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【80】北国の空の下 ー 週末利用、自転車で北海道一周 27日目 熊石〜岩内① 2020年8月16日

※note公式マガジン「 #旅のフォトアルバム  記事まとめ」に、本稿の前日の記録「【79】北国の空の下〜26.5日目③」をピックアップしていただきました。ありがとうございます!

2015~2020年に、週末や有給休暇などを利用して、ロードバイクで北海道を一周した記録。
業務多忙、右肘骨折、早期退職と転職活動などで、1年3ヶ月のブランクができてしまいました。そしてようやく、北海道西岸の小さな漁村・熊石から、最終レグのスタートです。

▼ 「週末北海道一周」、ここまでの記録はこちらです。



◆ 熊石の朝

8月16日(2020年)。
最近は、すっかり早起きの習慣が身について、5時には目が覚めるようになりました。空はまだ灰色の雲に覆われていますが、背後の山々を覆い隠していた霧は上がっていました。
稜線の上に陽が昇れば、最高の好天が期待できそうです。

今日の行程は、岩内までの170キロ。最近は、200キロを超すルートも走っているし、ほぼ平坦なので、距離に対する不安はあまりありません。ただ、長距離を走る時は、とにかく早出が鉄則です。
前日に買っておいた朝食を部屋で済ませ、6時半に出発。

海上のもやが上がり、水平線まできれいに見えています。森からは蝉の声が、けさも喧しい。
昨日も走った海岸沿いの家並を抜けていきます。15分ほども走ると港町の細長い家並は尽き、地図に「長磯岬」と記された突端を巡り、せたな町との町境を越えました。突然海岸線が険しくなって、海上に唐突とした岩が幾つも現れます。
前方には、ピラミッド型の山塊が直接海に落ち込み、いくつかのトンネルが岩肌を貫通しているのが見えています。

▲ 町境付近から北を臨む

海面から突き出た岩の一つ一つが絵になるので、立ち止まってシャッターを押したくなってしまいます。でも全てに付き合っていたら、今日中に岩内へ辿り着けないので、たぬき岩とか親子グマ岩と名付けられた奇岩の数々を、視界の片隅に捉えるだけでパスしていきました。
海水は深い緑色。連日の荒天で、海底の砂が湧き上がっているようです。

20キロばかりをウォーミングアップで軽く流し、小さな食品スーパーとコンビニ、それにガソリンスタンドがあるばかりの交差点に至りました。今日はじめての信号があリます。
このまま国道229号線を直進すれば、太櫓越峠という低い峠を越える25キロばかりの内陸の道を経て、せたな町の中心である北檜山へ至ります。
一方、ここから左に折れる道道740号線は、海岸線を忠実に辿っていきます。この沿線にある太田山の中腹には「日本一危険な神社」などと紹介されている太田神社があります。3000メートル級の長大トンネルも控えています。北海道最西端の尾花岬もあるが、険路のため陸路から到達することはできないのだそう。かなり峻険な海岸線のようです。

北海道一周のルートとしては、当然、後者を選択しました。

◆ 道道740号線

このあたりは、せたな町大成区。町村合併前は、大成町という独立した行政区だったそうです。そのような町があったこと自体、初めて知りました。
日曜日の朝、漁港は眠っていました。時折、老人が庭先で草花を手入れする姿が見られるばかり。
向こうからから北桧山行きの路線バスがやってきました。乗っているのは運転手だけ。

上空は依然として霧に覆われています。しかし、その上には既に陽が高く昇ったようで、空は明るくなってきました。

半ば見捨てられたような荒れた道が海沿いの細々と続いている様を想像していたのですが、思いのほか整備され、起伏も少なく走りやすい。
後になって調べてみると、この道道740号線が、この先の太田集落まで開通したのは2004年、全線開通は2013年と、意外と最近のことです。全面開通までに55年を要するという難工事であったそう。
次第に明るくなる空の下、本日最初の長大トンネルである帆掛トンネル1857メートルの入り口が見えてきました。

本日のルートは、北海道西海岸の豪快な海岸線を走り抜けるルートだが、山が海に迫る険路が多く、長大トンネルが連続しています。
岩内の手前にある3570mの雷電トンネルと、この道道740号線にある太田トンネル3360mが双璧ですが、その他にも茂津多岬や雷電岬あたりに、2000m級の強者が連なっています。ツーリングマップに距離が記されているものだけでも、その総延長は23.6Kmに達します。
札幌から送毛や雄冬の険路を越えて走った日も延々と地底を走らされましたが、その時より8Kmも長い。

長いトンネルを走る時、一番嫌なのが「車が多くて、路面が荒れていて、路肩が狭くて、暗い」という奴です。内地の古いトンネルだと、歩行者・自転車用の側道どころか路側帯もないような、小口径で、路面もまともに見えないような暗い坑内を、路面の穴やひび割れにハンドルを取られぬよう、恐怖と戦いながら踏み続けねばならないことがあります。
その点、北海道の長大トンネルは、比較的新しいものが多く、そもそも自動車の交通量自体がさほどではないのは助かります。しかしそうはいっても、地底を走るのは気持ち良いものではありません。

帆掛トンネルの坑内に入ると、これまでの向い風が止みました。平滑な路面で、一気に時速40キロ前後までペースを上げて、一刻も早く抜け出そうと踏み込みます。
もっとも、そんなに急がなくても、幹線から外れた道でしかも日曜の朝8時前、私を追い抜いていった車は皆無、対向車も一台のみでした。

◆ 日本一危険な神社

帆掛トンネルを抜けると、そこは峻険な岬と断崖に囲まれ、外界から孤立した隠れ里のような場所でした。

▲ 北海道最西端・尾花岬遠望

湾の背後に、海岸から中腹までは深い森、その上は切り立った岩肌を見せる山が迫っています。これが、日本一危険と言われる太田神社のある太田山。その頂稜は霧に隠れていました。
行手にもピラミッド型の険しい山が海に迫り、海岸に近い箇所では何箇所もの大規模な崩落が見られます。尾根は徐々に高度を下げ、やがて断崖となって海に落ち込むあたりが、北海道最西端の尾花岬のようです。

海岸縁には、潮風に洗われた灰色の社がありました。これは、背後の断崖の中腹にある太田神社の拝殿で、本殿まで行くのが難しい場合に遥拝するために設けられているそう。

▲ 太田神社 拝殿

本殿までは90分程度、絶壁に近い急勾配の厳しい登り。ヒグマやマムシと遭遇するリスクもあり、さらに最後には絶壁を鉄輪とロープで攀じ登るのだといいます。ただ、本殿からの眺望は素晴らしいようで、日程に余裕のある日なら靴を穿き替えてトライしてみたいところでした。
しかし、今日は170キロの長丁場、ここで脚を使ってしまうわけにいかないので、拝殿の木戸を開け、お賽銭を上げて柏手を打ちます。
案内板に書かれた縁起によれば、元々はアイヌが対岸の奥尻島などから、この山塊に棲むというオホタカモイという霊神を崇拝し、航海の安全や無病息災を祈っていたことが起源だそう。わたしもそれに倣い、札幌までの道を無事に走り切れるよう祈りました。
なおも案内板からの引用ですが、アイヌがオホタカモイを蝦夷の守護神として崇拝していることを知った松前藩主の武田信広が、この山に登り、山腹の洞窟を本殿としました。その後、円空、木喰などもこの地に至り、仏像を残していったが、大正期に参拝者の失火によりそれらは全て失われてしまったそうです。

▼ 太田神社

▲ 太田トンネルへ続く道

再び走り出すと鳥居があり、本殿へと続く垂直の梯子の如き急な階段が深い森の中に消えています。まだ朝8時前なのに、車が何台か停まっていました。何でも乃木坂46のメンバーが本殿をお参りしたそうで、太田神社の名は全国へ広まっているらしい。

◆ 太田トンネル

鳥居の先には、太田という10軒ほどの家が身を寄せあう集落。さらにその先に、今日の行程で2番目に長い3360メートルの太田トンネルが口を開けていました。
地図で見ると、このトンネルは緩やかに蛇行しています。さらに、坑口から突入してみると、ほぼ海抜0メートルから入ったにも関わらず、錯覚かもしれないが少し下っているようです。
後に調べてみると、太田トンネルの開通は2013年と、つい最近のこと。開通に55年を要した道道740号線の中でも、最後の難関であったらしい。

このトンネルの開通に時間を要したのは、1996年の豊浜トンネル崩落事故などを受けて、当初計画されていた海岸沿いのスノーシェルターや連続的な短いトンネルなどを取り止め、長大なトンネルを掘り抜く計画に変更したことが理由の一つだそうです。
5年前に走った雄冬岬でも、二本のトンネルを接続して5千メートル近いトンネルにし、崩落懸念箇所を避ける工事が行われていました。この太田トンネルでは、既に貫通していたトンネルの中央部だけを活かし、両側から新たなトンネルを掘削して接続したといいます。曲線の多い一見奇妙な形状は、このような計画変更の結果ということのようです。

路面は滑らかで乾いていました。内部は地図の通り、緩やかなカーブが連続しています。先が見えない不気味さがそこはかとなくあります。
しかし、とにかく車が全く来ないので、トンネル特有の緊張感はあまりなく、まずまず快適に駆け抜けました。このトンネルでは結局、対向車も、追い抜いていく車も、一台もいませんでした。

太田トンネルを抜けると息つく間もなく、もう一本、1161メートルの日昼部トンネルが待ち構えていました。これを抜けると険路はひと段落し、左手に日本海が寄り添う気持ちの良い海岸線になりました。
この道道740号線は路面がきれいに整備され、クラックや陥没でストレスを感じることがありませんでした。しかも自動車の交通量が少ないという、まさにロードバイクのためにあるような、実にありがたい道。沿線人口の少なさを考慮すると、費用対効果は高くないのでしょうが。
岩内まで、まだまだ長い道が待っています。

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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。引き続き、奥尻島を沖合に眺めながら、瀬棚、茂津多岬などを巡って走ります。よろしければ続きもお読みいただけると幸いです。

わたしは、2020年に勤務先を早期退職した後、関東から京都へ地方移住(?)しました。noteでは、ロードバイクで北海道一周した記録や、もう一つの趣味であるスキューバダイビング旅行の記録、そのほかの自転車旅や海外旅行の記録などを綴っています。宜しければこちらもご覧頂ければ幸いです。

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