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日経記事より”値上げ交渉の科学”を考える~原価計算と価格交渉術~

 日経新聞(2022年7月8日(金)朝刊1面)に、『価格転嫁「不十分」8割:景況感、4四半期ぶり改善 原料高で先行きに影』の見出しがありました。記事によれば、住友化学の岩田圭一社長が「価格転嫁は今年度の最大の課題」と強調するほど、受注者の「値上げ交渉」は重要なテーマになってきています。

 そこで当note記事では、価格交渉パターンを提示した上で、価格の元となるコスト(原価計算)の考えを整理。そして価格交渉をどのように”科学”するのかについて、考えてみました。

1.価格交渉パターン例

 まず価格転嫁の考えについて見ていきましょう。原材料価格の高騰が続く中、発注者(下図A)が値上げを拒み売価は据え置かれ、受注者(下図B)の原価アップにより利益を圧迫する状態。日経新聞”価格転嫁「不十分」8割”とありますように、日本中でこの問題が発生していると言うことですね。受注者Bにとって死活問題になってくるので、価格交渉が必要になってきます。

図①:価格転嫁が進まないと、受注者Bの利益を圧迫することになります。

 実際の取引現場は、こんなに単純ではないと思いますが、価格交渉パターンを提示してみました。”もともと100円で取引していたが、105円に値上げ交渉する場合”の受注者Bの価格交渉を見ていきます。
 ①まず、成行価格の110円を提示します。
 ②発注者Aには「なぜ10円も?」になるので、理由を丁寧に説明します。
 ③最後に営業努力をアピールしながら、105円の着地を狙います。

図②:値上げ交渉例の一つに、”成行価格の提示”が考えられます。

 ・・・いろいろツッコミどころがあると思いますが、まず最初に「成行価格って何?」になりますよね。成行価格とは、受注者Bの営業努力を考慮していない場合の価格です。例えば具体的に、原材料価格高騰分等(外部要因)や、発注者Aによる発注減によるコスト上昇等(Aの要因)を上乗せした価格が成行価格になります。この成行価格110円をスタートに、営業努力をアピールしながら、目標である105円着地を狙う訳です。

 この価格交渉パターンの数値を使って、交渉イメージをグラフ化すると下図の通りになります。特に発注者Aに値上げ要求を呑んでもらうには、特に成行価格になる10円のプラスを丁寧に説明する必要がありそうです。

図③:価格交渉パターンの数値を使って、交渉イメージをグラフ化しました。

 値上げ交渉ともなると、発注者から相当の質問攻撃される可能性があるのでは。最悪、競合他社に乗り換えられる場合もあります。そこで、受注者には「価格交渉時のカンニングペーパー(カンペ)」を事前に準備し理論武装をしようと言う訳です。
 上図グラフの価格交渉パターンのカンペは、下図の通りです。もちろん発注者にはカンペの内容は伝えず、受注者の頭の中に入れて交渉に臨むことになります。これだけの内容を準備するには、そもそも原価計算の知識も必要になりそうですよね。

図④:価格交渉時のカンニングペーパー(カンペ)とは?

 それでは次に、”価格交渉に使う”原価計算の内容を見ていきましょう。

2.価格交渉で使う原価計算の知識

 原価計算の説明に入る前に、いったん当note記事の全体像を示します。これから”価格交渉で使う原価計算の知識”ということで、コストの仕組みを理解(Step.1)していきます。そして次に、価格交渉術を整理(Step.2)していきます。Step.2の価格交渉術は方向性を示すに留め、Step.1の原価計算の説明をメインに説明していこうと思います。

図⑤:コストの仕組みを理解(Step.1)の上、価格交渉術を整理(Step.2)していきます。

 因みに価格交渉術を整理する時、『価格交渉ノウハウハンドブック』も有効な手段になります。中小企業庁が『適正取引支援サイト』を立ち上げていますが、このハンドブックは中小企業庁の出版物一覧内で入手することも出来ます。ファイル添付しましたので、是非ご活用ください。

 これから”価格交渉で使う原価計算の知識”を掘り下げていきましょう。原価計算の知識は簿記検定でも勉強することが出来ますが、簿記検定は「作る側の知識」の試験。経理担当向けの試験ですよね。
 でも、価格交渉は経理担当より営業担当の問題。むしろ「使う側の知識」の視点が必要になります。この視点となると、中小企業診断士試験が一番近いように思われます。「数値に強い営業マンが重宝される」と言われているのは、まさにその素養かと考えています。
 よって、外部コンサルタントの立場から、支援先企業の(営業担当を含む)経営者にアプローチする視点で見ていきましょう。

2-1.”使う側”の原価計算知識

 『原価計算基準』は費目を「材料費」「労務費」「経費」の3つに区分され「制度会計上のルール」となっています。「製造原価報告書」の様式であり、原価計算基準の費目別原価計算をする際には必要となる区分ですが、経営者側の管理要件にそのまま当てはめて良いか?が疑問になります。
 ところで経営者とコンサルタントの両者の決定的な違いは、企業の内部者か外部者かに尽きると思います。経営者が費用でイメージするのは、費用管理部門の担当者の顔。対して外部コンサルタントの場合、担当者の顔は思い浮かびません。まして『制度会計上のルール』だけに固執し”ヒト”を見ず、数値ばかり眺めても、ドツボにハマります。よって経営者視点に近づくため、「誰(Who)?」の観点で区分し、労務費・操業費・設備費・管理費に分けてアプローチすることが、大切だと考えています。

図⑥:「誰(Who)?」の観点で、部門別に区分してアプローチします。

 「労務費・操業費・設備費・管理費に区分してからアプローチするのは何となく分かった。これでコンサルタントは、経営者や営業担当とどのようにコミュニケーションとるの?」
 下図は「分析メモ」を書き込むフォーマットです。経験則ですが、このフォーマットでしたら、顧客先のどの部門(Who)にどのような内容をヒアリングするか、イメージが付きやすいと感じています。メモの取り方ですが、例えば「修繕費がXX円増加した」という事象説明は表面的でNG。背景を深掘りして「設備Aの老朽化対応が課題となっている」レベルまでメモするようにします。とにかく十分に掘り下げ、取捨選択して経営者にお伝えします。

図⑦:顧客先のどの部門(Who)にアプローチするか、分かりやすくなります。

 労務費・操業費・設備費・管理費のどの費目(What)をターゲット設定、担当部門(Who)にアプローチするまで説明しました。あとの問題は、どのようにアプローチ(How)するかですが、費目ごとに異なります。各費目で共通して言えることですが、「既存の課題を解決するだけは二流。一流は課題自体を見直し、解決すること。」と言われています。自戒の意味でも、課題を深掘りする習慣は大切ですね。

図⑧:どのように(How)アプローチするかは、課題の深堀が大切。

 「費用とコストは違う」と言われています。どう言うことでしょうか? 例えば労務費コストを想定してみましょう。”業界あるある”は、従業員の高齢化による給与ベースアップや、作業効率化で残業時間削減等、費用面ばかり目が行きがちになります。片手落ちですよね。用語の厳密な定義はさておき、次の数式で捉えると多面的に評価できるようになります。
  コスト(労務費分)= 費用(労務費)/生産数量

図⑨:コストを考える時には生産数量の考慮は必要不可欠です。

 この式から注文数が少ないのでコストが上がり”値上げ交渉”につながる訳です。価格転嫁の問題は、特に「労務費」「エネルギー費」で価格転嫁が進んでいないと言われています。そこで以下、「労務費コスト」「設備費コスト」の2大コストの仕組みを見ていくことにします。

2-2.労務費コストの仕組み

 規格化された標準的な製品を連続大量生産する「総合原価計算」を前提に話を進めます。工程別に要員が配置されており、部品ごとに通る工程が異なります。部品ごとに工程別コストを積み上げていく訳です。工程の具体例(一例)で説明します。
 下段の生産管理部分で、コスト計算の分母部分になります。塑型とは、鍛造、圧延、プレスなど金属加工法の一つです。材料に対して力を加えて変形させ、製品の形を作っていきます。塑型で形を作って、加工で磨いて、複数の部品を組み立てるという工程をイラストで表現してみました。
 次に上段を見ていきましょう。部品に要員ごとの労務費費用管理され、コスト計算の分子部分になります。これを下段の生産管理部分で割り労務費コストを計算するというイメージになります。

図⑩:労務費コストは”工程別に積み上げる”イメージになります。

 分子の労務費の費用管理について、掘り下げて見ていきましょう。大抵、価格転嫁でイメージするのは「賃率」では。賃金のベースアップが賃率に跳ね返ってくるからです。でも「賃率」って、中長期的な事業計画で決まってくるので、経営者でも中々動かすことは難しそうですよね。
 そこで着目したのが「要員数」「残業」。働き方改革が叫ばれる現在、特に管理が重要となってきている2項目です。価格交渉時でも「突発発注が要因で残業の割増賃金分が増えた」や、逆に「仕事の効率化で調整出来そう」等、交渉材料になるのではと思われます。

図⑪:「要員数」「残業」が働き方改革でも重要な管理項目です。

2-3.設備部門の関連コスト

 設備部門の関連コストの内容に入っていきます。価格転嫁の問題で、よく取り上げられるのが「エネルギー費」。でも設備部門の事業計画の観点で見てみると変動費部分しか見ていないことになります。固定費部分にあたる減価償却費と修繕費にも着目し、価格交渉の材料と考える訳です。

図⑫:設備部門の事業計画の視点に立つと網羅的にコストが見れます。

 では設備費である、減価償却費修繕費を見ていきましょう。この2つの費用科目に投資額を加えて、3つの項目から説明していきます。
 まず、”①事業成長性”。これはキャッシュフロー計算書の視点になります。設備部門の担当者がキャッシュフロー計算書を意識して事業計画を立てているのは稀だと思いますが、事業成長性がプラスの事業計画を立てる場合は、「投資額>償却費」を目安に投資計画を組むことは、設備部門でもよくあることだと思います。
 次に、”②維持管理”。これは損益計算書の視点になります。耐用年数到来による償却費の減少と設備経年劣化による修繕費の増加と負の相関関係も考慮しながら修繕計画の見通しを立てます。

図⑬:設備費は「事業成長性」と「維持管理」の2つの視点を考慮します。

「減価償却費等の設備費って、会社の内部計算上の話。なぜ価格交渉に関係するの?」
 それは発注者の要請により設備投資につながる場合が多いからです。極端な例を挙げると、発注者が計画発注量を過大に見積誤り、結果として無駄な設備投資を受注者にさせてしまった場合、発注者が損害補償のために値上げ交渉に応じることも想定されます。

図⑭:発注者の要請により設備投資につながる場合、価格交渉の余地はあります。

 以上、原材料費と比べて価格転嫁が進みにくいコスト労務費、エネルギー費、減価償却費、修繕費」を中心に見てきました。各社の個別事情はあると思いますが、受注者にとって、価格交渉時の手持ちのカードを多く持っていた方が有利なのは明らか。自社のこれらのコストを深掘りする価値はありそうです。

3.価格交渉術を”科学”する

 これまで、Step.1「コストの仕組みを理解」するフェーズを見てきました。受注者にとって、価格交渉時の手持ちのカードを多く持っていた方が有利なのは明らか。最後に、Step.2「価格交渉術を整理」するフェーズを紹介します。アプローチ方法は様々考えられますが、共通キーワードは「売上を科学する」です。

図⑮:コストの仕組みを理解(Step.1)の上、価格交渉術を整理(Step.2)していきます。

 ”科学”とは、”一定の目的・方法のもとに種々の事象を研究する認識活動。また、その成果としての体系的知識”を言います(goo国語辞書より)。価格交渉にあてはめると、アプローチ方法は色々あると思いますが、例えば今まで説明してきた原価計算の知識を皮切りに価格交渉用のコンテンツを作成。複数の製品の価格交渉に適用し、アンケート結果を分析、次のアクションにつなげることも一例として考えられます。価格交渉用のコンテンツをもとに、PDCAを回しながら企業を支援していくイメージですね。

図⑯:価格交渉用のコンテンツをもとに、PDCAを回しながら企業支援するイメージです。

 冒頭の日経新聞の通り「価格転嫁は今年度の最大の課題」とし、価格交渉の支援を必要としている企業ニーズは多いのでは。新進気鋭のコンサルタント達が中小企業を支援し、日本経済が元気になって欲しいと考えています。

<以上となります。最後まで読んで頂き、ありがとうございました。>


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