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「幽霊ライター」怪談師:水乃しずく 原作:日向猫猫

怪談師:水乃しずくによる「語り」はこちらからどうぞ。
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幽霊ゴーストライター

この話は身バレが危うく、どこそこにも迷惑かかるかしれない話なので正直迷ったのですが、当時関わった人から「この辺の話を濁したり、内容を微妙に改変すれば話してもいいんじゃない?」と、お許しをもらったので……話すことにしました。

今回、話すのは「ゴーストライター」というお話。
二十代の頃、私は作家やライターなどをやりながら、ちょっとここじゃ言えないような裏のお仕事。いわゆる「ゴーストライター」なんかも少しやっておりました。
「ゴーストライター」、簡単に言うと「おおやけにできない代筆」ですね。よく言われるのが当時人気だった芸能人・アイドル本の執筆、人気作家やライターの仕事が回らない時の代打的なことも。
あと……、稀ではありますが、鳴物入りで起用した「新人作家」がその重圧から潰れた時、その補填要員だったりですね。出版スケジュールの変更がもうきかない場合「とりあえずでいいから」と、私のような輩が駆り出されるのです。

ゴーストに求められるスキル。それは「憑依力」なんです。いかにその作家が書きそうなことを再現できるか、そこが勝負みたいなところがありまして。その辺、私はそれなりに評価してもらっていたみたいです。
当時、私はまだ何者でもない新人作家。本を出したり、記事を書かしてもらったりはしましたが、それだけで食える状態ではなかったんです。
それなりに稼げるんです、ゴーストって。まぁ、「口止め料」もコミみたいなところもあるので。

そんなある日のこと。ちょうど今くらいの季節、お盆前くらいだったと記憶しています。
何人かの編集さんにはお世話になっていましたが、何かのパーティで名刺もらったくらいの薄い関わりの編集さんから、突然の電話をもらいました。
「あ、どうもK澤です。急な話なんだけどさー、俺の仕事手伝ってくんない?」
正直、そのK澤さん。あまりいい噂を聞かなかったこともあり「今、ちょっと忙しいんで」と、断ったんですが、半ば強引に話を進められました。

その電話の後、新宿のカフェに呼び出され詳細を聞きました。

「うちの新人ちゃんのI本、知ってるでしょ?
 あの子が飛んじまってさぁ。短期連載中だったんだけど、あと3話だけでいいからユーレイしてくんない?」

「飛ぶ」というのは何らかの理由で書けなくなったということ。普通にスランプだったり、連絡がつかなくなって逃亡してしまったり、連載のプレッシャーからくるものがほとんどです。
「ユーレイ」というのは言わずもがな「ゴーストライター」のことですね。

I本さんは、出版社の新人コンペから出た女の子。短編の読み切りを経て、ミステリー小説でデビュー。これがそこそこ売れて「あの〇〇を書いたI本先生の新連載」と、大きく広告を打っていました。
当初は長期連載の予定だったはずなのに、連載開始からすぐに人気は陥落。全10話での打ち切りが決まったばかりでした。

「私、I本さんとは面識がないので、引き継ぐなら一度打ち合わせをしないと」
そう、持ちかけましたが……
「あの女、原稿もとばすわ、ロクな原稿も書かねぇわ。挙げ句の果てに逃げやがった。美人作家とか言われてチヤホヤされてただけで、実際はポンコツだったんだよ。あんなやつの担当になって、こっちは迷惑かけられっぱなしだ」
K澤は早口で捲し立て、すごく嫌な気分がしました。

打ち合わせもできない、残り3話の大まかなプロットもない。しかも監督不行き届きの責任をおそれ、出版社には内密にしたいとのこと。
つまりK澤との直接交渉の案件。これがバレたら私も同罪、業界から干される可能性だってある。そんなリスクを負うわけもいかず、丁重に断ろうとしました。しかし。

「去年のあの本、あれって君がゴーストしたんだろ? あれも出版社に内緒だったそうじゃないか。噂に聞いてね、気になって調べてみたらビンゴだったよ」
前に一度、お世話になってた編集さんのお願いでゴーストをした話でした。もちろん公になったらまずい話です。それは、シンプルに脅迫でした。
当時の私にそれでも突っぱねるほどの強い意志もなく、泣く泣くK澤の依頼を引き受けました。

時間の猶予もなく、その足でI本さんの自宅に案内されました。
2階建ての木造のアパート、その2階の角部屋。外観こそ古めかしかったのですが、部屋はそれなりに女の子らしい可愛い内装でした。
1Kおよそ10畳はあったと思います。窓に面して白い机があり、その上はたくさんの原稿が散らばっていました。

「あいつはもう帰ってこないから、自由に使ってくれ。書き損じの原稿とか、ネタ帳、資料もあるからそれを見て適当にまとめてくれ。あ、あと原稿の筆跡は似せてくれよ。アガリのチェックは俺だけじゃなく別の編集もいる。変に怪しまれたくないからな」

K澤は当面の食糧、と言ってもそのほとんどがカップラーメン。それをドサっと部屋の隅に投げ捨てると、逃げるように部屋を出ていきました。それは……原稿が上がるまでほぼ「軟禁状態」を意味するものでもありました。

まるで面識のない他人の家にぽつりと取り残された私。ゴーストといえど、こんな状況はもちろん初めてでした。普通はそれなりに詳細な打ち合わせをして、資料をもらって自宅で筆を取ります。こんな投げっぱなしはありえないんです。

原稿の猶予はおよそ10日。1話15,000字ほどで、3話で45,000字。原稿用紙換算で約120枚。スケジュール的にはプロット3日、執筆3日、推敲2日、予備日で2日の計10日間。
まぁ、本来はそれほどハードなものではないんですが「知らない人の家に勝手に居座る」という状況の気まずさもあり、できる限り早く仕事を片付けようと、さっそく資料を漁ることにしました。

重圧で逃げ出した作家とは思えないほど、書きかけの原稿やその資料はきれいにまとめられていました。今後の話の展開もしっかり固められていたようで、結末まで問題なく書き切れるほどの美しいプロットも用意されていました。

私は普段はパソコンで原稿を書いていることもあり、原稿用紙は実に久しぶり。机の脇のペン立てにはセーラーという有名メーカーの万年筆。ターコイズブルーの綺麗な模様で、丁寧に手入れされていました。
「I本さん、大切な万年筆お借りします」と、さっそく試し書きをしながら3話分の構成を練りました。
気づけば陽も落ち、窓の外は真っ暗でした。夕飯を食べることも忘れ、時間は午前1時過ぎ。集中力というべきか、憑依力と言うべきか、この万年筆を握った瞬間に意識が持っていかれる感覚もありました。
まさに「何かに取り憑かれるように」そんな感覚。我に還った時は身体も精神もどっとその重さを感じ。そのままベッドに倒れ込みました。

明け方、眼を覚ますと胸の鼓動が異常に早く、得体の知れない圧迫感。部屋中の空気が私の上に塊となり、のしかかってくるような重み。天井がぐにゃっと湾曲して見えました。これが夢なのか、金縛りの一種なのかわからぬまま、しばらくその状態は続きました。
息をプハっと吐き、ベッドから飛び起きると時間はもう昼過ぎになっていました。身体中にはあぶら汗、喉もカラカラの状態だったので水分補給し、シャワーを借りることにしました。

着替えなどの用意もなかったため、I本さんのジャージを借りました。
軽く食事を済ませ、昼過ぎまで寝てしまったその遅れを取り戻すため、すぐに作業を再開しました。
2日目の夜には構成も決まり、本原稿の執筆を開始しました。そして、しばらくして「ある違和感」を覚えました。
私は左利きなのに、無意識で右手で執筆をしていたこと。いくらゴースト……、憑依して書くとはいえ、利き手までは変えられるはずはないのですから。
でも、この万年筆を持つとI本さんの意識であろうものが流れ込み、身体を乗っ取られるような感覚に陥りました。ゴーストライターとして更なる高みへと覚醒してしまったのか、今まで味わったことのない「最高にハイ」なモードになった自分に酔いしれるほどでした。
もうこうなると筆は止まらない。ただひたすらにほぼ無意識で原稿用紙を埋めていきました。

次に我に還った時は4日目の深夜。机の上に突っ伏して寝ていました。おそらくほぼ丸一日、24時間以上は書き続け、そのまま限界を迎えたのでしょう。
腕を枕に寝ていたため、右手は痺れ、赤く腫れ上がっていました。
右の手首には手の跡がくっきり。どういうわけか左手でぎゅっと握りしめていた、それも相当な力で……そんな手の跡でした。

5日目の昼に原稿は仕上がりました。もう身体も精神力も憔悴しきっていたのと、仕上がったその安堵感から、深い眠りにつきました。

「どん!」という勢いよくドアが開く音に目が覚め、部屋にK澤が入ってきました。
「ずっとケータイ鳴らしてただろ。連絡には出ろ。お前まで飛んだと思って慌ててきたんだ」

その怒号に言葉を返す気力もなく、机の上の3話分の原稿を黙って差し出しました。

「何? もう完成したのか。それならいい。原稿さえあればもう内容なんてなんでもいいんだ。適当に片付けて帰っていいぞ。金は振り込んでおく。イロはつけておくから、この件は絶対に口外するなよ」

K澤は私の手から原稿を奪うと、また逃げるように部屋を出ていきました。

最後のシャワーを借り、自分の服に着替え、部屋をできるだけ綺麗に片付けました。I本さんが帰ってきた時のために、事の経緯と、勝手に部屋を使ったそのお詫びを添え、原稿用紙に手紙を書こうと思いました。
でも……、どこを探しても、あの万年筆がない。まるで一心同体のように手に馴染んでいたあの万年筆がどこにないんです。しばらく探しましたが見つからず、とりあえず別のペンを使い、この万年筆の件のことも添え、手紙を書き部屋を後にしました。

それから、3日経ってもお金が振り込まれることもなく、K澤とも連絡が途絶えました。入稿した原稿がどうなったかもわからぬまま一週間が過ぎました。

右手首の跡が痣になり、その痛みは増すばかり。やむを得ず整形外科に行きました。
先生は驚いた様子で
「すごい痣だね、内出血どころか骨に少しひびが入っているよ。こんな強い力で一体誰に掴まれたの?」

「いえ……これは、私が寝ぼけて自分で握りしめていたみたいなんです」
そう伝えました。
「そんなはずはない。この手の跡は明らかに右手だからね。自分の右手じゃどうやったって自分の右手首は掴めないからね」
そう、言われました。
……しばらく考えいたこと、考えないようにしていたことがありました。
I本さんはもうこの世にはいないんじゃないか、と。

それからまた数日後のこと。担当の編集さんとの打ち合わせでした。
「あ、知ってる?あのK澤ってやつのこと。あいつ捕まったんだよ。びっくりだよな、監禁と死体遺棄だってよ。
被害者はI本ってうちの新人作家だよ。原稿ができないからってその子の家に何日も監禁して、自殺に追いやったそうだ。その死体をどこかに埋めただとかなんとか……」

その話を聞き、たまらずに今回のことをその人に全て告白しました。
その後、私も事情聴取なども受けましたが、その際に私が彼女の部屋で原稿を書いていた頃は、もう彼女はこの世にはいなかったということを知りました。
あの部屋、あのベッドの上で……彼女は手首を切って自殺をしたということも。

書きかけの原稿。きっと無念だったのでしょう。あの万年筆は彼女のもとへ還ったのだと思いました。
ゴーストライターは私ではなく、きっと彼女の方だったのでしょう。

幽霊ゴーストライター」完……?



朗読家、水乃しずくさんに今回の怪談話の「語り部」になっていただきました。今回の作品への想いを語っていただきました。
今作で彼女の声に魅了された方、「朗読や語り」のご依頼なども承ってます。そのポテンシャル! 半端ないッス!

水乃しずくさんとのコラボ作品はこれ3作目になります。
朗読作品のリンクもありますので、そちらから気になるものをどうぞ。

▶︎note創作大賞ノミネート作品 [Re:電脳虚構]
作品リストリンク
01 
善意の都市 -bad? intentions-
02 
人生テトリス -identity-
03 
マッチング・アベニュー -encounter-
04 
秘密の花園 -Lady Player One-(書籍未収録作品)
05 
リトライ -simulator-

朗読作品リンク
01 
善意の都市 -bad? intentions-(朗読:水乃しずく)
02 
人生テトリス -identity-(朗読:やなせなつみ)
03 
マッチング・アベニュー -encounter-(朗読:やなせなつみ)
04 
リトライ -simulator-(朗読:やなせなつみ)
05 
夏休みの終わりに -robotics- (朗読:水乃しずく)

「電脳虚構」はKindleでも発売中。
全10話のオムニバスです。


先日、生放送した
水曜日のKindleトーク特別編 「幽霊談(ユーレイトーク)」

この水乃しずくさんの「幽霊ゴーストライター」を含む、Xスペース企画です。

こちらのアーカイブもあります。
怪談師(登壇順、敬称略)
けんいち
ハクメイ
ICTのねこ
・日向猫猫(ひなたねね)
モッキー
水沢隆宏

こちらは、いまや怪談界の「時の人」。
TVやYouTube番組にも多数出演し、大ヒット中の「幽霊インタビュー」著者、水沢隆宏さんにも登壇していただいています。
この話も怖かった……。


余談ですが。
幽霊ゴーストライター」完……? ←コレ

私は言わば「アリバイ工作」に使われたわけですが。
秘密裏にゴーストライターを雇い、その原稿さえ上がればI本さんは少なくてもその期間は生きていた・・・・・ということになります。

じゃあなぜ……?
K澤の犯行が明るみになり、逮捕に至ったのか……。
その秘密は<彼女に書かされた原稿>にあります。

それは……
「ダイイングメッセージ(死に際の伝言)ならぬ
「デッドメッセージ(死者の伝言)」でした。

このあたりのお話もいつか「完全版」として、話せるときが来ましたら……ということで。

作品の感想などお待ちしております。
どうぞよろしく!

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