あまねく不良は座右の銘を持っている。 私が前章までで述べてきたことであり、そしてその変遷は時代とともに移り変わっていった。だがそれでも、彼らはそれを自らの第…
真夏の風が久しぶりに開けた窓から入ってきて、部屋に湿度と温度を取り戻させていた。近所の公園で遊ぶ子どもの喚声が風に乗って届き、コロナも落ち着き始めたことを思い…
見張りに連れられて、崖までやってきた。見張りの男たちは崖のてっぺんまでの道のりをわたしに教えると、すぐさま崖に背を向けた。男たちが彼の獣を見ると目がつぶれるら…
私の住む地域では、お盆の夜に一艘の小舟を海に流すしきたりがあった。小舟には皿にもられたぼたもちがいっぱい積みあげられている。夜が更けるころ、それを海に流すのだ…
秋山が寝たのを確認してトイレに行く。便座のふたを開けて、ズボンを下した。射精後の切れの悪い尿が出切るのを待ちながら、秋山の思うがままにされたことを思い出す。死…
おれはおまえを赦さない。理由は、おまえがいちばんわかってるはずだ。忘れたなんて言わせない。あのときのこと。なによりも大事なおれたちのこと。口に出さなくたってわ…
私はあなたを待っていた。 おかえりなさい、はじめまして、こんにちは、こんばんは、おはよう、おやすみ、さようなら。あなたが来る日を、私はずっと待っていた。あの…
二〇一九年、徳島市の国府町の民家で、明治ごろのニホンオオカミの頭骨が見つかった、とネットニュースになっているのを見た。これは、あのとき生首だ。あれから、どこか…
柊木葵
2024年6月2日 17:52
あまねく不良は座右の銘を持っている。 私が前章までで述べてきたことであり、そしてその変遷は時代とともに移り変わっていった。だがそれでも、彼らはそれを自らの第一義として常に胸に留め、自分の行動の指針としていた。そしてそれは前述したように一種の信仰のようでさえあったと。 さて、私がここで述べるのは特異な例である。彼らはほかの、いわゆる不良の括りでまとめるにはあまりにも特殊すぎるがゆえ、私はこうし
2024年3月3日 16:09
真夏の風が久しぶりに開けた窓から入ってきて、部屋に湿度と温度を取り戻させていた。近所の公園で遊ぶ子どもの喚声が風に乗って届き、コロナも落ち着き始めたことを思い出す。「すっかり夏だなあ」 高村は揺れるカーテンを見ながらつぶやく。「暑いな。窓、閉めるか?」「いや、いい。お前を思い出すと、いつも暑さも思い出す」「そうか」 私は冷酒を舐めるように飲む。高村も同じようにした。「俺たちも、歳を
2023年12月10日 22:18
見張りに連れられて、崖までやってきた。見張りの男たちは崖のてっぺんまでの道のりをわたしに教えると、すぐさま崖に背を向けた。男たちが彼の獣を見ると目がつぶれるらしい。だからここからはわたしひとりでいかなければならない。崖にはひとつだけ迂回路があって、そこを使って登っていく。細い道で人ひとり分、それも身体のちいさなひとでなければ難しいような道だった。吹きすさぶ風で降ってくる砂礫をいちいち頭で払いなが
2023年10月28日 00:06
私の住む地域では、お盆の夜に一艘の小舟を海に流すしきたりがあった。小舟には皿にもられたぼたもちがいっぱい積みあげられている。夜が更けるころ、それを海に流すのだ。船食い様に捧げるために。お盆から向こう一年、安全な漁をできることを願って小舟を流す。わたしはそれを食べたかった。大量に載せられたぼたもちをひとつ残らず食べたかった。船食い様は船を食べたいだけなんだから、ぼたもちはいいじゃないか、と。けれど
2023年3月13日 23:27
秋山が寝たのを確認してトイレに行く。便座のふたを開けて、ズボンを下した。射精後の切れの悪い尿が出切るのを待ちながら、秋山の思うがままにされたことを思い出す。死ぬかと思った。実際、秋山は殺す気だったと思う。今日も生き延びてしまったことは僕にとっては幸いで、秋山にとっては本懐を遂げられなかったことを意味する。僕はいつか死ぬ。それは人がみな死ぬという意味ではなく、自らの意思で、希って、秋山の本懐のため
2023年3月13日 23:14
おれはおまえを赦さない。理由は、おまえがいちばんわかってるはずだ。忘れたなんて言わせない。あのときのこと。なによりも大事なおれたちのこと。口に出さなくたってわかることを、おまえは誤った。だから、おれはおまえを赦さない。理由がわからないなんて言わせない。こんなこと、言わせないでほしかった。 『ランドマークの死』 あの日、お前は海を見ていた。俺は隣に腰かけて、缶ビールをちびちび飲んだ。
2022年10月28日 21:54
私はあなたを待っていた。 おかえりなさい、はじめまして、こんにちは、こんばんは、おはよう、おやすみ、さようなら。あなたが来る日を、私はずっと待っていた。あの人と一緒に。けれど、あの人は私の近くにずっと居てくれなかった。いつから私だけになったのか、それはわからない。けれど、いまでも待っているはずだ。あの人はどこにいようと、あなたを待っていることを知っている。そうしてあなたはあの人であるかもしれ
2022年7月31日 13:36
二〇一九年、徳島市の国府町の民家で、明治ごろのニホンオオカミの頭骨が見つかった、とネットニュースになっているのを見た。これは、あのとき生首だ。あれから、どこかの誰かを守ってくれていたんだろう。立派につとめを果たしていたのだ。でも、それがなんだというのだろう。私はPCの画面を見ながら、弟が生まれた日のこと、祖母のことを思い出していた。 兄がうまれたころ祖父が死に、祖母が死んだころわたしが