ユニコーンの先へ

 見張りに連れられて、崖までやってきた。見張りの男たちは崖のてっぺんまでの道のりをわたしに教えると、すぐさま崖に背を向けた。男たちが彼の獣を見ると目がつぶれるらしい。だからここからはわたしひとりでいかなければならない。崖にはひとつだけ迂回路があって、そこを使って登っていく。細い道で人ひとり分、それも身体のちいさなひとでなければ難しいような道だった。吹きすさぶ風で降ってくる砂礫をいちいち頭で払いながら登った。わたしは死ぬのだろうか。彼の獣の相手をする、ということはそういうことなんだろうと思っていた。これまでの人だってそうだった。だったらわたしもそうに違いなかった。生贄に選ばれてしまった時点でもう決定された事柄となるのだ。
 頂上に着くと、そこは一面草原になっていて、一本だけ大きな木が生えている。その根元に、それはいた。山羊と馬の合いの子のような動物だった。木陰にいても光っているように見える美しい銀色の毛並み。たてがみは銀を編み込んだ糸のように風に揺れ木漏れ日を反射させる。そしてなによりあの立派な角。螺鈿の輝きで天を指す角は人なんて簡単に串刺しにしてしまえるのだろう。わたしは一歩一歩、近づいていった。彼の獣は動かずそこで待っていて、わたしが目の前に行くとようやく首を振るわせ、わたしの髪をひとくち食んだ。顎を動かしながら頭を下げ、きれいに並んだ長いたてがみの列を見せつけるようにする。撫でろ、ということなんだろう。わたしはその通りにする。それは気持ちよさそうに声をあげ、後ろ足で立ち上がると屹立とさせた性器を見せつける。わたしは思わず目を逸らした。厭なことを思い出してしまった。でも、これはわたしの勤めなのだった。生贄が最後にしなければならない仕事。夏至にいちばん近い日曜日に彼の獣の世話をして満足させる。彼の獣にとって、完璧な日にしなければならない。そのために純潔な女のみが選出される(それはたいてい村で不要とされる女だった)。彼の獣は純潔な女を好み、また純潔な女のみにしか触れることができないという。そして最後は文字通り跡形もなく消される。一説では彼の獣に食べられているとも、この世ではないどこかへ連れていかれるとも言われている。もし仮に、生贄を差し出さなかった場合、ありとあらゆる災いが村に降りそそぐのだそうだ。蹄は地を震わせ、たてがみは嵐を巻き起こし、唾(つばき)は病を呼ぶ。そうしてその長い角が村の人たちを串刺しにして回るのだ。
 しばらく首を撫でていると、それは脚を畳み込んで横になった。わたしも合わせて地面に尻をつける。彼の獣は器用に身体を反転させ、頭をわたしの膝にのせる。ぞっとして取り払おうとして思いとどまった。それをすれば完璧は崩れてしまう。力を入れて太股の肉に頭をうずめるのにひたすら耐えていた。そこで、なんだ、と思った。こんなの別にいままでと変わらないじゃないか。姿形が違うだけだ。だったら、いままで通りすればいい。こんなこと慣れっこだった。
 物心ついた時には両親はいなくて、教会で育てられた。でも、わたしの穢れがはじまる頃から牧師の目が変わった。することも。だからわたしは教会を抜け出して村はずれのあばら家に一人で住んでいた。けれど、そこにも牧師はやってきた。今度は牧師だけじゃなくてそれ以外にもいっぱいの男がきた。でも、わたしは最後の最後で清いままだった。ずっと最後の慈悲だと思っていたけれど、そうじゃなかった。このためだった。彼の獣の生贄にするため。隠れて食べ物やお金を恵んでくれていた村の姉さま方がどんどん姿を見せなくなったのも後でそれが理由だとわかった。誰もわたしのところに来なくなったとき、わたしの順番がまわってきた。残ったお金や食べ物はみんなわたしのような少女たちにあげた。崖に向かうとき、村の男たちは決してわたしを見ようとはしなかった。夜には全身を隈なく見つめていたというのに。
 彼の獣がひときわ大きないななきをあげた。性器からは夥しい量の白濁した液体が飛び出ていく。日が暮れつつあった。もうわたしの勤めは終わる。
 横になっていたそれは立ち上がると前足でわたしの肩を押し、組み伏せる。角で器用に服を剥ぎ取ると股間に口をうずめる。今日が穢れの日ならよかったのに、と思った。男たちも穢れの日ばかりはそこに触れることを忌避したから。しばらく舐めると満足したのか、下半身をたたんでのしかかるようにしてきた。性器をわたしに擦りつける。頭の上で角が揺れる。天を指し上を向き続けるそれを見て、欲しいと思った。わたしにもこんな立派な角がほしいと。わたしは手を伸ばして、その角に触る。挿入されそうだった。痛みで、わたしは思わず角をつかむ。そして引っ張った。折れるくらい。自分でも信じられない力だった。わたしは彼の獣を角を折ってそのままそれの首に突き刺した。簡単に彼の獣は死んだ。わたしはなにか高揚するものがあった。わたしは角を持って崖を降りた。見張りふたりも串刺しにした。村へ戻って男たちにも突き刺していく。なんと容易いことだったんだろう。わたしは少女を連れて村を出た。それはわたしにとって完璧な日曜だった。


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