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俺のロマン

お題……月の欠片(226文字増)

 月の欠片かけらを拾った夜は、奇跡が起こると、小さい頃祖母に言われていた事を俺は思い出していた。

「ばぁば、お月様は何で欠片を落とすの? その欠片は誰にでも奇跡起こすの?」 
「あ~起こすよ。じゃなきゃ不公平だろ? お月様は優しい光を注いみんなを包み込んでくれる」
「ふ~ん。良く判らない……けど、じゃあ、僕も拾える?」
 祖母は俺の頭をを撫でながら、
「勿論。颯人はやとが良い塩梅あんばいになったら。その時、ちゃんと落ちてくるよ。だから見逃さないようにね!」
「うん! 楽しみにしてる!」

 俺は結構長い事それを信じている。いや、今も期待しているよ。
だってロマンだろう? 月の欠片が落ちてくるなんてさ。

 そんな祖母も五年前、俺が二十三歳の時に他界した。
本人も寿命だって判っていたのか見舞いに行くと、
「颯ちゃん来てくれて有難うね。忙しいだろうに……最近じぃじがちょくちょく来るんだよ」
って笑いながら言うから、
「ダメだぞ! じぃじに言って。
まだ早いって。そうだ……ばぁば、俺まだ月の欠片拾えないよ~」
祖母はうんうんと頷き、
「そうかそうか。焦らなくて大丈夫だよ……必ず颯人にも良い塩梅が来るからね」
俺はなんだか安心したのを覚えている。
「また来るよ。じゃ!」
これが祖母との最後の会話になった。
 それから三日後祖母は逝ったんだ。
 
 俺は二十八で恋愛結婚した。
それなりに幸せなんだと思うが、仕事に忙殺される日々にへとへとなんだよ。
だからかなぁ、月を見ると、どうしても言いたくなるんだ。
「ばぁば……拾えない。まだ良い塩梅じゃないのか?」
ってさ。

 それから二十年。
秋の夕暮れの虚しさを? 同僚と噛み締めながら飲んでいた。
「おっ!悪い!古女房がつの出してる。ここはおごるから帰るわ」
はいはい!どうぞどうぞ。
俺たちは店を出ると別れた。
単身赴任の俺は、誰もいない部屋に帰るだけだ。仕方ないブラブラするかぁ。
 東京にも帰ってないなぁ。
ふぅ……まあ向こうは、亭主何たら留守が良いだろうからなっ。
子供もデカくなってさぁ、生意気なんだよ。ハァ。
なぁ三日月さんよぉ、欠片はどうした?
「ふ~今夜も綺麗な三日月だよ。どこに欠片落としてるだろうな。なぁ~ばぁば?」
 あれ? こんな所にバーなんてあったか? おっ! 名前が気入った。 「ニュームーン」だと!
時間を見ると八時前だ。
一杯だけと心に決め、俺は少し重たい扉を開けた。
「いらっしゃいませ……こちらへ」
少し飲みすぎた俺には、冷たいお絞りが気持良い。
 メニュの初っぱなに書いてある「誕生日カクテル」が目に飛び込んできた。
しばし悩んだが、
「誕生日カクテルの10月9日お願いします」
と、声をかけた。
「少々甘めてますが、よろしいですか」
マスターの低めの声が心地良い。俺は頷く。暫くすると綺麗な赤色のカクテルが置かれた。
「グルームチェイサーでございます。カクテル言葉は、真心を込めて人助けが出来る才能の持ち主でごさいます」 
俺は思わず、
「祖母にぴったりだ」
と口走っていた。
「それはようございました」
微笑みながら答えるマスターに、心が和んでくるの感じる。
微かに流れるジャズに、心を預けている俺は何となく、月の欠片の話をマスターに話し始めた。
この人なら笑うまい。
「なんか子ども騙しだけど。そんな事が仮にあったら、この世の中幸せになれる人が、少しは増えるなぁなんて思ったりして。俺もあやかりたいしね」
「本当ロマンですねぇ。私もあやかりたいです……素敵お話のお礼に、ブルームーンを作らせて頂いてもよろしいですか?」
「えっ!ブルームーン? 初めてです。なんか嬉しいなぁ。では遠慮なくお願いしようかな」 
出されたカクテルは、名前の通り綺麗なブルーだった。
「カクテル言葉は色々言われておりますが。今夜は「奇跡の一杯」とさせて頂きます。そして奇跡は、ミステリアスと少しの好奇心で起きるかもしれませんね。ではどうぞお召し上がりくださいませ。」
俺は深く頷きながら、
「確かに……好奇心なんて忘れていました。頂きます! うん!美味しい!」
楽しい時間を過ごし、上機嫌な俺は、また来ることを約束して店を後にした。

 携帯が鳴る。
「パパ! ママが……ああ~ああ~」 
切れた……かけ直しても繋がらない。訳わからん。タクシーの中で思考がぐるぐる回る。
家族は東京だぞ? 家の電話も繋がらない。何故だ。腑に落ちない。だが、妻に何かあったことだけは確かだ。落ち着け! 如何どうしたって今夜は帰れないんだと、言い聞かせても収まらない動悸。
鍵も上手くさせない程のパニック状態で、部屋の入り明かりを付けた。
「ハア?」
テーブルの上には、オードブルとシャンパンetc、そして寝室から押し出される様に出て来た妻
月恵。
パーンパーンとクラッカーを鳴しながら息子ひかると娘きらが続く。
「結婚記念日おめでとう!パパアンドママ!」
殆ど帰らない俺に逢いたくて来たとか何とか暫く騒いで、子供たちはホテルを取ったからと帰って行った。
 一気に静寂の波にのまれ照れ臭くなった俺は、
「月でも見るか?」
なんて慣れない言葉を発する始末。
「月の欠片見付からないの?」
そう優しく呟くおまえが、やけに愛しいくて抱き締めてしまった。

奇跡の一杯はミステリアスと少しの好奇心かぁ。ああ~確かに奇跡は起きた。まさかの団欒だんらん
ばぁば……見える?ここだよ。
俺の宝物は今この腕の中にいるよ。煌めく光とも共にね。
有難う! ばぁば!
ああ、本当良い塩梅だ。

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