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黒い爪

呪いは案外簡単にかけることができる。
それは無邪気に、無意識に。

昔虫取りをよくしていた。
原っぱやちょっとした森に入っては虫を捕まえカゴに入れ飼う。

幼稚園から始めた初めての趣味はずっと続いた。
虫かごに土を敷き詰めてアリを入れ、巣を作る過程を覗いたり、埋まっていたカブトムシの幼虫をサナギからかえしたり。

小学生3.4年生頃のことだ。
飼っていた昆虫が二匹同時に死んだ。
興味本位から二匹の死骸を粉々にして混ぜた。
それはもう原型が、なんの昆虫だったかわからないくらいに。

パキパキと潰れていく感触が、中から染み出る体液の感触が、それはそれは気持ち悪かった。

それでもやめなかったのは、罪悪感を快感と捉えてしまうサイコパス的な嗜好が片鱗として開花しつつあったのだろう。

それから飼育した昆虫が死ぬ度に潰し供養するのが決まりになった。

ある日、気まぐれに蝶を捕まえた。
羽をもぎ分解して持ち帰る。
飼っていた昆虫一匹と一緒にグシャグシャと潰した。

それは黒い粉となりサラサラした感触が右手を包んだ。

次第にこの行為はエスカレートする。
飼育するために捕まえていた昆虫をただ握りつぶすためだけに捕まえ、何匹もいっぺんにその小さな命を無にした。

百均で虫を潰す用の入れ物をわざわざ買い、虫だった粉をそこに保管する。
塵も積もれば山となるという言葉通り粉は積り容器を満たしていく。

狂気的、儀式めいたこの行為も意味を持ってはいなかった。

中学生になったとある日、クラスのリーダー格の男子にちょっとした嫌がらせを受けた。

モヤモヤした気持ちのまま帰りに虫を乱獲し容器の中へ押し込むと感情のままグシャリグシャリいつも以上に強く潰す。

時間を忘れるくらい夢中に潰すと気づけば残骸は残らず粉となり爪の奥に入り込んでいる。

手を洗っても洗っても爪の汚れがきれいに落ちるどころか、時間が経つにつれて黒く光っているようにも思えてくる。

翌日、朝のホームルームで担任教師からリーダー格の男子が交通事故に遭ったと告げられる。正直ざまぁみろと思った。

スカッとした気持ちでその日はまた虫を捕まえる。
握り、潰す、砕く。


嫌なことがあれば負の感情を全てぶつけた。

何日も続けてやっていれば爪はますます黒く染まる。
そんなことはもう気にもとめない。
なぜならこの儀式をすると全てが好転するから。

嫌いな人教師が病気で休養になった。
不良グループが内部崩壊して全員大怪我を負った。
見下してくる女子がヤンキーに輪姦され不登校になった。

日に日に生活が快適になる。
そのせいか頬が緩む。
その表情は酷く歪んでいた。

満員電車を待つプラットホーム、ストレスを抱える人々の中でも特にストレスを抱えていそうな男性が学生に絡んでいた。

面倒くさそうな言いがかりに学生は困惑し、周りの乗客もなるべく関わらないように遠巻きに見る。

はぁ、こんなやつ死んでもしまえばいいのに。
ぐっと力を込めて凝視する。
負に満ちる紫色の瞳が男性を捉えた。

瞬きの間に男性は消える。
悲鳴の後にブレーキ音と何かが潰れる音が重なる。

ホームを覗き込む人々、あっという間に駅員が駆けつける。

ふう、とため息をつき人々をかき分け駅を出る。
黒い爪はさらに深く根付いているようだ。

薄々気づいていたけれど、これは呪いの証。
不幸を呼ぶ度に濃く深くなる。

死を与え続けた手。
今は願うだけで死神を呼び寄せるらしい。

そして彼は狂気的な嗜好を持つ。
見たら逃げろ。

黒い爪の男にはご用心。


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