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人生で一度きりの「愛してる」

恋人に対して「愛してる」なんて言葉、人生で一度も発したことがない。
お酒には心の中で何度か呟いたことはあるけれど。

それでも、盛り上がっている最中に
「誰にも言ったことないんだけど……愛してる」
と一度だけ、言われたことがある。

一気に血の気が引いて、中断した。
そのあと彼は、体温も心も冷えきった私に、もしかしたら人生最大の勇気を振り絞って、プロポーズをしてくれた。

すでに数年経っているけど、いまだに、私なんかにそんな言葉を発せさせてしまったことの申し訳なさだけが思い出。
本気で言ってくれているのかくらい、私だってわかる。
もしかしたら、私の心が離れているのを実感していて、最後の切り札的にプロポーズしてくれたのかもしれない。

私のような人間に、そんな大切な言葉を選ばせてしまって、本当にごめんなさい。いまだに、たまに思い出してはチクチクと心が痛む。

何が良かったのか、何が刺さったのか、心底分からない。
当時も私は基本冷めていて、彼が本気になってくるのに反比例して、私の心は冷めていって。
お願いだから変なこと言わないで、くらいに思っていた。

親に会わせたがったり、子供や老後の話をし始めたり。
彼は海外赴任になる可能性が高い部署にいて、
「もし赴任になったら、一緒についてきてくれる?」と聞かれたことも何度もあった。

私は当時、職場も職種も変え、新しいフィールドに飛び込んだばかり。
やる気と不安の渦中にいた。
素直に「無理。いま、私の人生がかかってる」と伝えていたし、
仕事を理由に、できるかぎり
「会いたくない」「会えない」と伝えていたつもりだし、
生理前の欲求不満なときに体を重ねられればくらいに思ってた。
馬鹿なことを、と思うかもしれないけど、20代の生理前は、そんなものです。

……書けば書くほどひどいな。
でもさ、当時は本当にそこまで心に余裕もないし擦れてた。本当に、人間として結構終わってた。言い訳にすぎないけど。


数年後、香港に赴任していた彼から突然連絡が入った。
「香港のいざこざで、日本に帰国することになったから今度会わないか?」
と、連絡が入った。

当時より大出世した彼。
比べて、当時よりキャリアにやる気も気力も希望もなくなった私。

あんな酷く距離を置いた私に、彼はなんでこんなにも優しいのか分からなくて。
「なんで? 酷いことをしたし、あなたの言葉も勇気も受け入れられなかったのに」
と、伝えたら
『出会った時、俺は本当に底辺で、救いようがなかった。そんな時に出会って、笑顔を見て、言葉をもらって、何度も救われた。
人にはきっと、救われたことへの感謝でも一生愛すべき人ができるんだな、って今では思う。それがたまたま、君だっただけ。たまたま。でも運命的に。ただ、君が僕に対してそうでなかった。もしかしたら、今後君がそうなったときに僕がそうだったら嬉しいし、期待している所もある。』
という内容が返ってきた。

……仏か?

素直で誠実なその返答に、私はなんて返せばいいのか分からなくて、結局返信ができないでいる。

私がいったい彼に何をしたのか、まったく検討もつかない。
仕事で精一杯で、心の余裕もなく、人のことを思いやれなかった時期。
私自身は、誰かのために何かをできた記憶は一切ない。
笑顔だって、今の方がまだ素直なはず。
当時は、不安と焦りと興奮で、目つきも怖かった。毎日寝不足、起きる時間と比例して増えるタバコのせいで肌もボロボロだった。
本当に、若さだけでどうにか立ってた気がする。


もしかしたら、彼には今は別に「愛している」彼女がいるかもしれないし、結婚をしている可能性もある。
それでも、弱っている今の私は、彼の優しさに甘えそうだし、
反対に、一度会ったらそれで、完全に飽きてしまう可能性だってある。もしもそうなったら、それはそれできっと自己否定が増大しそうだ。
思い出は、思い出のままにしておいた方が良い、って初恋だけに向けた言葉じゃないんだね。


友人同士が辛いときに支えになったり支えられると「大親友」や「心の友」になるのに、恋人となると「愛」や「伴侶」の話になってしまうのって、何でだろうね。

愛してる
好き
結婚してください

恋人同士、これ以外の日本語の選択肢がないから?

あぁ。誰かに気持ちを伝えるときに、的確な表現を置きたがる「人間」って、本当に面倒くさい生き物かもしれない。

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