「結」 ー Phase 9 ー Uzumakism
キッシュの美味い酒場の馬屋に繋がれた暴れ馬と仲良くなりたくて、酒場の女将に馬について色々聞いてみた。どうやらこの馬は猫が好きらしい。だけど普通の猫ではなくて“魔力”を持った猫が好きなのだとか。魔力? 何のことやら。
魔法の猫が酒場に来た時は馬が大人しくなるそうな。
「で、その魔法の猫ってどんな猫かニャ? あ、いや猫かな?」と私は尋ねた。
女将曰く誰も見た事がないから、どんな猫かは知らないらしい。おかしな話だ。だったらどうして魔法の猫がやって来た日は馬が静かになるって言えるんだ。訳が分からないので客やら街の人に片っ端から聞いたが皆んな女将と同じ様に答える。
狐に摘まれたみたいとはこう言う事を言うのだろう…いや、“猫”に摘まれたと言うべきか…。
▼前回をお読みでない方はこちら
心強い占いで元気付けられた事もあってか、私の足取りは非常に軽かった。家までの道のりをどんどん進んで行く。
人へのプレゼントを運ぶのは楽しい。受け取った人がどんな気持ちになるかを考えただけでワクワクするのだ。
普通の人なら電車に乗る距離をアホほど自分の足で歩く。
やがて、自分が縄張りにしている辺りへ近づいて来た。
「MUSUBINA KITCHEN」の看板が目に入る位置まで到着すると、中から楽しげな雰囲気が漏れ出ているのが分かる。
「コーヒーとキッシュでも頂いてこうか」なんて考えて私はお店へ入った。
軽く挨拶をして自分の席を確保しようとカウンターを見ると、椅子に小さなお客さんがちょこんと座っていた。よくよく見ると店主のさゆりさんのお孫さんだ。
あの可愛い働き蜂と再会出来た喜びで私は胸がいっぱいになった。
「おー、久しぶりやんけ」と声を掛けると突然「ウェーーーーイ!」と黄色い声ではなくて、奇声を発して彼女が絡んできた。
私は何事が起きたのか一瞬理解出来ずに少し困惑した。
初めて会った日の“小さな画伯”は大人しくお淑やかで、おばあちゃんのお店をお手伝いする可愛いお姫様みたいだったのに、今私の眼前にいる彼女は暴れ馬の如く嘶いて、蹴りこそしないが私の肩にバシバシと平手打ちをかましているではないか。
「ど、どうしたんや!?」
余りの豹変ぶりに一瞬別人かと思ったがどうやら私の思い違いのようだ。
「あかんで。静かにしー。ごめんねー」とさゆりさんがお孫さんを諭しながら、私に謝った。
どうやら久々に私の顔を見てテンションが上がってしまったのだろう。
それにしても、あのお姫様はどこに行ったのだろう??
彼女の目には、こんなにもフランクに絡んで良い相手に私が映ったのだろうか…まだ二回しか会っていないのに。
はにかみながら恥ずかしそうに私に笑いかけていたあの日の姿が嘘の様だ。
暴れ馬が少し落ち着いたのを見計らってコーヒーとキッシュを注文する。
「もうすぐ絵出来そうやわ」とさゆりさんに声を掛けると「ほんまー」と穏やかに返答してくれた。暴れるタイミングを虎視眈々と狙っているみたいにソワソワしている暴れ馬の方へ向き直って、私はプレゼントの入った袋をゴソゴソし始めた。
「久々に顔合したし丁度エエわ。クリスマス・プレゼント持って来たから渡しとくわ。ちょっと早いけどな」と彼女に話しかけて“魔法の色鉛筆”を手渡した。
目ん玉をひん剥いて“小さな画伯”が喜びの声を上げる。
「お、おう。色鉛筆ばら撒くなよ」と心配しながら彼女の反応を注視した。
さゆりさんが「んー?なになに?」とカウンター越しに覗き込む。
「色鉛筆や。絵描くの好きって言ってたやろ?」と答える私の横で鼻息荒く画伯が芸術を爆発させたそうに色鉛筆をガシャガシャやり出した。
どうやらお店で学校の勉強をやったり、お絵描きをして母親の帰りを待っているらしい。
そこで私は即席のお絵描き教室を始めた。
「猫描いてー」「魚描いてー」などと矢継ぎ早に依頼してくる注文の多い客に
「いやいや、自分が描くんや。ほら、こうやってな」と言った感じでやり取りして、一緒に一枚の紙を共有しながら楽しい時間を過ごした。
私と彼女の“初めての共同作業”だ。
水筆を学校でも使った事があるらしく、色鉛筆と組み合わせての描画も難なく熟す“小さな画伯”に「こやつ出来る」と私は心の中で呟いた。
色の使い方も道具の使い方も抜群だ。教えた事をあっという間にやってのける。彼女の小さな体の中には才能がはち切れんばかりに詰まっているのだ。
しばらくするとお絵描きに集中し出した芸術家の卵は、さっきまでとは様子が打って変わって静かになった。
「絵描いたり好きな事してる時は大人しいんやけどなぁ」とさゆりさんが囁く。
確かに、まるで別人だ。
初めて会った時の、働き蜂みたいに可愛いお姫様に彼女は戻っていた。
結構な時間、彼女と有意義な時間を共有した。絵を教えたり、大人しくしている彼女の頭を撫でたりしながら、自分にもしも娘が居たらこう言うひと時が過ごせていたのかも知れないな、と少し思ったりした。
ん? ”むしょく”が子供を育てるなんて馬鹿げてる。自分が子供みたいなのにな。
働く人々が会社を出て帰路を進む時間になった頃「MUSUBINA KITCHEN」の扉を潜って一人の女性が店内へ入って来た。
さゆりさんが女性へ声を掛ける「おかえり」と。
なるほど、これが暴れ馬の飼い主、じゃない母親か。
服のセンスもバッチリな小柄で可愛らしい女性だ。
「ほら、お店の絵描いてくれてる”絵描き“さん」とさゆりさんが自分の娘に私を紹介した。
「あー!“絵描き”さん!」とまるで有名人にでも会ったかの様な反応を彼女がする。
いや、私は絵描きではない、“むしょく”だ。
しかし、ここで否定しても仕方がないのでサラッと話を聞き流す事にした。
何となくバツが悪いし、コーヒーもキッシュも疾の昔に胃袋に納めたので、私は「そろそろ帰るわ。お会計」と言って席を立った。
すると、さゆりさんが“小さな画伯”に一声掛ける。
「ほら、お兄さん帰るって。色鉛筆お返ししなさい」
“お兄さん”って歳でも無いんだがと一瞬思ったその時である。
お姫様が嘶いた。
「嫌やー!私のやもん」
透かさずさゆりさんが暴れ馬を窘める。
「違うよ。お兄さんが仕事で使うから買ったんよ」
違う仕事では使わない、“むしょく”なんだから。いや、そう言う問題じゃない。
「あー、ちゃうちゃう。それはクリスマス•プレゼントや。ほんまにプレゼントなんや。絵好きって言ってたから上げよう思って買って来たんや」
と私はさゆりさんの誤解を解くために説明した。
そりゃ、それなりに親しいとは言え、あくまでもお店の常連さん。まさか、客が自分の孫にプレゼントを持って来るなんて思わないのが普通だろう。
「えー!ほんまに?そんなん色々してもろて悪いわぁ。ほんまにエエのん?」とさゆりさんが申し訳なさそうにする。私が再三それはプレゼントであると説明すると、漸く、母娘して「ありがとう」とお礼を言って受け取ってくれた。
何の違和感もなく「私の物」と理解してくれていたのは孫だけらしい。
満足げな様子で新しい自分のお宝を手にニコニコとお姫様は笑っている。
お会計を済ますと私はお店の外へ出た。
店の入り口まで母娘孫の三世代がついて来て私を見送ってくれる。
私はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら手を振って三人に別れを告げた。
“小さな画伯”も私と同じ様に笑っている。
何か心通じる物が彼女と私の間にあったのだろう。
人間と言うのは分からない。
年齢が近くても理解し合えないのに、遠くても理解し合える時がある。
もしかして、肉体年齢や精神年齢では測れない“何か”別のパラメータがあるのだろうか。或いは“繋がり”なのか、不思議な結び目だ。
サンタの荷物を半分降ろして心が軽くなった私は、「占い舘Luri」で占い師に見送られた時と同じく、更に軽くなった足取りで薄闇の中を我が家へと歩き出した。
「MUSUBINA KITCHEN」のメニューには猫がいる。
何!?猫を食べれるのか、だって?
違う違うメニュー表の中に猫がいるの!
あかん、私は何を言っているのだ。
まるで狐に摘まれたみたいな事を言うなと皆に怒られてしまう。
ん? “猫”に摘まれた か。
「MUSUBINA KITCHEN」を訪れて
おつまみではない猫をメニュー表の中から探して欲しい。
楽しげな猫達を見つけたお客さん達には…
「エエことがある。エエことが起きるんや」
Phase 10 へ続く ▶︎▶︎▶︎
◀︎◀︎◀︎ Phase 8 はこちら
絵の制作工程はこちら ▶︎▶︎▶︎ Work ❶
🐈⬛🐈⬛🐈⬛🐈⬛🐈⬛🐈⬛🐈⬛🐈⬛🐈⬛🐈⬛🐈⬛🐈⬛🐈⬛🐈⬛🐈⬛🐈⬛🐈⬛🐈⬛🐈⬛🐈⬛
「MUSUBINA KITCHEN」
〒653-0811 兵庫県神戸市長田区大塚町4丁目1−11
「占い舘Luri」
鑑定士: 稀咲先生
〒650-0021 兵庫県神戸市中央区三宮町1丁目6–12
hidenori.yamauchi
私の伯父「山内秀德」の遺作を投稿しています。是非ご覧ください。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?