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クリエイティビティはどこから 〜星野源さんから学んだもの〜

正直、星野源さんが嫌いでした。それも結構。

明らかに才能に溢れているし、それでいて人間として達者だし、爽やかだし、そしてガッキーと結婚するし。嫉妬の業火に焼かれてしまうので、星野さんが出ている番組は基本見ないようにしていました。

しかし、孤独な駐在期間の数少ない楽しみである「あちこちオードリー」に星野さんが出演。「已む無く」見ることに。

・・・泣いてしまいました。見終わった時には星野さんのことが大好きに。曲も全部ダウンロードしかねない勢いです。「知らない」って怖いですね。

私が何にそんなに心揺さぶられたのか、最近非常に共感した「クリエイティビティを産むもの」という観点から、つらつらと想いを綴りたいと思います。

俺は顔を殴りながら仕事が出来るか?

星野さんは曲作りの苦しみの中で、顔を殴りながら書いたり、敢えて月明かりの中で目を瞑って書こうとしてみたり、、、そのルックスからは想像もつかない様な試行錯誤を繰り返されていたそうです。

また、それらの仕事への投下時間がすごい。月明かりの中で3−4時間模索し、そして一文字も出て来なかったと。自分にアイデアを下ろすためには何でもする、時間も幾らでも掛ける、という強い意志を感じます。

更に、曲作りの辛さから、時には絶叫しながら山手通りを歩き回るほどの「狂気」の面も。

その後多忙な日々になり、睡眠時間は移動時間+αのような生活になると、今度は其々の仕事に一所懸命に打ち込みます。しかし、全ての仕事に全力で打ち込みすぎた結果、ふと落ち着いた時にくも膜下出血で倒れられてしまいます

テレビには「良い面」しか映らないので、これだけの作品を発表されている星野さんの裏側を知ることは出来ませんでしたが、やはりどんなクリエイティブな方でも、とんでもない苦しみ・努力の果てに成果があるのだと思い知らされました。

この星野さんのエピソードから、「投下時間」と「没頭」というキーワードが浮かんで来ます。

クリエイティビティにとって最も重要な資源は「投下時間」

これは、弊社に電通から転職されてきた方が最近執筆されたレポートにあったもので、めちゃくちゃタイムリーに「ズドン」と私の中に入ってきた言葉なので引用させていただきました。

今、私は社内の新規事業提案システムを使って、業務の傍ら新規事業を企画しています。これまではM&Aという一つの「枠組み」がある中で、試行錯誤しながら頑張ってきました。

しかし、新規事業となると全てが仮説。全てが不透明。そういう中で最も「考えること」であると痛感しています。

考えて、行動して、また考える。考えて、人と話して、また考える。

考えれば考えた分だけリターンが必ずある。その場ではアイデア出なくても、帰り道にふと浮かぶ。それは真剣に考えたあとに大抵降りてきます。私は自分のことを「超・アイデアゼロ人間」だと思っていたので、非常に新鮮な驚きでした。

振り返ってみると、仕事中は電話・メール・チャット・会議・・・様々なものに妨げられ、じっくりと時間を用意して考えることなど出来ない時間の使い方をしていました。

この体験をして以降、無理矢理にでも「考える時間」を確保することを第一優先に日々のスケジュールを組むようにしたら、通常業務のクオリティも目に見えて上がりました。脳のCPUが一個増えたような感じです。

しかし、世の「クリエイティブ職」と呼ばれる方は、それこそ24時間それについて考えているわけです。そんな人たちに、考える時間すら用意していない人間が創造性で勝てる訳がない。僕は星野さんの10分の1も考えていないでしょう。

もっともっとちゃんと時間を用意していかないといけない、その必要性を強く感じている日々です。

没頭する力

M&Aの流儀シリーズでも書きましたが、私は、M&Aに取り組んできたこの8年間、常に300%の準備をしてきた自信があります。一つの打合せ、面談、交渉、、、全ての事前準備を完璧にすることで最高の結果を導き出せる、そう思ってやってきました。

その結果、M&Aのn数は一桁ですが、成功・失敗を体系化・一般化し、人に対して説明出来るようなレベルには辿り着くことができました。

一方、この8年間、よくこう言われてきました。

「そこまでよくするね」
「なんでそこまでしないといけないの?」
「効率悪くない?もっと上手くやりなよ」

しかし、私は自分の仕事とそのやり方に誇りを持っていましたし、何より「没頭」していたので何も変えることはありませんでしたが、やはりそういうノイズに心が揺らぐことは勿論ありました。

そんな中での、星野源さんです。

誰かが見てくれているわけではない。考えた分だけお金が貰えるわけでもない。そんな中で、兎に角考え続ける、ゼロイチの努力をし続ける。これは絶対に「没頭」していないと出来ないことでしょう。

私なんかより遥かに没頭され、他人など気にせず、ひたすら努力を続けられた星野さんのエピソードに、勝手ながら

間違ってなかったんだよ

そう言ってもらえたような気がしました。

自分より遥かに考えることに時間を投下し、没頭し、やり抜き、そして結果を出す。それを体現されている星野さんが、あの優しい口調で淡々とお話しされているのを聞いて、まだ語られていないであろう100、1,000の努力を想像し、泣いてしまいました。

それと同時に、「こんな自分で満足してちゃダメだ」と喝も入れてもらった気がします。

「やるべき、やらねばならない」から「やりたい」へのシフト

今、私は社内で【「〜ねばならない」から「〜たい」へ】をテーマに、余力創出プロジェクトを推進しています。

会社勤めのビジネスマンをやっていると、どうしても日々「やるべき仕事」「やらなければならない仕事」が舞い降りてきます。しかし、それに塗れていると、自分の能力が最も活性化される「やりたい仕事」への投下時間が非常に小さくなってしまいます

しかし、その分野こそが、その人が最も独自性のあるパフォーマンスを発揮できる場所。ここへの投下時間が減る・無いのは本末転倒です。

また、「やりたい仕事なんてそもそもない」という人もいるでしょう。でも、時間が余って、課外活動をしていると、いろんな刺激を受けます。その刺激から、ふと「やりたいこと」がきっと出てきます。「やるべき仕事」「やらねばならない仕事」はその偶発性も奪うのです。

つまり、何を置いても、まずは

「〜べき」「〜ねばならない」に割く時間の圧縮

これが全てだと、日々確信を強めています。そのために何が出来るか、ぜひ一緒に考えましょう。私の日記の読者には同じ会社の方もいると思うので、このプロジェクトに興味がある方は、ぜひお声掛けください。

おわりに

冒頭でも書きましたが、改めて「知らないって怖いな」と思いました。

もちろん、今回見た星野さんの一面は、またそれもただの一面に過ぎず、実は嫌いになるような一面・五面・十面があるかもしれません。

それでも、知ろうとしなければ何も知ることは出来ません。歳を取ってくると、なんとなく色んなことを知っているような気にもなってきますし、新しい人に会うのが億劫になったり、他人との距離感も一定をキープしようとしたりします。

しかし、誰しもが世界の0.00000001%も知りません。ヒト・モノ・セカイ・カコ・・・・そういったものに常に「好奇心」を持つことで人生が豊かになり、そして未来がよりクリアに予想できるようになるのだな、と感じています。

この日記がまた、何かの繋がりを生めたらいいなと思い、終わります。

細田 薫

P.S. 前回までの「M&Aの流儀シリーズ」をマガジンに纏めましたので、リンクを貼っておきます。もしよろしければ。


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