小説『だからあなたは其処にいる』第ニ十章 助けはいらないよ
前話・第十九章はこちらです
お話がつながっています
(暗い描写がありますが、お時間とお気持ちが大丈夫なかたは、こちらからどうぞご覧ください)
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第ニ十章
一
「モッツァレラさん!起きて!一緒に来てください!!一平さんが大変なんです!」
ドン!
ピンポンピンポンピンポン
「もうーーなんなの朝から。わたしを殺す気?」
綺麗な上腕二頭筋を見せつけるように、黒のタンクトップ姿でモッツァレラさんが玄関から出てきた。
ニ
「一平さんの家へ!早く!」
グレーのスーツ姿の富頭賢治を見たモッツァレラさんは、一瞬ニッと微笑んだ。
「あんたがそんなに慌ててるってことは、ぼうやがまた何かやらかしたのね。わーったから。行く行く。行けばいいんでしょ」
モッツァレラさんがバイクのキーとヘルメットをふたつ手にした。
三
二人が岸田一平の住むマンションに着くと、スーツ姿の小野田海人がエントランスで管理員と話していた。
「管理員さんが言うには、分譲マンションだから災害とか警察が来た時でないと開けられないそうです」
海人が言うと、モッツァレラさんは管理員さんの手をひしと握った。
「前にも倒れたことがあって。持病のある子なんです。管理員さんお願いします。鍵を開けてください。うちの子を助けてください!」
モッツァレラさんの迫力に押され、管理員は管理室へ行くと鍵の束を手にした。
四
「岸田さん!親御さんと会社のかたがみえてます。岸田さん大丈夫ですか!」
管理員が声を張る。
「変なニオイしない?」
モッツァレラさんに続き、賢治と海人が窓に顔を近づける。
「これガスじゃないですか。一平さん!!」
賢治が絶叫した。
管理員が腰を抜かし、立てなくなった。
「お願いします!鍵を開けてください!」
賢治がいくら訴えても、年老いた管理員は声も出せなくなって動けない。
ガチャーーン!!!
モッツァレラさんが肘鉄で窓を割った。
五
部屋からガスらしきものが漏れ出てくる。
「消防と救急に電話!」
モッツァレラさんの声に我にかえった管理員が、119を震える指で押した。
割られた窓から賢治が叫ぶ。
「一平さん!死んじゃダメ!!!」
「管理員さん、鍵を開けていただけますか」
海人が努めて冷静に言うと、管理員は鍵の束から岸田一平の部屋の番号が書かれた鍵を見つけ、海人に手渡した。
海人がドアを開けた。
「ガスだったら危ないので、管理員さんは住民のみなさんに避難を呼びかけてください」
海人の真っ直ぐな目を見て、管理員は大きく頷いた。
六
靴のまま、賢治と海人が中へ入る。
「一平さん!!一平さんどこ?」
賢治の声がますます大きくなるが、一平の姿はなかった。
キッチンにはビールの空き缶やインスタントラーメンの食べ残しが散乱し、流し台に白い粒の混じった吐瀉物が大量にあった。
「これだけ吐いたんなら、きっと生きてるわ」
モッツァレラさんが腕に刺さったガラス片を抜きながら言った。
「一平さん!」
海人がトイレや風呂場を探すが、見つからない。
「ベランダじゃない?」
モッツァレラさんに言われ、賢治と海人が重い二重窓を開けた。
七
「一平さん!」
賢治が叫ぶ。
其処には、半裸の岸田一平が倒れていた。頭から血が流れている。
「ちょっと汚いけど、わたしのタンクトップで止血するわね」
モッツァレラさんが脱いだタンクトップで一平の傷を押さえた。
「綺麗なタオルがないか探してきます」
海人が風呂場のほうへ行った。
八
「賢治さん……どうして??ぼく歯磨きして会社へ行くところです…」
一平の瞳には、賢治の泣き顔が在った。
「自殺しようとしたんじゃないの?」
抱き抱える賢治が笑いだす。
モッツァレラさんが、ベランダに落ちていた歯ブラシを見つけた。
「この子、ほんとに会社へ行く気だったのね。人騒がせにもほどがあるわ。」
九
「ガスの元栓は閉めました。コーンスープを飲みたかったみたいですね、一平さん」
海人が、ガスコンロに置かれたマグカップとスープの箱を指さした。やかんが黒焦げになっている。
一平が、賢治の腕の中で話しかけた。
「美味しいコーヒー豆を買ったから、一緒に飲んでから会社へ行きませんか?」
三人の泣き笑いが止まらない。
「もう、なんなの。頭打っておかしくなったの?元からなの?」
モッツァレラさんの言葉に、海人が応える。
「良くも悪くも、これが岸田一平です」
十
「馬鹿もん!!!!みんな死ぬとこだったぞ!素人がガスが漏れてんのに突入してどうする!」
消防士から三人は叱責された。
「すみません。怪我してるので病院へ行かせて…」
モッツァレラさんが腕の怪我を見せる。
「まだ話は終わっとらん!二度とこんな無謀な真似はしないこと!」
言い終わると、スタスタと消防士が去っていく。
あまりの声の大きさに耳がキーンとして、三人はぼんやり立ったままだった。
十一
背後からモッツァレラさんの肩をたたく者がいた。
「汗臭いが、良かったらこれを着てくれ」
怒鳴りまくった消防士が、車から私服のTシャツを持ってきてくれた。
モッツァレラさんが着てみると、腕がピッタリ。
「ありがとう」
二人の瞳は燃えていた。
〜続く〜
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