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好きを超越した音楽、私にとって必要不可欠な一曲

中学生になった四月、私は急に眠れなくなった。足元が熱く感じる。目を瞑っても意識が途絶えない。気がつくと天井を眺めていた。

そんな日が何週間か続き、中学校は休みがちになった。学校に行っても先生の話が子守唄のように聞こえて、授業中は夢の中に入り浸る。

そうした行いを担任の先生はよく思わない。

先生から直接注意された事がきっかけとなり、私は夜眠れないことを親に相談した。親は病院の先生に診てもらおうと言い、新小岩の診療所に私を連れて行った。

病院の先生は私の話を聞いて、私に言った。「睡眠薬は出したくない。できれば、生活リズムを整えて治して欲しい。それでも眠れないなら音楽を聞いてみて。ハープなんてお勧めだよ。」

実家のすぐ近くにあったウェアハウスで、ハープ演奏のCDを借りて、寝る前にそれを聞いた。

演奏は素晴らしかった。音も申し分ない。ただ、眠りには向かなかった。

次に自然の音CD(雨とか川とか鳥の鳴き声とかの音)を試した。森に癒されるような心地よさ。リラックスできる。しかし、夜眠ることはできなかった。

それからというもの私は探した。眠らせてくれる音楽はないかと、ウェアハウスの中を片っ端から探した。

『よく眠れるCD』『眠りを誘う音源』『ヒーリングミュージック』どれも素晴らしい音だったが、私を眠らせることはできなかった。

もう無理かもしれない。半ば諦めていた。

ある日、ウェアハウスのピアノコーナーにあった『愛の夢』というCDが気になった。愛の夢とは、フランツ・リストが作曲した3つの夜想曲(ノクターン)から成るピアノ独奏曲。第一番『至高の愛』、第二番『私は死んだ』、第三番『おお、愛しうる限り愛せ』。クラシック音楽に疎い私は、これがどんな曲なのか、誰の曲なのか全く知らなかったが、『愛の夢』という名称が気になってこれを借りた。

寝る前、いつものようにセットして聞いた。それは初めて聞く曲なのに、なぜか初めてではないような感覚、どこか懐かしい、そして優しい。本当は悲しい曲なのかもしれないが、私には甘雨のような音色に聞こえた。

私はいつの間にか眠っていた。どこで寝たのかは覚えていない。気づくと窓の隙間から朝日が照らし、愛の夢が聞こえてきた。

それからは、苦痛な夜が訪れなくなった。

愛の夢。それは好きを超越した音楽、私にとって必要不可欠な一曲になった。

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余談

何年か前にチェリストの加藤さんのコンサートに行った時、愛の夢を演奏されていた。チェロで奏でる愛の夢は初めてだったが、心が震えるくらい感動した。機会があれば、また聞きたい。

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