EMILY.K

知らない世界や感情を、一人にでも届けられたら本望 | 都内のWeb編集者兼ライター |…

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知らない世界や感情を、一人にでも届けられたら本望 | 都内のWeb編集者兼ライター | 日々出合うこと、考えること、葛藤してること | 自作小説

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  • 【自作小説】カンガルージャーキー

    自作小説。子供と大人の狭間にいる男女3人の青春小説です。少し前に書いたので、設定は古いのですが、お許しを。 答えがあるものがすべてではないのだ、という現実を初めて目の当たりにしたときに思い付いた物語。

  • 葛藤

    生きていく上でふと不思議に思うこと、生きづらいな、と思うこと、こんな考えもあるのか、という発見……。完全なる個人の意見でブログ形式にしています。お酒のつまみにでもしてください。

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「カンガルージャーキー」 ep.1

 周りを見渡すと、そこはまるで迷路のように道が入り組んでいた。ただただすべてが白く、俺は諦めたように立ち尽くしている。  ふと人の気配がして振り返ると、そこには白い壁があるだけで、誰の姿もない。前を向き直すと、誰かが背中に手を置いた。あたたかく、随分と心地がよくて、俺はその迷路の出口を探すことを諦めたようにゆっくりと目を瞑った。 「お前、またこんな所で寝てたのかよ。」  わき腹を軽く蹴られ、最悪な目覚め方をした。わざとらしくうめきながら横にゴロリと転ぶと、真司はそれを足で食

    • 「カンガルージャーキー」ep.17

      ***  風が随分と冷えこんできた。朝の空気は年明けに比べて湿気を失い、紅葉の香りが混る。 「おはよう。早いのね。」  リビングに出ると、朝七時だというのに、サキさんはもう朝ごはんを食べ終わって、ブッダのご飯を用意していた。  よだれを垂らしながら鼻息荒くサキさんを追いかけるブッダは相変わらずの食欲で、初めてこいつがメスだと聞かされた時、何の疑いもなく全否定した時の感覚は、未だに消えない。  この時期、日本人向けの土産屋は落ち着いていて、毎週月曜日が定休日になる。次のピー

      • 人生で一度きりの「愛してる」

        恋人に対して「愛してる」なんて言葉、人生で一度も発したことがない。 お酒には心の中で何度か呟いたことはあるけれど。 それでも、盛り上がっている最中に 「誰にも言ったことないんだけど……愛してる」 と一度だけ、言われたことがある。 一気に血の気が引いて、中断した。 そのあと彼は、体温も心も冷えきった私に、もしかしたら人生最大の勇気を振り絞って、プロポーズをしてくれた。 すでに数年経っているけど、いまだに、私なんかにそんな言葉を発せさせてしまったことの申し訳なさだけが思い出

        • 「カンガルージャーキー」ep.16

          ***  祐樹がいなくなってから、丸々三カ月が過ぎようとしていた。大学はもうすぐ春休みに突入する。  学食では、新入生歓迎会の打合せをしている学生や、就職活動中の上級生がお互いの履歴書を見ながら何かを議論している。 「涼子ちゃん、お待たせ。」  臨時補修を終えた真司くんが、息を切らしながら前の席に座った。 「おつかれ。どう、バイト調整できそう?」  真司くんはそれには答えず、手に持ったスマホを見ると、すぐにまたポケットにしまった。 「彼女? まだ連絡来るの?」 「そうなん

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        「カンガルージャーキー」 ep.1

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        • 【自作小説】カンガルージャーキー
          17本
        • 葛藤
          3本

        記事

          「カンガルージャーキー」ep.15

          ***  クジラの捕虜を否定する国に、カンガルージャーキーがあっていいのだろうか。  観光客に向けて触れ合いツアーがあるほどに可愛がられているはずなのに、食肉として土産が売られている現実は、生まれてきた環境で考え方が違うのだという例えの一つでしかない。  そんな違いに、興味を示す人、嫌悪を示す人、無関心な人、受け入れる人……と世の中いろいろな人がいるもんだなぁ、と関心する。    土産店の人気商品は、珍味であるカンガルージャーキーとオーガニック化粧品だ。あとは暑苦しいブーツ

          「カンガルージャーキー」ep.15

          「カンガルージャーキー」ep.14

           日本に帰って来てから、退屈な時間の経過の中で、私自身の何かが変わったのを感じていた。あの星空を思い出すと、その時の感覚が蘇る。今なら何にでも立ち向かえるような気がする。単純な考えだということは分かっているけれど、楽観的に物事を見るのも悪くないかも、そう思えるようになれたのだ。それほど、あの光景と時間は私にとって大きな影響を与えるものだった。  祐樹も同じだったのかもしれない。彼の目には、何か迷いが吹っ切れたような、物事をサラリと受け流せるような爽快感が満ちていた。  帰国し

          「カンガルージャーキー」ep.14

          「カンガルージャーキー」ep.13

          ***   北半球の島国は猛暑だった。  すっかり南半球の気温に慣れていた身体は、急激な変化に追いつけなかったらしく、私は帰国してすぐに体調を崩した。スーツケースを仕舞うこともできず、始めの一週間は学校が終わるとすぐに帰宅してはベッドで過ごした。スーツケースに染みついた南半球の香りは、自然とあの高い空を思い出させるものだったけれど、淡々と過ぎる日常は、一週間前の時間が幻だったのかと思えるほど味気なく、至極退屈だった。    体調がやっと回復すると、旅行中の写真をシェアするた

          「カンガルージャーキー」ep.13

          「カンガルージャーキー」ep.12

          「あれ?日本人?」  一杯目の乾杯をしてしばらく経つと、突然、肩に手を置かれた。  そいつの声は確実に男の声だったが、振り返って目に入った人間はまるで女の子のような顔をしていた。肌は白く、髪色は金髪に近いくらい明るい。両耳に、瞬時には数えられない程のピアスをしていて、その中には小ぶりの、花のモチーフをしたものも見えた。そのピアスは、違和感がないほど彼に似合っていた。 「え、あ……はい。」  急に声を掛けられ、さらには男だと認めていいのか戸惑っていたため、声が幾分高くなってし

          「カンガルージャーキー」ep.12

          「カンガルージャーキー」ep.11

           シドニー二日目は、現地ツアーに申し込んで、ブルーマウンテンズとジェノラン鍾乳洞に行くことにした。涼子も真司も英語を勉強したい、という強い希望で、幾分日本語のものより安い英語のツアーを申し込んでいた。  昨夜早く寝たからか、朝は三人で近くのカフェでモーニングをすることにした。モーニングと言っても日本のように良心的な金額でもなかったが、空腹だった三人にとって、金額よりもボリューム重視でオーダーをする。  顔の大きさを遥かに超えたプレートに乗せられたサンドイッチを頬張りながら、

          「カンガルージャーキー」ep.11

          「カンガルージャーキー」ep.10

          *** 「りょうこちゃん!」 一番初めに気づいたのは真司だった。後ろを向いていた黒髪の女の子が振り向いた時、何度も会っているはずの彼女に、俺はドキリとした。真司の振っていた手が一瞬止まっていたのを、俺は見過ごさなかった。こいつも同じだ。  久しぶりに会った涼子は、たった一カ月だけの滞在とは思えないほど現地に溶け込んでいるように見えた。少し灼けた肌と、日本では付けないような大きなピアスをして、幾分日本のときよりも薄めの化粧は、元々の彫刻のような彼女の顔をいっそう引き立てていた

          「カンガルージャーキー」ep.10

          「カンガルージャーキー」ep.9

          ***  祐樹と一夜を共にした朝、後悔の念が一切なかったのが、自分でも驚いた。  祐樹が全身で困惑をぶつけてきたとき、私は心の底から祐樹を愛おしく思えた。彼が必死になって閉めていたダムのゲートが、一気に開いた。止めどなく流れる混乱と悲しみを、私も全身で受け止めてあげたい、そう思えた。    朝、彼は真っ先にベッドに頭を付けて謝り倒してきた。私はそれを同意の上だったと何度も言い放った。  シャワーを浴び、服を着ると、先に着替えた祐樹がマグカップを渡してきた。勝手に使ったよ、と

          「カンガルージャーキー」ep.9

          「カンガルージャーキー」ep.8

           次の日、喫煙所にいた彼女は、やっぱり独特のオーラを放っていた。そのミステリアスとも言える外見は、東南アジアの血が混じっているようで、周りの男どもの目線を感じているのかいないのか、じっと中庭の芝生を見つめていた。 「意外だね。タバコ吸わなそうな雰囲気なのに。」  中々の勇気を振り絞ってそう声を掛けたとき、俺の内心は彼女に対する嫉妬心だけだった。  その美しい外見を持っているだけでたくさんの視線を集められるのだから、真司の視線まで奪わなくてもいいじゃないか。喫煙所で真司が彼女

          「カンガルージャーキー」ep.8

          「カンガルージャーキー」ep.7

          女の子は、柔らかい。 合わせる肌はもちもちとしていて、発する声も猫のように甘く、いい香りがする。    秋を迎えて、肌寒くなってきた。  俺は昨晩出会った女の子の家で、床に落ちていた下着を履きなおしていた。 「帰るの?」 布団をかぶったままの裸の彼女が、甘えるように聞く。 「連絡先、交換しようよ。」 そう言ってベッドの横に置いてあった鞄からスマホを取り出す彼女の髪は、出会ったときよりも乱れていた。 「あー……。ごめん。」  そう言うと、あからさまに驚きと嫌悪をむき出しにした表

          「カンガルージャーキー」ep.7

          「カンガルージャーキー」ep.6

          ***  あの日、目が覚めると風邪気味だった身体が幾分軽くなっていた。変な時間にベッドに籠ったせいか、起きたのは夜中だった。  また身体がざわついてくるのが分かった。  思い出すのは真司の身体であり、腹の底から欲情という感情が留まることなく湧き出てくる。戸惑いというのはこういう事を言うのかと冷静に頭で考えられても、それを止める術を俺は知らない。体と並行して徐々に起きていく思考を止めなければと、キッチンの冷蔵庫からビールを二本取り出し、本調子でない身体に無理やり流し入れる。空

          「カンガルージャーキー」ep.6

          「カンガルージャーキー」ep.5

          *** 「意外だね。タバコ吸わなそうな雰囲気なのに。」    そう声を掛けて来た時の彼の顔を、私は今でも忘れない。大学一年の、十月の中頃だった。その日は雨が降っていたのもあって、冬の始まりを痛感するほど冷え込んでいた。タバコを持つ右手が冷め切っていたのを覚えている。  彼はげっそりとしていた。なのに、口元はニヤついて、目はやけに鋭かった。可笑しな男にナンパされたと、ついつい吹き出した。 「あれ?なんか可笑しい?」  吹き出した私に驚いて、ギラギラしていた目は急に不安そうに

          「カンガルージャーキー」ep.5

          「カンガルージャーキー」ep.4

           夏休みも終盤に差し掛かった九月、その日は前日から雨がしとしとと降り続け、気持ちも沈んでしまうほどだった。  俺は前日の交通整備のバイトで雨の中一日外に立ちっぱなしだったからか、せっかくの休みも風邪をこじらせて家で過ごしていた。溜まった洗濯物も洗えず、カップラーメンを食べてテレビを何となく付けてはだらだらと過ごしていた。   三時ごろに玄関が開き、朝からカフェのバイトに出ていた真司が帰って来た。  幾分熱でもあるのではないかと思い始めてぼーっとした頭のまま、やばい、カ

          「カンガルージャーキー」ep.4