マガジンのカバー画像

古代史構想学(入門編)

16
ともに古代史を学ぶ先輩が私たちの学びを「古代史構想学」と名付けました。空想でも妄想でもなく構想です。ディテールの研究は専門家に任せる。その専門家の研究成果を拝借しながら自分の考え… もっと読む
運営しているクリエイター

記事一覧

古代史構想学のすすめ

少し学芸員の話題から離れて、古代史学習の話をしてみます。

仕事をしながら始めた古代史の勉強。ともに古代史を学ぶ先輩が私たちの学びを「古代史構想学」と名付けました。私も先輩も法学部出身なので古代史や考古学は全くの素人です。そんな素人の私たちが曲がりなりにも真面目に取り組もうとしている以上、それを学問と称してやろうよ、ということで「古代史構想学」となった次第です。空想でも妄想でもなく構想です。ディテ

もっとみる

古代史構想学 入門編(最終回)

「古代史構想学 入門編」の最終回です。最終回の今回は、古代史に取り組み始めたころのことと、古代史を通じてセカンドライフをどう充実させようとしているのか、を紹介して終わりにしたいと思います。

ビジネスマンとしてのキャリアを店じまいするにあたってセカンドライフをどう過ごそうか、と考えて出した答が「子供の頃からやりたかった古代史をやろう」ということでした。ただ、古代史をやるといっても何をするのか、何を

もっとみる

古代史構想学 入門編(14)

今回は私が考えている日本建国史における仮説の一部を超ダイジェストで紹介したいと思います。
 
私が古代史を考えるにあたっては、正史である日本書紀をもとに、古事記や魏志倭人伝などの他の文献や考古学の知見を掛け合わせ、自分なりに最も納得性の高いシナリオを仮説としてまとめていく、というプロセスをとっています。その前提として、古事記や日本書紀の記述はたいそうな装飾や編集、嘘っぽい創作じみた話、神話など明ら

もっとみる

古代史構想学 入門編(13)

今回は神武東征と徐福伝説を訪ねる実地踏査ツアーの最終回です。熊野三山をあとにして向かった先が、産田(うぶた)神社、花の窟(はなのいわ)神社、波田須の徐福の宮、阿古師(あこし)神社です。
 
まず産田神社。この神社には主祭神として伊奘冉尊(いざなみのみこと)と火の神である軻遇突智(かぐつち)が祀られています。日本書紀には「伊奘冉尊は火の神である軻遇突智を産んだ際に焼かれて死に、紀伊国の熊野の有馬村

もっとみる

古代史構想学 入門編(12)

神武東征と徐福伝説を訪ねる熊野への実地踏査ツアーの3回目になります。

勝浦温泉で旅の疲れを癒した3人の2日目は補陀落山寺からスタート。ここは今回の主旨に関係ないのだけど、極楽浄土を目指して小船で漕ぎ出すという思想に興味があったので立ち寄りました。しかし残念ながら、ここから旅立った人々の名が刻まれた碑を見ても、保存されている実物の渡海船を見ても、本尊の観音さまを拝んでも、その思想は理解も共感もでき

もっとみる

古代史構想学 入門編(11)

前回の熊野本宮大社から今回は熊野速玉大社、神倉神社、阿須賀神社を紹介します。
 
熊野速玉大社は新宮川の河口近くにあって、祭神は熊野速玉大神と熊野夫須美大神となっており、これまた聞いたことのない神様ですが、伊邪那岐神と伊邪那美神のことだそうです。
 
神社公式サイトを見ると「熊野の神々はまず初めに神倉山のゴトビキ岩に降臨され、その後、景行天皇58年、現在の社地に真新しい宮を造営してお遷りになり「新

もっとみる

古代史構想学 入門編(10)

今回より実地踏査の舞台を奈良の葛城から和歌山の熊野に移したいと思います。この熊野ツアーは纒向遺跡を一緒に踏査した3人が再び集うこととなりました。
 
2016年の2月、記紀の神武東征説話と徐福伝説を訪ねて、私たち三人は一泊二日の熊野ツアーに出かけました。大阪から熊野へは国道168号線で紀伊半島を縦断するルートです。

途中、谷瀬の吊り橋での休憩をはさみながら山の中をひたすら走り続け、熊野本宮大社へ

もっとみる

古代史構想学 入門編(9)

葛城の鴨三社を見た後に向かったのが、高天彦神社(たかまひこじんじゃ)です。高鴨神社を出て葛城山麓バイパスを少しだけ走ったあと、さらに急な坂を金剛山の中腹まで登ります。途中、徒歩による参道が車道から分岐していました。歩いて参拝する人もいるのでしょうか。

車で登りきったところに神社があります。駐車場から本殿までの参道は並木道になっていて何ともいえない有難い雰囲気に満ちています。前述した参道を登ってく

もっとみる

古代史構想学 入門編(8)

今回は約4年前の6月に奈良県の葛城一帯を訪ねたときのことを書きます。

訪ねたところは順に、孝昭天皇陵→鴨都波神社→葛木御歳神社→高鴨神社→高天彦神社→室宮山古墳→葛城一言主神社→孝安天皇陵、です。葛城は古代の大豪族である葛城氏の本拠地であり、鴨氏(賀茂氏)の出身地とも言われています。しかし、ほぼ思いつきの踏査だったために事前の下調べをせず、スマホ片手に回ることになりました。

今回は鴨三社と呼ば

もっとみる

古代史構想学 入門編(7)

7回目の今回はいよいよ纒向遺跡の中心を見て回った様子を書こうと思います。

実は纒向遺跡は九州の吉野ヶ里遺跡のような史跡公園になっているわけでもなく、358本もの銅剣が出土した出雲の荒神谷遺跡のように発掘時の状況が再現されているわけでもありません。発掘された場所は全て埋め戻されていて遺跡を遺跡として認識することはできません。案内板が立っているだけなのです。(2020年3月現在は史跡公園として整備が

もっとみる

古代史構想学 入門編(6)

纒向遺跡ツアーの続き、今回は三輪山登拝後の至福のひとときを紹介します。

三輪山登拝を終え、狭井神社のご神水でひと息ついて時計を見るとすでに12時を回っていました。炎天下での2時間の山登りで疲労困ぱいの上に体温の上昇も甚だしく、ランチ休憩をとることにしました。入ったお店が大神神社の二の鳥居近くの福神堂という御食事処。お昼どきでそこそこお客さんがいたように記憶しているが、たまたま空いていた奥の小上が

もっとみる

古代史構想学 入門編(5)

今回はまず纒向ツアーのメインイベントであった三輪山の登拝を紹介したいと思います。

三輪山は奈良盆地の南東部、奈良県桜井市にある標高467mの山で、三諸山(みもろやま)とも呼ばれ、御諸山とも記されます。古代より自然崇拝の対象とされ、山そのものがご神体であるため、神職以外は入山できなかったのですが、明治以降は入山心得を守れば誰でも登れるようになったそうです。
ご神体に登ることから、登山ではなく登拝と

もっとみる

古代史構想学 入門編(4)

今回は宮崎ツアーに先駆けて訪れた奈良の纒向遺跡について書きたいと思います。

纒向遺跡は奈良県桜井市の三輪山の北西麓一帯にある弥生時代末期から古墳時代前期(3~4世紀)にかけて栄えたと考えられている集落遺跡です。
3世紀といえば卑弥呼の時代にあたります。卑弥呼や邪馬台国が登場する中国の史書である「魏志倭人伝」には、西暦239年に魏の皇帝が卑弥呼に対して「親魏倭王」の称号とともに金印を授与したことが

もっとみる

古代史構想学 入門編(3)

今回は私が古代史にはまる直接のきっかけとなった仲間との宮崎旅行を紹介したいと思います。

このツアーのテーマは前回でも書いた通り「神話の里を訪ねる旅」でした。
1泊2日のツアーは、熊本空港から高千穂へ入って天岩戸神社や高千穂神社を参拝して高千穂で宿泊、翌日は延岡へ出て海岸沿いを南下、西都原古墳を見学して宮崎空港で解散、という行程だったと記憶しています。

このツアーは、自分の脚で現地へ赴き、自分の

もっとみる