はこちら


私にはお気に入りの店が幾つかある。しばらく通って店員と仲良くなったら店のカウンターの中を覗き込む事を趣味にしている。
カウンターはお店の人とお客さんを隔てる重要な「境界線」だ。だけど、私はその境界線を乗り越えるのが好きだ。「おっ、結構使い勝手の良いキッチンやね」とか「ふむふむ、カウンター内が一段下がってるからお客さんと目線が合う仕組みなんや」などと評論家気取りで論評する。

そんな時に他のお客さんが来たら「あいつはこの店の関係者なのか?」と勘違いされそうだが、無論何処の馬の骨とも分からぬ存在なのさ。
そう言う遊びをしているので、ある時「店舗のプロデュースとか“”してるんですか?」と聞かれた事がある。“”と言うか、何もしていない“むしょく”なんだな。

この調子であんまり遊んでばかりいるから、「仕事もせずにぷらぷらしてるだけの無職だよ」と何度説明しても遂には信じて貰えなくなってしまった。資産家か何かと勘違いされているみたいだ。最近では説明するのが面倒くさくなって来たので肩書きに“むしょく”と書いた名刺を持ち歩いている。子供にも分かり易く平仮名にする所が私の優しさだ。

「MUSUBINA  KITCHEN」では、私の肩書きは“絵描き”らしい。お店に行くと絵描きの人として他のお客さんに紹介されたりもする。自分から“絵描き”と名乗らないのに、そう呼んで貰えるなんて光栄だ。

もっとも、「こちら“おださん“、無職の人です」なんて紹介出来る訳もないから仕方ない。でも私は重ね重ねに「仕事しとらんねん、無職やねん」とヘラヘラ笑いながら自己紹介している。

直近では“猫が好きな人”と言う肩書きが加わったので“猫好きの絵描きむしょく”と言うことになっている。
「吾輩はネコである」と自己紹介出来る日もそう遠い未来ではにゃさそうだニャ。

こうやって、“絵描き”か“資産家”か“詐欺師”か“猫”か分からぬ“むしょく”を世の中にばら撒いて“遍在人”ホモ・ユビキタスに日に日に進化して行っている。


さて、そんな毎日の中で私は今日も“お気に入り”のお店を訪れる。

来店早々に「あら、いらっしゃい。今日は何?キッシュ?」と言ったやりとりが、私の新しい儀式に加わった。
「いってらっしゃいのキッス」がないので「いらっしゃいのキッシュ」は欠かせない。

お店の人やその家族たちとも随分仲良くなったし、何度か訪れる内にお客さんとも仲良くなった。ありがたい事に初対面から“友達”の様に接してくれる人ばかりだ。督促状を落とした日の紳士、ラガーマンとお洒落なご婦人カップル、六角形が大好きな淑女、世界中で商売する仙人…色んな人と出会い再会する。そして楽しい時間を共有する。このお店の雰囲気が為せる業だろう。特に夜のお酒が入る時間はそんな出会いが増える。しかし、最近の騒動の所為で夕方以降はお店を閉めたり営業終了時間が早まったりしている。そう言う事が原因となって、私たちの大事な巡り合わせの機会が奪われているのがとても残念で仕方がない。

幸せな毎日を過ごす内に、店内に飾って貰う絵を描く事を引き受けてから数日が経っていた。
急かすと言う感じではなく、期待していると言った感じで「絵の調子はどう?」とさゆりさんに聞かれたので「もうちょっと待ってな、イメージは出来上がりつつあるねん」と返す私にキッシュが差し出される。

お店の雰囲気、お客さん、店名、料理…。絵のヒントになりそうな物を訪れる度に拾い上げて頭蓋骨のドギーバッグでテイクアウトする。
“このお店のためだけの絵”を毎日考える。お店へ通う。誰かと出会う。また、考える。その繰り返し。

そして、何度目かの訪問を終えたある日、バラバラだったヒントの全てが一気に繋がってイメージが脳内空間に現れた。
いつだったか見せて貰った「お孫さんの絵」が最後の鍵となって、固く錆びつき閉ざされていた想像力の扉を開いてくれた。

「結」と言う字を「菜」のもので色とりどりに描いたあの絵だ。


早速、紙の上に想像力の賜物を繋げて描き殴って行く。

「結」人の繋がり、鎖、渦、「菜」自然の物、生命、幸せ…。
次々に、様々な物が筆先から溢れ出す。…これが創造の喜びか。

そして、絵の全体像が浮かび上がった時点で私に良いアイデアが思い浮かんだ。

「そうだ、“結”の字はあの“小さな画伯”に好きに色を塗って貰おう。真ん中は真っ白な宇宙スペースにして何か描いて貰えばいいや。」

線画を描き始めて2日目のクリスマスの少し前には残る作業は“色塗り”だけとなった。

「どうせなら、クリスマスに間に合わせてプレゼントしよう」
“むしょく”なのに真っ赤なサンタクロースを気取る事に私は決めた。
煙突に入る前みたいなワクワクを胸に、その日がやって来るのを待つ。
プレゼントする側なのに、まるでプレゼントを貰う子供の気分だ。

もちろん、無色むしょくの絵では味気も色気も無い。
さて、色塗りの画材を引っ張り出そうか…。

野良猫を拾ったが名付けが面倒くさいので“ネコ”と呼ぶ事にした。
みんなに覚えて貰うために、名札を首からぶら下げてあげたのだが、お気に入りのお店へ行ってる間に外へ出て行ったらしい。…と思っていたが、猫はどうやら庭で遊んでいるみたいだ。
むむ、出て行ったのは居候の“絵描き”の方か。
あんにゃろう「絵」だけ置いて“かき”になって出掛けたみたいだ。家賃を滞納してるクセに消息を絶つ気か⁉︎
しかも野良猫の名札を盗んで行きやがった。
文章の中を逃げ惑う“描”を捕まえて欲しい。盗んだ名札をぶら下げているからすぐに見つかるだろう。

“ネコ”を見つけたみんなに幸運のネコが鳴く声が聴こえるだろう。

「エエことがある。エエことが起きるんや」


Phase 7 へ続く ▶︎▶︎▶︎

◀︎◀︎◀︎  Phase 5 はこちら

絵の解説と制作工程はこちら ▶︎▶︎▶︎ Work ❺ 

🐈‍⬛🐈‍⬛🐈‍⬛🐈‍⬛🐈‍⬛🐈‍⬛🐈‍⬛🐈‍⬛🐈‍⬛🐈‍⬛🐈‍⬛🐈‍⬛🐈‍⬛🐈‍⬛🐈‍⬛🐈‍⬛🐈‍⬛🐈‍⬛🐈‍⬛🐈‍⬛


「MUSUBINA KITCHEN」
〒653-0811 兵庫県神戸市長田区大塚町4丁目1−11
https://www.instagram.com/musubina_kitchen/

hidenori.yamauchi
https://www.instagram.com/hidenori.yamauchi/
私の伯父「山内秀德」の遺作を投稿しています。是非ご覧ください。



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?