柊木葵

小説を書いています。お寿司が好きです。青魚に巨大な愛を。

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記事一覧

『不良における座右の銘とその変遷』より抜粋 第十三章

 あまねく不良は座右の銘を持っている。  私が前章までで述べてきたことであり、そしてその変遷は時代とともに移り変わっていった。だがそれでも、彼らはそれを自らの第…

柊木葵
2か月前
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記憶にございません

 真夏の風が久しぶりに開けた窓から入ってきて、部屋に湿度と温度を取り戻させていた。近所の公園で遊ぶ子どもの喚声が風に乗って届き、コロナも落ち着き始めたことを思い…

柊木葵
5か月前
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ユニコーンの先へ

 見張りに連れられて、崖までやってきた。見張りの男たちは崖のてっぺんまでの道のりをわたしに教えると、すぐさま崖に背を向けた。男たちが彼の獣を見ると目がつぶれるら…

柊木葵
8か月前
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夜船を食う

 私の住む地域では、お盆の夜に一艘の小舟を海に流すしきたりがあった。小舟には皿にもられたぼたもちがいっぱい積みあげられている。夜が更けるころ、それを海に流すのだ…

柊木葵
9か月前
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名づけるために

 秋山が寝たのを確認してトイレに行く。便座のふたを開けて、ズボンを下した。射精後の切れの悪い尿が出切るのを待ちながら、秋山の思うがままにされたことを思い出す。死…

柊木葵
1年前
5

小田原城のために

 おれはおまえを赦さない。理由は、おまえがいちばんわかってるはずだ。忘れたなんて言わせない。あのときのこと。なによりも大事なおれたちのこと。口に出さなくたってわ…

柊木葵
1年前
5

邂逅まで

 私はあなたを待っていた。  おかえりなさい、はじめまして、こんにちは、こんばんは、おはよう、おやすみ、さようなら。あなたが来る日を、私はずっと待っていた。あの…

柊木葵
1年前
1

もういない場所で

 二〇一九年、徳島市の国府町の民家で、明治ごろのニホンオオカミの頭骨が見つかった、とネットニュースになっているのを見た。これは、あのとき生首だ。あれから、どこか…

柊木葵
2年前
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『不良における座右の銘とその変遷』より抜粋 第十三章

 あまねく不良は座右の銘を持っている。
 私が前章までで述べてきたことであり、そしてその変遷は時代とともに移り変わっていった。だがそれでも、彼らはそれを自らの第一義として常に胸に留め、自分の行動の指針としていた。そしてそれは前述したように一種の信仰のようでさえあったと。
 さて、私がここで述べるのは特異な例である。彼らはほかの、いわゆる不良の括りでまとめるにはあまりにも特殊すぎるがゆえ、私はこうし

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記憶にございません

 真夏の風が久しぶりに開けた窓から入ってきて、部屋に湿度と温度を取り戻させていた。近所の公園で遊ぶ子どもの喚声が風に乗って届き、コロナも落ち着き始めたことを思い出す。
「すっかり夏だなあ」
 高村は揺れるカーテンを見ながらつぶやく。
「暑いな。窓、閉めるか?」
「いや、いい。お前を思い出すと、いつも暑さも思い出す」
「そうか」
 私は冷酒を舐めるように飲む。高村も同じようにした。
「俺たちも、歳を

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ユニコーンの先へ

 見張りに連れられて、崖までやってきた。見張りの男たちは崖のてっぺんまでの道のりをわたしに教えると、すぐさま崖に背を向けた。男たちが彼の獣を見ると目がつぶれるらしい。だからここからはわたしひとりでいかなければならない。崖にはひとつだけ迂回路があって、そこを使って登っていく。細い道で人ひとり分、それも身体のちいさなひとでなければ難しいような道だった。吹きすさぶ風で降ってくる砂礫をいちいち頭で払いなが

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夜船を食う

 私の住む地域では、お盆の夜に一艘の小舟を海に流すしきたりがあった。小舟には皿にもられたぼたもちがいっぱい積みあげられている。夜が更けるころ、それを海に流すのだ。船食い様に捧げるために。お盆から向こう一年、安全な漁をできることを願って小舟を流す。わたしはそれを食べたかった。大量に載せられたぼたもちをひとつ残らず食べたかった。船食い様は船を食べたいだけなんだから、ぼたもちはいいじゃないか、と。けれど

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名づけるために

 秋山が寝たのを確認してトイレに行く。便座のふたを開けて、ズボンを下した。射精後の切れの悪い尿が出切るのを待ちながら、秋山の思うがままにされたことを思い出す。死ぬかと思った。実際、秋山は殺す気だったと思う。今日も生き延びてしまったことは僕にとっては幸いで、秋山にとっては本懐を遂げられなかったことを意味する。僕はいつか死ぬ。それは人がみな死ぬという意味ではなく、自らの意思で、希って、秋山の本懐のため

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小田原城のために

 おれはおまえを赦さない。理由は、おまえがいちばんわかってるはずだ。忘れたなんて言わせない。あのときのこと。なによりも大事なおれたちのこと。口に出さなくたってわかることを、おまえは誤った。だから、おれはおまえを赦さない。理由がわからないなんて言わせない。こんなこと、言わせないでほしかった。



 『ランドマークの死』

 あの日、お前は海を見ていた。俺は隣に腰かけて、缶ビールをちびちび飲んだ。

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邂逅まで

 私はあなたを待っていた。

 おかえりなさい、はじめまして、こんにちは、こんばんは、おはよう、おやすみ、さようなら。あなたが来る日を、私はずっと待っていた。あの人と一緒に。けれど、あの人は私の近くにずっと居てくれなかった。いつから私だけになったのか、それはわからない。けれど、いまでも待っているはずだ。あの人はどこにいようと、あなたを待っていることを知っている。そうしてあなたはあの人であるかもしれ

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もういない場所で

 二〇一九年、徳島市の国府町の民家で、明治ごろのニホンオオカミの頭骨が見つかった、とネットニュースになっているのを見た。これは、あのとき生首だ。あれから、どこかの誰かを守ってくれていたんだろう。立派につとめを果たしていたのだ。でも、それがなんだというのだろう。私はPCの画面を見ながら、弟が生まれた日のこと、祖母のことを思い出していた。



 兄がうまれたころ祖父が死に、祖母が死んだころわたしが

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