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【創作小説】永遠の終末(59)

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(59)

署に帰ると、翔龍は誰にも気づかれないように、最上階の会議室に板垣を呼び出した。

真っ先に記憶が戻ったことの報告をしたら、板垣は、「こんな形で呼び出すとは、よほどのことなんだろうな」と言った。

ブラインドが降りた窓際のテーブルに対峙する形で座った。翔龍と久美が並び、対面に板垣が座った。3人とも真剣過ぎるほどの表情で、これから展開される会話の内容が尋常ではないことを物語っていた。

「知り合いが三宅ひとみさんと付き合っていたことが明白になりました。でも、迂闊なことは口に出せないので、先に、事件に関してボクの推理を聞いてもらえませんか?」

「いいだろう。松永刑事が言う知り合いとなると、私たちにも身近な人間かも知れないということだろう? 私も軽々しく仲間が殺人者だと思いたくない。じっくりと話を聞かせてもらおうか」

板垣は、あくまでも慎重だった。

「ボクは以前、岩佐純一以外にあの建物に侵入した人間がいるということを、いくつか聞き取った情報を基に報告したのですが、誰も本気にしてはいなかったのではないかと思っています」

「そうなんですか?」と久美。

「申し訳ないが、小峯看護師が殺害されるまでは、そう思っていたのは事実だ」

板垣は、そう言って続けた。

「理由は、何分にも、あれだけ医院の周辺で聞き取り捜査をしても、岩佐以外に不審な人物の姿が全く見えてこなかったことを第1に挙げたい。それに加えて、どうやって入ったのかという疑問以上に、我々の誰にも見られずにどうやって出て行ったのかを想像できなかったことが第2の理由だ」

「そうですよね。感覚的にはボクも同じで、犯人が『いつ』『どうやって』侵入したのかということを重点に捜査をしてきたんです。だから、姿が見えないように侵入した犯人は、どこかに静かに潜んでいて、誰にも見られないように建物から逃亡したと漠然と考えていたのも事実です」

「私もそうです。事件前後に建物内に居た不審人物は、岩佐純一だけでしたから」と久美。

「けれども、犯人らしき人間が見えてきた今、最初の事情聴取で入院患者たちから得た情報が、なるほどと真実味を持って蘇ってきたんです」

「その辺りのことも、じっくり聞かせてもらおうか」

「はい。まず、入院患者の1人が、午後6時15分に三宅ひとみさんの部屋のドアが閉まる音を聞いていました」

「それは、確かな情報か」

 板垣は、質問した。

「多分、確かです」

「多分という言葉は、確かという言葉と相性が悪いが……」

「すみません。でも、その時刻に聞いた音が、犯人は三宅ひとみさんを殺した後にどういう行動をとったのかを推理できるんです」

「どうしたんだ?」

「時系列に最初から話をしていいですか?」

「そうしてくれ」

「事件の始まりを午後5時45分頃としましょう。犯人は、子どもが開けた非常口から建物内に侵入し、ドアに鍵を掛けてから三宅ひとみさんが居る310号室に入った。午後5時56分に岩佐純一が306号室に面会に行った。その後すぐに、上村看護師が310号室に居る犯人の後姿を見た。彼女が部屋を出た後、犯人は、三宅ひとみさんを殺害した。午後6時15分に聞いた音は、犯人が部屋を出た音と考えられます」

「なるほどね。些細な事柄でも生きた情報ということだ」

「犯人は、部屋を出た後トイレに隠れたと思われます。午後6時20分に森脇祐子さんの旦那から電話があって、午後6時22分ごろ、岩佐純一が非常階段から逃亡した。ざっと、こんなもんでしょうか?」

「犯人は、どうして空き部屋でなくてトイレに隠れたんでしょう?」と久美。

「3階のトイレはほとんど誰も使いませんし、トイレは、出て行くのに都合がいいんです。そこにしばらく潜んでいて、それから、刑事や鑑識が到着した頃を見計らって、ハンカチで手を拭きながら『おしっこが我慢できなかったんだよ』とか何とか言いながら、さり気なく合流できるからです」

「なるほど」

「話を進めます。このように推理していくと、防犯ビデオには、犯人が建物に入るところは映っていなくても、出る所は映っているのではないかと」

「そうかあ。すっごーい」

 久美の驚きは、純真な子どもそのものだ。

「小峯看護師が言ったという『おかしな光景』の正体がそれだってことか」

 板垣も興奮していた。

「そのように思えてならないんです」

「分かった。すぐにビデオを見て確認しよう」

 第1会議室に移動して、ビデオを見た。すると確かに、2階の看護師詰所前の防犯カメラに3階から降りて来る姿は写っていたが、建物に入る姿が写っていなかった男がいた。

「残念ですが、思った通りです」

「ううむ。確かに……。これだけの証拠があれば、言い逃れはできないだろう。犯人は、鹿子田刑事だったのか」

 板垣が唸った。

「私は、信じられません」

 久美は、確実に戸惑っていた。

「それで、鹿子田は、今、どこに居るんですか?」

「署内で仕事をしているはずだ。手分けをして探そう」

板垣が立ち上がった時に、久美が、「ちょっと待ってください」と止めた。

「この部屋に入る前に、お手洗いのところで鹿子田刑事に呼び止められて、松永刑事と一緒にどこに行っていたんだと訊かれました」

「ほう。で、何と答えたんだ?」と板垣。

「三宅ひとみさんの実家に行きましたと言いました。すると、『何をしに行ったんだ?』と問い詰めるように訊かれたので、『着ていた服の確認に行ったところです』と答えたら、『そうか』となって、鹿子田刑事は、玄関口の方に向かって歩いて行きました」

「何だって? どうして早くそれを教えてくれなかったんだ?」

「私、その時には、鹿子田刑事が犯人だとは知らされていませんでした」

「そうか。疑っていますとも言えんしなあ。誰も鹿子田が犯人だとは考えていなかったときだった。しかし、鹿子田が犯人だと確信が持てた今、警察官を総動員して、すぐに鹿子田を追おう」

「私たちも加勢に行きます」

翔龍と久美が立ち上がって出口に向かった。

板垣が、今まさに部屋を出ようとする翔龍と久美を捕まえて、「捜査に行く前に、言っておきたいことがあるんだが」

「何でしょう?」

訝しながら、翔龍は、立ち止まる。

「キミと島村刑事とコンビにしたのは正解だったな」と言った。

「えっ?」

「誰にも影響を受けずにのびのびと捜査ができる環境を用意したつもりだ」

「……そこまで、配慮していただいていたんですか。ありがとうございます。島村刑事、そういうことらしい」

「とっても安心しました」

「うん。さらにもう一つ。今になってやっと気づいたことがある」

「何ですか?」

「キミと鹿子田刑事は、捜査1課3係に配属されてからずっと仲が良かったのに、最近になって不仲になったのは、これが原因だったんだな」

「三宅ひとみさんを殺害すると決めた時点で、2人の仲を知っていたボクが邪魔になり、いつかはボクを殺そうと計画をしていたんだと思います」

「そして、綿密な計画にしたがって8月23日に実行したってわけだ。優秀な刑事だと期待していたのに、本当に残念だ」

板垣は、下唇を噛んだ。

その後、可能な限りの警察官を動員して鹿子田を捜索した。

けれども、どこに逃げたのか、どこに隠れたのか、分からなかった。

 鹿子田重政は、見事に姿を消した。
 


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