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小説『引越物語』㉚麻美の家


「あの……失礼ですが、どちら様でしょうか。」

小さな男の子とボブヘアが可愛らしいエプロン姿の人が、麻美の家から出てきた。

エプロンで濡れた手を拭きながら、その人は戸惑いながらも麻美のことを思い出そうとしている。

「ママー、おなかすいたよー!」
ぎゅっと手を繋いでいる半ズボンの子は、麻美を怖々と見上げている。

「すみません。間違えました!」

慌てて、麻美はドアを閉めた。

玄関横にある標識は、見慣れた母の筆文字ではない。

最近ぼんやり過ごしていたから、部屋番号を間違えたんだ。

非常階段横の角部屋から順に確認していく。どの家も知らない人ばかり。

土埃を被った苗字達は、もう何年も住んでいる証だろう。

見たことのある植木鉢やマウンテンバイクは、やはり此処が麻美と母の生活圏だったことを示していた。

さっき開けたドアの横にだけ、黒が明るい佐藤の文字の入った綺麗な表札。

たった2ヶ月、神戸に居なかっただけじゃん!お母さんが私を見捨てる訳ないのにな…。

でも、どこにも私の家がない…。一体どうなってんの!!

呼吸が荒くなる中、麻美は必死で高知の未希に電話した。

電話ならすぐ出てくれる、きっと。
未希さんなら無視しないよね。


次のお話です🚖


前回のお話です🦋


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