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小説『引越物語』㉛香川で落ち合いましょう


こちらが前回のお話です
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前回のお話は読まなくても大丈夫だというかたは、下線を越えて続きをご覧になってください(*´ー`*)



ブブブーブブブー

ずっとバッグの中のスマホが震えている。

未希は、レストラン一号店を閉店にした後、マンションを建てることにした。夫のマリオと友人の凪夫婦には反対されたが、それを押し切った。

不動産会社と打ち合わせ中だった未希は、暫くスマホを放置していた。

先行販売の部屋を買いたいという申し出があり、早速モデルルームを見せる最終的な話し合いの真っ最中だったからだ。

マンション経営については素人の未希が、一号店の跡地に拘るのには理由がある。

土地の売却費用とマンションの家賃収入でレストラン経営の赤字を埋めるというのが経営者としての理由。

そして、両親の思い出が詰まったこの土地から離れる踏ん切りがつかなかったというのが、未希個人としての理由だった。

はりまや橋周辺は近年マンションが続々と立ち上がっている。分譲分の部屋は全て売り切ることができると不動産会社も太鼓判を押しているし、賃貸のほうも家賃収入が確実に入ると、未希は見込んだのだった。

ブブブーブブブー。

「後のことは当社にお任せください。先程から何度も鳴っておりますから、お電話に出たほうがよろしいのでは。」

「ごめんなさい。そうさせていただきます。先方のご希望など詳しいことが決まり次第メールください。」


誰だろう。LINEやメールじゃダメなの?

麻美ちゃん!!

未希は慌てて電話に出た。

「あー!良かったぁ!お久しぶりです。麻美です。」

「お久しぶりじゃないでしょう!!どこにいたの?みんな、麻美ちゃんのこと探してたのよ!」

「ごめんなさい。お母さんと喧嘩しちゃって家出してたから。それよか、未希さん聞いてください。神戸に帰ってきてるんですけど、家に知らない人が住んでて困ってて。」

「えっ…。麻美ちゃん、お母さんのこと知らないの?じゃ、お父さんと連絡ついてないのね。」

未希は何から話せばよいか途方に暮れた。家を失くしたことに動転している麻美に、電話でお母さんの死を告げる気持ちになれなかった。

「いい?そこにいてね、麻美ちゃん。マリオと迎えに行くから。」

「だからぁ…。家がなくなってるんです。」

ハーハーと、麻美は呼吸が荒い。

「大丈夫?呼吸が苦しそう。そうか…。車だと疲れちゃうよね。病院へ行ける?」

「お金もう…ないし。保険証もないんです…。いつもお母さん…持っててくれたから。」

麻美は話すのもやっとの様子だが、未希は駐車場まで歩きながら、麻美を二度と家出させるまいと必死に話しかけ続けた。

「近くのビジネスホテルに泊まってて。ホテル代くらい出してあげるから。」

「それは悪いです。車に乗って待ってます。ていうか、こちらからも四国へ向かいます。」

孤独から解放された為か、麻美の呼吸は次第に落ち着いていった。

「わかったわ。もし、来られるんなら香川で落ち合いましょう。前に一緒に食べた手打ちうどんのお店、覚えてる?あそこに行こうよ、ね。」

今の麻美に車の運転が出来るのか電話では判断しかねたが、じっと待つように言っても無理だと思った。

未希のレストランでアルバイトをしていた頃は、大人しくて繊細でとても従順な性格に見えたのに…。そんな麻美が2ヶ月も行方知れずになるのだから、人は見かけじゃわからないものだ。

複雑な家庭環境がそうさせるのだろうか。だとしたら、麻美を叱るのは見当違いだ。

お母さんが亡くなったことだけは、可哀想だけど知らせなきゃね。

でも、父親の存在まで伝える必要があるのかしら。だって、あんな身勝手な虫のいいこと言う男が父親だなんて。私なら勘弁してほしい。

何が正解なんだろう、麻美にとって。

未希は、一人で麻美の今の境遇を伝える自信がなかった。

こういう時、マリオと結婚して良かったと思う。過去の未希なら対処できることは限られていて、情はあってもこんなに行動してあげられなかっただろう。

未希は急いでマリオに電話した。

マリオは、レストラン二号店の店長兼シェフとして現場を切り盛りしてくれている。

全部もう片付けたよと親指を立てるマリオは得意げだった。

テレビ電話の向こうでは、暢気なマリオがアコースティックギターを弾いて、凪や菜摘夫婦と熱唱している。大量の賄いピザと共に。

いい気なものよね。
君達のその陽気さ、彼女にも分けてあげてよ。




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