【小説】 「皆さんが静かになるまで○○分かかりました」
本日は朝から全校集会が開かれることになっている。
生徒の大半はこのイベントを億劫に感じていることだろう。
億劫に感じているのは生徒だけではない。
この中学の校長である私もその一人である。
連絡事項を伝えるだけならばプリントにでもして配布する形ではいけないのかと今でも思う事がある。
しかし、全校集会はあの形でやらなければいけないものらしい。
あれも集団行動教育の一環なんだとか。
好きでやっている訳ではないのだから、こうして気乗りしないのが道理だろう。
ただでさえ面倒な全校集会の中でもことさら気乗りしないプログラムがある。
それは“校長先生からのお話”という私が生徒へ向けて話をするというだけの時間のことだ。
校長は話し好きだという言説を目にすることがあるが、それは誤解に他ならない。
少なくとも私は話し好きではない。
私は話したくて校長になった訳ではない。
校長の方が給料が良い、ただそれだけの理由で校長になったのだ。
私のような人間とは異なり、熱い志を持って校長になった人間もきっと存在するだろう。
その中には本当に話し好きの校長もいるかもしれないが、いたとしても少数派だ。
大半はやらなければならないのでやっているに過ぎない。
ある程度話さなければならない内容が決まっていて、それを出来るだけコンパクトに抑えるべくどの校長も努力を重ねているのだ。
ろくに聴いてくれない相手のために用意をするという徒労極まりない行為に辟易しない方がおかしいだろう。
校長同士で集まる機会があると似たような愚痴が噴出する。そうして同じ悩みを抱える同士がいるという事だけが私の心の支えとなっている。
そういえば、前回の全校集会は酷かった。あまりにも酷かった。
退屈な集会に飽きがきたのか、多くの生徒が私語に興じていた。
体育館というのは声が通りやすく、生徒達の私語は彼らが思っている以上に響く。
話をしようにも全く静かにならず、ガヤガヤという擬音が視認できそうな程の音圧が体育館中を包み込んでいた。
一人一人の声量は大したことなくとも、数百人という生徒が喋っていれば盛大なノイズとなる。
小さな雨粒が寄り集まり川や海へと連なっていくように、小さなノイズの集合体として音の圧が高まっていくのだ。
教師達も静かにさせようと努めてくれているものの、多勢に無勢であった。
教師達の声は生徒達の私語というより大きな声の圧にかき消されてしまっている。
困ったな。
今日もこなさなければならない業務が多々あり、早く終わらせてそれらに取り掛かりたいのに。
生徒達を無視してそのまま話し続けようかとも考えたが、教師達の手前それは難しい。
「静かにしてください」
そんな私の言葉も音圧に飲まれてしまった。
より大きな音でなければノイズをかき消せないのかもしれない。
“パンッ”
私は一度、柏手を打った。
乾いた音がマイクを通して体育館中に広がる。声とは性質の違う音だからか、よく通った。
生徒達が一瞬静かになった隙きをつき、私は話し始めた。
「皆さんが静かになるまで○○分もかかってしまいました」
本当は私もこんなことを言いたくない。言っても意味がない事もよく分かっている。
しかし、このやり場のない感情をぶつけずにはいられなかったのだ。
教師だって人間だ。聖人君子ではない。
とはいっても、もう少し立派な人間でありたかった。
私は弱い自分への嫌悪感を募らせつつ、淡々と話し続けた。
今回の集会も前回と同様の状況だった。
騒ぎ続ける生徒達に壇上から侮蔑的な眼差しを向ける。
学ばない猿どもめ。
そんな怒りで脳内がいっぱいになった。
こいつらを静かにさせなければ。
“パンッ”
乾いた音と共に静寂が訪れた。
しかし、それも束の間のことだった。より大きな喧騒が体育館を包み込む。
五月蝿いな。静かにしてくれよ。
“パンッ”
一瞬の静寂とより大きな喧騒。
五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い。これだからガキってやつは。
“パンッ”
「静かにしてください」
静かになるのは一瞬だけで、喧騒は増していく。どういう訳か、全然静かにならない。
静かにするように言っても分からないものなのか。眼の前の生き物達は本当に猿なんじゃないだろうか。
“パンッ”
怒る気力もなくなってしまった。何を言っても彼らには響かない。
“パンッ”
味方だったはずの教員達まで騒いでいる。大人なんだからしっかりしてくれよ。
“パンッ”
私は何度も何度も繰り返し、体育館が静かになるまで辞めなかった。
“パンッ”
乾いた音と共に静寂が訪れ、ついに喧騒が途切れた。
やっと静かになった。どれだけ時間が経ったことだろうか。
時間を確認しようと思ったが腕時計を忘れてしまっていた。
体育館の時計は壇上からは見えない位置にある。
壇上からは時計のみならず、生徒達の表情もよく見えない。
物音一つしない体育館で私はようやく話し始めた。
「皆さんが静かになるまで、こんなにも時間がかかってしまいました」
「皆さんが静かにしてくれないから、静かにしてもらう為に手を尽くしました」
「大変スッキリしました。もう思い残すことはありません」
真っ赤に染まった体育館と生徒や教師だった肉塊を見つめ、私は満足気に微笑んだ。
「では、私もそちらへ向かいますので。続きは向こうでゆっくり話しましょう」
私はそう言って自身のこみかみに突き付けた銃のトリガーを引いた。
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