【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 中編 4
「そやけど、あん弟成が、そんなんするとはな」、弓削は、弟成が大伴氏の将軍に戦いを挑んだと聞いて、意外そうな顔をしていた、「無鉄砲なやっちゃな」
「お前のほうがやんちゃそうに見えるがな」
百足は笑ったが、その笑顔は悲しみに引き攣って見えた。
「宇志麻呂も、多もあかんかったし、落ちたらもう駄目やろうな……」
小徳がぼそりと呟く。
みなも、そうだろうと思っていた………………黒万呂を除いて。
「いや、生きてる! あいつは、絶対に生きてるんや!」
「黒万呂、せやかて……」
「いや、あいつは絶対に生きてますよ。あいつが、こんなところで死ぬわけないんですよ。宇志麻呂さんかて、多さんかて、みんな絶対に生きてますよ! 生きて、みんなで斑鳩に帰るんですよ!」
自分でも分からないが、胸の奥から悲しみが込みあげ、目の奥からは熱いものが溢れ出していった。
馬手は、黒万呂の小刻みに揺れる肩に優しく手を添える。
「そやな、みんな生きてるよな。ワシら一緒に斑鳩に戻るって、約束したもんな。あいつら、生きてるよな……」
馬手も泣いた。
弓削も、小徳も、百足も涙を流していた。
「俺は、絶対あいつを連れて帰ります、斑鳩に。絶対に見つけ出して、戻るんや! 弟成と戻るんや!」
黒万呂は、弟成に聞こえるように叫んだ。
「弟成、出てこいや! 帰るんや! 一緒に帰るんや、弟成!」
涙に滲んだ男の叫びが、曇天に木霊する。
その熱い想いをかき消すように、ぽつり、ぽつりと小さな雨が落ち始め、やがて激しい雨へと変わった。
その激しい雨のなか、出航の命が下った。
黒万呂の努力と想いは、むなしくも消えていった。
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