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足がないのに足手まとい


「足手まといになっちゃったよ、足無いのにな!」
 1年程前、在宅勤務用にカスタマイズされた机の、27型の外型ディスプレイのZoom会議の画面越しに大介は言った。威勢よく言っていたが、目は座り、口角は上がっていなかった。大介は高校の同級生で、メガネの似合う彼はバスケ部のキャプテンだった。有名大学の理工学部に進学。航空工学の研究をして、大学院ではアメリ国際会議で成果を発表した。有力大手企業に推薦で内定し、航空関係のエンジニアになったようだ。大学でもバスケを続け、インカレでも活躍し、学内報にインタビューまで載ったプチ有名人。羨望のまなざしを向け、一目置かない人の方が珍しかった。
 かたや、同じ高校とはいえ写真部の幽霊部員で、勉強もそんなに出来なかった私。画像処理に憧れたが受験の数学で挫折。文転し、辛うじて同じ大学の商学部に滑り込んだ。大学デビューを試みようとテニサーに入ったものの新歓合宿で馴染めず、華やかな大学生活とは1年生の5月でドロップアウトした身からしたら、大介には嫉妬も感じない程、何もかも眩しかった。実際、大介と同級生であることを隠していたかったが、バレバレであった。キャンパスで見かけると、大介が「よっ!」と無邪気に挨拶をしてくるからなのだが。
 私は典型的な人気就職先の商社や銀行を受けはするものの、箸にも棒にもかからず、結局、第四志望群の中で内定が出たウェブ系の企業に就職した。仕事はプログラミングをしているウェブエンジニア。コロナ禍で唯一良かった事は、ずっと在宅勤務が出来る事くらい。日陰者にとって、飲みニュケーション程ウザいものは無い。Zoom会議をする3日前、大介から久々にLINEが来た。いつぶりだろうか。桜吹雪が舞う卒業式の日に、並木道の前で記念写真を、同じ高校から進学した6人位で取った時に一言二言交わしたのが最後だろうか。
「俺、右足無くなっちゃった(笑)。」
 また何の冗談だと思い、信じなかった。大介が右足を持ち上げてZoom会議の画面に見せるまでは。大介は数カ月前に交通事故に遭い、右足の膝から下を失ったそうだ。いじめてきた奴がそうなったのなら、にんまりと満面の笑みで、全身全霊のガッツポーズをしそうなところだが、大介には同情の念しかなかった。
「なんで事故になったの?」
「え?ところで、最近のウェブのエンジニアって転職どうなの?」
「どんどん敷居が下がっている感じ。プログラミングできる人って、最近増えてきてるし。結局は数学の素養が重要な気がするよ。だから大介には向いていると思う。それで、事故は?」
「なら良かった。もう少しプログラミングについて学んでみるわ。」
 大介は最後まで交通事故の理由には答えようとしなかった。大介のメガネは、汚れて靄がかかっていた。
 大介の当時の仕事は、特殊設備が多く、車いすや義足は現場に入れない。すぐに配置転換され、事務の仕事に転換されたようだ。しかし明らかにお荷物で、哀れむ目で見られたそうだ。たったそれだけで有名大手企業を辞めてしまったらしい。そこで、足が無くても影響を受けないと考えたプログラミングを始めて、IT系のエンジニアに転職しようとしていた。ウェブ面接ではスムーズにいくものの、現地の面接に行き、右足がないことを知ると、サーっと態度が変わった例が多かったらしい。不採用の理由は、コミュニケーション能力とか、プログラマーとしての経験とか言っていたらしいが、足が無いのにギョッとしていたのは、肌で感じ取ったようである。それで転職活動が上手くいかずに、私に連絡をしてきたということだった。確かに足場が特殊な業務なら、相手にされないのはまだ分かる。しかしプログラミングは、足があるかどうかなんて仕事には全く関係がない。在宅勤務なら尚更である。それでも何かと理由をつけて門前払いにしようとする。大介の気持ちも強烈なものだっただろう。特に学生の時から何をやっても、何をやっても、どこへ行ってもエースだった彼にとっては。
 私は、知る限りで車いすの社員が在籍している会社と、裁量制でフルリモートが認められている会社をいくつか紹介した。結果として一瞬で内定が出たようだ。彼が入社したのは、フルリモートを認めている会社だった。どうやら面接をした人達の中で、足の話をした人以外は、大介に右足がないのを知らないらしい。コロナ禍で他の社員と会う機会もないから、それもそうなのかもしれない。
 大介が就職して丁度1年位経った後、またZoomをした。大介は、すっかり職場の人気者になり、すぐに昇給もしたらしい。多様性が求められる社会で、徐々に障がい者の地位も確立されてきたように思っていた。それでも、まだまだ差別だと感じる部分は多いようである。将来はそういう人材も積極的に採用する会社を起業して、障がい者の居場所と生きがいを確立していきたいらしい。
「不意にも障がい者の分野は、良い人材を獲得したね。」
「やっぱ足を無くすのが一番分かるよ!またヘマって事故って、今度は左足もなくならないようにしないと!」
 メガネはもう曇っていなかった。


※大筋事実だが、個人情報と文字数の関係で一部編集ありと注意書き済

応募先

第2回「たより」大賞

結果

受賞:支援者部門 最優秀賞