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詩小説『引越物語』㉟言葉にして伝えなきゃ

【小説を読んでいただく前に】
トップ画像は高知県の仁淀川と、そこに架かる橋です。

今回のお話がですね、引越物語の中でもワーストスリーに入る位えげつないのです。せめて仁淀ブルーと青空で清涼感をと思いまして。私が犬の散歩の時にスマホ撮りしたものです。

今回の35話は過去一くらい読後感が良くないです。けれど書く必要があって書いています。わたしの中では登場させた時点で、今回の展開は決まっていました。だから、今回のお話でさよならする人がいても仕方ないと思っています。今まで読んでいただき感謝申し上げます。

もし、これからもお付き合いいただける方がいたら、もしお一人でもいたとしたら、初小説を書いた意味があったと言えます。一緒に川を下り大海へそそいでいきましょう!


初めて『引越物語』をご覧になる方は、こちらのマガジンのほうで登場人物をおさえていただきますと読みやすくなるかと思います。良かったら、こちらをお読みくださいm(_ _)m
         ↓


こちらが前回のお話です。お話が繋がるので、よろしければご覧ください。

では、この川を橋で渡っていただき『引越物語』第35話をお読みください(*´ー`*)






「未希さん、お話があるんです。」

「なぁに。今日は顔色いいじゃない。昨日よく食べてたもんね。」
麻美の紅潮した顔に、20歳の若さと危うさを見た。

未希は自分にない人生を歩む麻美に、どこか同情や憐れみを持ってしまって衣食住を世話することが押しつけがましくなっていたのではないかと考えていた。少し前に誕生日を迎え20 歳になったばかりではあるが、そろそろ一人暮らしを提案しようとしていたところに麻美のほうから話があると言う。きっと同じことを考えていたのだろうと、笑顔で未希は食卓についたのだった。


「未希さん達に、こうやっていつまでもお世話になるのも悪いし。それに、私もう子供じゃ…ない…から…。」

ソイラテを飲みながら笑顔でうなづく未希とは対照的に、強張った麻美の顔が密かに痙攣している。


「そうよね。麻美ちゃんは立派な大人だもの。私ね、もっと早く本当のことを麻美ちゃんに話すべきだった。」
龍誠に任せるつもりだった父親の死を、このタイミングで話さないのは不誠実だと未希は思った。

「あぁ。もしかして未希さんが伝えたいのは私の毒親の話ですか。それなら、彼から聞いて知ってます。死んだんでしょ、あのチェックのシャツのおじさん。」

せいせいしたとばかりの表情に、未希は唖然とした。

「そうなのね。知ってたの麻美ちゃん…。あの常連さんがお父様だと知ってたのね。」
彼、という言葉に棘を感じながら、麻美の次の言葉を待った。

「やだー未希さん。あんな奴に様なんていりませんよ。チェックのシャツは、私とママを置いてけぼりにした日に着てたのと同じようなデザインを選んで着てたんですよ、あいつ。気づいてもらいたいって思ってたんでしょうね。こっちはトラウマになってんだから、思いだしたくもないのに。」

あぁ。時々こうなるなぁと未希は思う。麻美は怯える子羊の時と、崖の上で独りで立つ一匹狼の時がある。今は狼になっているから、まだまだ毒を食らわば皿までだろう。

はぁー。大きな溜息をつき、意を決して麻美は話し始めた。

「ごめんなさい。私……。妊娠してるんです。彼がいつまでも言ってくれないから、家出しちゃって。それで、こんなことになってしまって。さすがにいたたまれなくて。一人で産むつもりです。ごめんなさい、未希さん。」

テーブルに額がつきそうな程、麻美は頭を下げ続けた。

「お相手は、ひょっとして私が知ってる人なの?」

自分で言いながら、何を分かり切ったことを尋ねているのだろうと未希は笑いがこみあげてきた。

「ふふっ。馬鹿げてるわ、私も麻美ちゃんも。彼はただのバカだけどね。」

「ちょっと待ってください。なんで笑うんですか。最後まで聞いてください。」

自分のしたことの意味を少しずつ未希を通して確認している麻美は、若さや生い立ち、パニック障害に逃げ込んできた自分を初めて悔いた。

「ごめんね、麻美ちゃん。シラフじゃ聞けない。とてもじゃないけど。ワイン呑まない?20歳なんだから。」

「すみません、未希さん。すみません。赤ちゃんに良くないから…。」

親が誰かは生まれた時には否応なく解るだろう。できれば、他所で産んでもらえないかと未希は赤ワインのボトルを開けながら思う。

「あーぁ。ずっとマリオ任せだったから、コルクが砕けて落ちちゃったわ。」

茶漉しをワイングラスにセットして、なみなみとジェノヴァの義母から贈られた赤ワインを注いだ。

「この赤ワインも、もう呑めないのね。残念!」
一気にグラスを呑み干した未希が、麻美を見下ろす。恩を仇で返す麻美と、同じテーブルに座るのは生理的に無理だった。

「大丈夫よー。麻美ちゃん。私達は事実婚だから。結婚したけりゃ、いつでもどうぞ。」

なんの涙なんだろう、この娘の涙は。泣きたいのは私。自分が言いたいこと言う時は過呼吸にならないんだ…。

「結婚なんて…結婚なんてしません!彼は、他の学生ともこうなってるんですから。」

「カレ、カレって、気を遣ってるつもり?マリオって呼べばいいのに!」

「名前なんて呼びたくありません!ちゃんと聞いてください。彼はクズの女たらしです。私だけじゃないんです。もう中絶しちゃったけど、同じ学部の子が同じことになってしまって退学してるんです。」

耳の奥でプチプチと何かが弾けている。ぼんやりとポップコーンが食べたいと未希は思った。無意識に赤ワインのボトルを空けていた。

「彼と結婚なんてしません!でも、赤ちゃんは産みたいから、こうしてお話してるんです。」

「私の許可なんていらないでしょう!!!」

二人共、私の目の前から消えろ!!!!!

「ありがとう、麻美ちゃん。本当のことを話してくれて。」

「すみません。お世話になりました。二度と高知には来ません。さようなら。」

駆け足で未希の家から立ち去る麻美を、立ち聞きしていたマリオが追いかけて行った。






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