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電脳虚構#3 | 秘密の花園


午後の教室。

ちらちらと校庭の木々の隙間からもれる光、薫る風が窓から入ってくる。

「あぁ・・もう春なんだなぁ」と、その穏やかさについウトウトしてしまう。


今は古文の授業中、この先生の話は強烈な子守唄の効果がある。

ほら、右斜め前のヨッチャンもかなり寝むそうだ。
というか、あれはガッツリ寝てるわ。

さすがにまずいよ、、起こしてあげないと。

「ヨッチャン・・ヨッチャン、起きて」

と、鉛筆の先でつつく。だけど、反応はなし、、。
先生の気配を感じ、私は咄嗟に身を引いた。

「コラァ、ヨシムラ!授業中だぞ!起きろ!」

その声と同時に、ヨッチャンの頭にチョークが当たった。

「コツンっ!」

その衝撃で、ヨッチャンの映像が乱れ、回線がおち、視界から消えた。

「あいつ、授業中に居眠りだけじゃなく、ログアウトするとは何事だ!」


ずっと前に世界に大変な疫病が流行って、人々は家にこもる生活様式になった。
会社も、学校も、レジャーも、ショッピングも全部、家からこのVRゴーグルを通して行われる。

この教室も、窓の外の風景も実際にあるわけではない。
ひとりひとりがオンラインでアクセスして、この仮想学校に「アバター登校」をしている。

ヨッチャンが教室に戻ってきた。

「先生〜〜!いっくらVRだからって、触覚センサーあるんですから普通に痛いですよー」


VRといっても、その中でちゃんと「五感」も再現されている。

友人とじゃれあったり、校庭を走ったり、みんなでご飯食べたりも普通にできる。キスしたり、それ以上のことも...。
ころんだり、居眠りしてチョークを当てられたりすればもちろん痛い。

うちの学校は女子高で、クラスは40人。
入学から卒業まで、アバターのみのつきあいだ。

でも友情は確かだし、青春もしっかり謳歌している。

「登下校パック」を課金して【 通学路 】をアンロックすることで、仲間と通学を楽しむことだってできる。

課金制度はいろいろあって「部活パック」「委員会パック」
NPCの恋人・友人をカスタマイズできる「恋愛・青春パック」は人気だ。

女子しかいない学校だけど、結構みんなフツーに恋愛している。
オンナ同士でも、、ね。

そして、容姿を変えられる「着せ替えパック」


しかし、この「着せ替えパック」が問題となる。

基本的にアバターは、個人に埋め込まれた「生体チップ」でスキャンされたデータを基に生成される。
なので、アバターの容姿は本人そのもので偽造ができない。

本来の「着せ替えパック」は、制服や髪型、バック、靴、あとメイクを少しいじれる程度だった。
このシステムを改造して、容姿や性別まで詐称する事案が多くみられるようになった。

「女子高」というのは「秘密の花園」。

男性は女子高生に容姿をかえて、堂々とそこで高校生活を送る、いわゆる「ヘンタイ」がたくさん捕まった。

うちの学校ではさいわい、まだ発見されてない。

このクラスは40人、入学からずっと一緒で3年間、同じ時間を過ごしている。
そしてあと一か月で卒業。

ヨッチャンも、みーこも、さなぽんも、かなりんも、ゆうちゃん、あさこ、れーな・・・
みんなみんな大切な仲間。(内緒だけど、ヨッチャンとは親友で・・それ以上のカンケイ)

だから「ヘンタイ男」なんてこの中にいるわけないわ!って、みんなで笑った。

それから数日、アバター詐称の件は深刻化し、政府がその対策に本腰を入れることに。

「これですよ、真実の鏡。通称”ラーのかがみ”です」

ニヤけた国の大臣が、ドヤ顔で記者会見をした。


”ラーのかがみ”とは大昔に流行ったゲームが由来しているという
「そのかがみに映された者は真実の姿を現す」という伝説的なやつ。

これを仮想空間に組み込むことで、アバター詐称をあぶり出すという対策らしい。そのシステムは優秀で、世界中でその効果を発揮し、次々に「ヘンタイ」を検挙した。


「うちらはもう卒業だから関係ないね、ってかウチら40人の絆と青春なめんなよーー」
と、その様子をみてまた爆笑した。


しかし、その余裕な40人の女子たちを横目に、その対策は意外なほど早く、ついにウチの学校でその ”ラーのかがみ” が力を発揮してしまう。

...1年生のクラスで「男」が検挙されてしまう。

「マジ?あの子知ってる。。部活の後輩だもん」

小さな声で、みーこが言った。とっても声が震えていた。

「う、うちらはだ、、、だいじょう、、ぶだよ、、ね」

みんな「もしかしたら・・」と疑心暗鬼になり、過度なスキンシップを避け、着替えなんかも隠れてするようになり、互いに大げさに距離をとるようになった。

「絶対そんなことはない!と、わたしは信じた。
親友のヨッチャンとは友情の..そして恋人の証で、ハグをして大泣きをした。

お互い不安な気持ちに、信じる気持ちに負けそうで、それ押しつぶすようにその日はヨッチャンと愛し合った。


卒業式、前日。

うちのクラスにも”ラーのかがみ”が回ってきた。

みんなさすがに動揺の色は隠せないようすだった。

「せ、せんせい? うちら明日卒業式だしさ。。。もうい、いまさらよくない?」

「そ、そうだよ、3年間一緒だったんだし、男なんているわけないっしょ・・」

「やめようよ、、こ、、こんな犯人さがし、、みたいなことさ」

「先生はうちらのこと信用してないってことですかー!私、悲しいです!」


泣き出す者、大声で反対するも者、勝手にログアウトして逃げ出す者。
みんなに「真実」は必要なかった。

でもわたしは確信があった、いや信じてた。このクラスは絶対大丈夫って。みんなの声を遮って、勇気をだして声を張った。

「みんな、友達じゃない!きっと大丈夫だよ!この間まで ” 絆なめんなー!青春なめんなー!” って笑ってたじゃない!
このまま、みんながみんなを疑ったまま卒業していくなんてイヤだよ・・」


クラスが静まり返った。

右斜め前のいつもの席で震えていたヨッチャンが立ち上がって、わたしの方を向いた。
そうだよね、怖いよね、、でもわたし、ヨッチャンを...みんなを信じてるから、、、

そのとき!ヨッチャンが机をバンと叩いた。

「・・いや、おまえだって”女”である証拠もないだろ、ひとりで優等生気取ってふざけんな!俺は反対だ!こんなもん誰がやるか!くだらない!!絶対に俺は反対だぞ!!!」


その言葉に静まり返ったクラスが、ざわざわしだした。

ひとり、またひとりと声をあげる・・


「あ・・いま【俺】っていったよね、ヨッチャン。」

「確かに【俺】って言ってた、あんなの初めてきいた」


言葉が出せなかった。

・・親友の・・コイビトの...大好きなヨッチャンが、、、ま、さか、、、なの?


教室の外で待機していた、行政の検査官と数人の警備員がかけより、ヨッチャンを床に押さえつけ拘束した。

「や、、やめろ””・・ふざけんな・・俺はそんな、わけのわからねぇ鏡なんていらねぇ・・・
は、、、離せーーーー!!クソがーー!!」

ヨッチャンは床に顔を押し付けられながら、今まで聴いたことのない太い声で叫んだ。
その声はもう完全に”女の子”のソレではなかった。


「それではいきますよ」と、検査官がヨッチャン・・であった何者かを”ラーの鏡”に映した。

キランと一瞬のまばゆい光にみんな目を逸らす。
そして視界が戻り、またその方を見ると・・。

小太りの50歳すぎくらいの汚い中年男性が、拘束させられていた。

クラスからとびかう悲鳴の数々。

わたしはもうなにがなんだかわかわず、思考が追い付かず、ただ涙がとまらず立ち尽くした。


その中年男性は手錠をかけられ、連行されて行った。


数分後、ログアウトして逃げた者、教室から走り去った者、泣きはらして倒れ込んだ者。そして茫然と立ち尽くす、わたし。

いったん全員、着席させられた。


そして行政の検査官から話があった。

「ヨシムラと名乗ってた人物。みての通り、アバター詐称の犯人、男だ。しかし、これで終わりではない。
ここは仮想世界だ、君ら全ての生体データはこちらでおさえてある。

ログアウトしたところで、逃げ場はない。
いま、この社会はこの生体データがなければ、生きていく術はない。

ここで”ラーのかがみ”の検査を拒否した者は、その場で生体データを抹消する。わかっているだろうが、これはすなわち【死】を意味する。

ひとつだけチャンスをやろう、この検査は一度行うと20分のチャージが必要なんだ。
全員分、検査したらなかなかの時間だろ?
わたしは無駄が嫌いだ。君らも検査がおわるまではずっと拘束だ、それはイヤだろ?

だから取引をしよう。

検査せず【男でした】と、自首すればアバター詐称の罪を少し軽くしてやろう。どうかね?悪くない取引だろう。」


みんな、震えていた。その男の声は人とも機械とも言えない冷たい声だった。

長い沈黙・・・

わたしはヨッチャンを失ったこと・・いやあの連行された小汚い男との3年間を振り返っていた。それがまだ受け入れきれず、困惑していた。


男は沈黙に、軽く舌打ちをして、大きくため息をしてまた話はじめた。

「心が決まらないかね?・・・仕方ない子たちだ。
いまから私がカウントダウンをしよう。

テンカウントだ。
10を数え終わる間だけ挙手、すなわち【自首】のチャンスをやろう。

自首をせず、その後の検査で【クロ】だった場合は・・それなりの覚悟をしたまえ。
さぁ最後のチャンスだ!39人の【女子】たちよ!大いに自首するがいい!!」

みんなの泣き声は大きくなるばかり、、どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう・・・。

「10・・・9、、さぁ君は挙手しないのかね?・・8、、ほら時間がないぞいいのかそれで!・・・7・・・」

検査官は教室内を行ったり来たりしながら、みんなを威圧し、数を進めた。そして・・。

・・みーこの手がふるえながら挙がった。その後ろの、かなりんも、、。

「おぉいいねぇ、、正直だ!さぁどんどん行こうー!6・・・」

さなぽん、ゆうちゃん、のりこ、えっちゃんも・・手が挙がる。
う、嘘だ!こんなの嘘だ!!

「もうやめましょう!!こんなこと絶対おかしい!!仮想現実なんでしょ?もう全部リセットしましょ、もう嫌だこんなの・・・」

わたしは叫んだ、、そして
あさこ、れーな・・・ヒロちゃん、れいこ、、と、また挙がった。

「仮想現実がね、いまこの時代はこっちが現実なんですよ!本体なんて、家から出られない無様なホルマリン漬けの脳みそと一緒なのだよ!はっはっはぁ〜

さぁそういう君こそ、怪しいんじゃないかぁ?・・・5・・・4・・・」

顔を上げると、クラスの半分がもう手を挙げている。
嘘でしょ?半分も男だったなんて、この3年間な、、なんだったのよぉ・・

わたしの・・お、おれの女子校ライフが、、計画が、、こ、こんなはずじゃ・・。ち、ちくしょう!

「3・・・さぁもう時間ないぞ!・・2・・いいぞいいぞどんどん挙げろ・・・

1・・・おぉみんな素直じゃないか・・・さぁ覚悟はできているかね?


・・0。おしまいだ」

その声と同時に・・最後の39人目の手が挙がった。


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