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【創作小説】永遠の終末(60)
(60)
その夜、吉本理奈の携帯電話から翔龍の携帯電話にメール連絡が入った。けれどもそれは鹿子田からだった。
「この女を誘拐した。命を助けたかったら、誰にも言わずに、1人で、今は廃校になった肥田郡の外村小学校に、すぐに来い」だった。
――しまった。
どうして、犯人が鹿子田かも知れないと思った時に、吉本理奈に近づいて来た男は危険だと知らせなかったのかと後悔した。
交通課の青木の言葉「いつも松永さんの行動を見張っているはずです。……云々」を常に心に留めておくべきだった。
鹿子田が、理奈に出会ったのは偶然ではなかったのだ。可能な限り翔龍の後を付けていた。そして、殺害するチャンスを探っていた過程で吉本理奈の存在を知った。
この類の犯罪は、翔龍も理奈も殺害される。そういう性質を含んでいる。
だから、翔龍は、鹿子田からのメールの内容を全て板垣に話し、拳銃を携帯して表向きは1人で外村小学校に向かった。
板垣刑事たちは、隣村まで行って待機しておく。そこから何人かが歩いて近くまで行き、随時、状況を連絡しながら行動するという計画が立てられた。
小学校に着いたのは、真夜中だった。
山間部の村はずれに位置する小学校は、満月に照らされ、寂しく佇んでいた。
あちこちに草が生え、枯れた木の枝が散乱しており、もう長い間、運動場としての機能を失っていた。
車で正門から入り、運動場の端っこに停車した。
車から降りて歩く足音が静まりかえった闇の中にザッザッと響いた。
翔龍は、運動場の真ん中辺りで歩みを止めた。耳を澄ますと運動場の周囲を巡って流れている小川のせせらぎが聞こえた。
校舎の陰から、後ろ手に手錠をはめられ、目隠しと猿ぐつわをされた理奈の腕を引きずるようにして鹿子田が現れた。
「よく来た」
鹿子田は、不敵な面構えをしていた。この期に及んでも強気な態度は変わっていない。
「ボクは、お前が言う通り1人でここに来た。もう彼女は解放してあげてくれ」
「残念だが、そうはいかん」
鹿子田は、サバイバルナイフを理奈の首に突き付けた。恐怖で極限まで緊張している理奈の体が大きくびくっと震えた。
「もう、お前が犯人だとバレている。今更、犯罪を重ねても意味がないだろう?」
「こんな状況にさせられたのはお前のせいだ。お前が居なければ、俺が犯人だとバレることもなかった。お前の人生もめちゃめちゃにしてやる。旅は道連れと言うじゃないか。この女もあの世に一緒に連れて行く」
「お前、死ぬ気なのか? だったら、その前に三宅ひとみさんを殺害した理由を教えてくれないか。知らないままお前に殺されると、ずっと気持ちが悪い」
「そうだな。この際だ。冥途の土産に教えてやる」
鹿子田は、淡々と話し始めた。
「女房が妊娠して、最初は軽い気持ちから出会い系で知り合った。ひとみは可愛かった。そのうちに本気で愛し合うようになって、彼女は、俺の子を身ごもった」
「だから、邪魔になって殺した?」
「違う。俺は、妻を愛するのと同じくらい強くひとみを愛した。俺は、2人を大事にしていこうと決めていた」
「刑事の給料で2つの家族を養えるはずがないだろう」
「そんなことはない。それは金がない奴の乏しい発想だ。はっきり言って、貧乏人に理解はできないだろう。俺の親父も爺さんも資産家で愛人を囲っていた」
「信じられん。だが、それが事実なら、ひとみさんを殺害する必要はないだろう?」
「ひとみは、子どもができてから急に態度が変わった。父親がいない子どもにしたくないと言った。そして、女房と別れてくれと言って聞かなかった。もしかしたら、財産も手に入れようと企んでいたのかも知れん。別れてくれなかったら、俺の妻や家族をめちゃくちゃにしてやると言い張ってどうしようもなかった。だから、殺すしか方法がなかった。俺の本意じゃない。全てひとみが悪い」
「ううっ」
理奈が言葉にならない怒りの声を挙げた。
「どうしても分からないことがもう1つある。子どもが遊びで非常階段のドアの鍵を開けなかったら、お前はどやって建物内に入りつもりだったんだ?」
「俺は、最初からひとみに携帯電話で連絡して開けさせる計画だった。だが、子どもが開けてくれた。結果的にそれが良かったのか悪かったのか分からないがな」
「小峯看護師は、どうして殺した?」
「ああ、あの女か。すぐに俺の犯行だと見抜いたよ。8月に俺の女房があの医院で出産して面会に行った俺を覚えていた。素人は怖い。証拠なしでも迫ってくる。建物に入る姿が見えなかったという理由で、俺を脅してきた。そんなことが証拠になるかと言ったら、赤ちゃんのDNAを調べましょうかだ。もう逃れようがなかった。あの女、ギャンブルにハマってたらしく、俺に金を要求してきた」
「口封じのために、仕方なくってわけか」
「俺の生き方の邪魔をするのが悪い。何もしなければ、俺は危害を加えなかった。さっきも言ったが、人を殺すのは本意じゃない」
「ウソつけ! 理奈さんは、お前に何の害も及ぼしていないだろう」
「何言ってやがる。俺は、気に入った女に振られたことはなかった。だが、この女は『私には、とても大事に思っている人がいます』だとさ。俺のプライドをいたく傷付けた」
翔龍は、それこそ嘘だと思った。
何故なら、あの日、理奈は翔龍に振られ、鹿子田の元に向かった。
「理奈さんは、お前と食事に行ったはずだ」
「バカか。こいつは、俺の誘いを無碍に断りにやって来ただけだったよ」
――そうか。あの日、理奈さんは、食事に行かなかったんだ。良かった。
翔龍は、この状況下でも何とも表現し難い安堵感を覚えた。
「俺は、非常に後悔しとる。あの台風の夜、お前にトドメを刺しておけば良かった。俺とひとみの関係に気付くとすれば、お前しかいなかったのだから」
「交通事故は、やはり、お前だったのか。そうでないことを願っていたんだが……」
鹿子田は、理奈の顔を左腕に巻き付けて、「恨むなら松永に好意を持った自分を恨め!」と言うと、右手に持ったナイフを理奈の首に突き刺そうとした。
その時だ。
「待て!」と翔龍は叫んで隠していた拳銃を素早く取り出して構えた。鹿子田は、予想もしてなかったらしく、大きくたじろいだ。
「松永―! お前、この女に弾が当たってもいいのか―。お前が殺すことになるぞー」
理奈を盾にして身構えた。それは喉の奥から絞り出た叫びだった。
「本当に分かってないな。お前は」
「何?」
「その女は、ボクの彼女でも何でもない。はっきり言って傷付こうが死のうが、ボクには何の関係もない。殺したければ、殺せ」
「はあっ?」
これも鹿子田にとっては想定外だったようで、ナイフを持っていた手の力が緩んだように見えた。
その瞬間だった。
「理奈さん!」
翔龍が名前を叫んだ。
「一気だよ!」
「馬鹿め!」
鹿子田が次の行動に移ろうとしたその時、理奈の体が息もつけない速さで沈んだ。
バン!
ナイフを持っていた方の肩を撃ち抜かれて、鹿子田はのた打ち回った。
翔龍は、運動場の真ん中でふらふらと揺れる理奈に駆け寄り、崩れ落ちようとする体を支えた。
理奈は、力なく翔龍に寄りかかった。
目隠しと猿ぐつわを取りながら、「怖い思いをさせて、申し訳ない」と翔龍は言った。
肩に手を触れると、小刻みに震えているのが伝わってきた。
何か言いたそうに、理奈の瞳が翔龍をじっと見つめた。
翔龍は、理奈を誰よりも愛おしく思った。
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