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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 後編 40

 年が明けて、天智天皇の治世3(670)年正月7日廷内で大射礼が催された。

 その月の14日、朝廷内の儀礼と、道で貴人と出くわしたときは、道を避けることとの詔が発せられた。

 同時に、誣言(たわごと)や流言(るげん)が禁じられた。

 これは政権側が、巷にはびこる葛城政権への批判をかなり気にしているという証拠であった。

 2月、政府は戸籍を造り、盗人や浮浪者の取り締まりを強化した。

 もちろん、火付けに対する取り締まりも強化された。

 だが戸籍の製作は、犯罪の取り締まり強化のためだけではない。

 戸籍を造ることは、現在どの家にどれだけの働き手 ―― もっと端的にいえば、兵士となる男手がいるか、把握することができる。

 しかも、政府の戸籍上に載るということは、その民は国の、正確にいうと他の氏族が手を出せない、大王の民となる。

 反対勢力にとって、これは兵士となる人員を削られる大打撃だった。

 さらに同じ月に、高安城に穀物と塩が収められた。

 もはや、葛城大王側がいざという事態に備えているという証拠である。

「向こうはなりふり構わずやっている! こちらも、躊躇している場合ではない!」

 馬来田の怒号が飛んだ。

 通例の大伴一族会議である。

 大広間には、杜屋をはじめ大伴一族が集まっている。

「この前のあれはなんだ! 大門の柱を焦がすだけで、全く手ぬるいわ」

 今度は吹負が騒ぎ出す。

 斑鳩寺の大門に火を付けろ、焦がす程度でいい、そうすれば葛城も恐れ入るだろうと、指示を出したのは吹負ではなかったか?

 ―― まったく、これだから年寄りは!

 と、安麻呂はため息を吐いた。

 ―― 自分で言ったことを、すぐに忘れる。

 不満に思っていると、

「ときに安麻呂」と、杜屋に呼びかけられ、慌てた、「なんでしょう?」

「お前、斑鳩寺に詳しいな? よく寺に行っているが……」

「はあ、行きはしますが、それほど詳しいわけでは……、私よりも八重子のほうが詳しいのでは? もともとあそこの婢ですし」

「うむ、八重子か……、うむ」

 嫌な予感がしたので、安麻呂は訊いた。

「あの……、何をなさるので?」

 杜屋は、馬来田や吹負を見る。

 ふたりは頷く。

 ゆっくりと口を開く。

「斑鳩寺を襲撃する!」

「ば、馬鹿な……」

 衝撃の発言に、それ以上言葉が出なかった。

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