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【創作小説】永遠の終末(53)
(53)
翔龍と久美のコンビによる独自捜査によって、事件があった時間帯に医院に居た不審人物は、岩佐だけではない可能性が出て来た。
そのことを板垣には伝えたが、岩佐純一を起訴に持っていけるかどうかに振り回されていて、まるで聞く耳持たずの状態だった。
今までに実施した医院周辺の聞き込み捜査でも、非常階段から建物に入り込んだ不審人物の情報は何1つなかった。このことも板垣を説得できない理由の1つだった。
大きく流れている川の向きを変えることは難しい。
「今日も疲れました。ゆっくりしたい気持ちです」と理奈にメールをしたら、仕事中にも拘らず、すぐに返信があった。
「お疲れ様です。お訊ねしたいことがあります。今夜7時、喫茶「スワン」でお待ちしています。 理奈」
翔龍も「了解しました」と返した。
訳もなくメールを送ったりすると、ストーカーと勘違いされたりする世の中だ。何のわだかまりもなく、女性から返信があることが嬉しかった。
11月も中旬となると、夕方はコートに身を包みたくなる。
時には、人ごみの中でコートの襟を立てて歩くこともある。すぐ傍に、こんなにたくさんの人が居る。けれども、人が多ければ多いほど孤独を感じる。殆どの人間が赤の他人同士で、誰とも関わらずに過ごしている。同じ市内に住んでいながら挨拶1つ交わさないことを誰もおかしいと思わないのだろうか。
この頃の翔龍にとって、喫茶店の中は身も心も温かくしてくれる唯一の場所になっていた。
目の前に理奈が居るだけで心が躍った。その理由は分からない。
「今日は、無理を言ってすみませんでした」
理奈の第一声だった。
「いえ。ボクもゆっくり話をしたいと思っていたところなので」
「そうですか。嬉しいな」
そう言って微笑む顔が可愛い。
「何を食べますか?」
「私は、Aランチを」
「ええっ? いつもじゃあ飽きるでしょう」
「そんなことは無いです。私は、まだ2回目です」
そうだったと思った。何度も会っているような気がしていた。
2人とも、Aランチに舌鼓を打った。
食後は、決まったようにコーヒーを注文した。
「美味しいコーヒーは、心を和ませてくれます」
「私もそうです」
カップを通して伝わってくるホットな感覚が嬉しい。翔龍は、思い切って訊ねてみた。
「吉本さんは、今でも岩佐さんを思っているんですか?」
「松永さん、勘違いをしています。私、純一さんが好きと言っても、あのような人柄の人が好きなだけですから」
「そうなんだ」
「松永さんは、どうなんです? 好きな人とかいないんですか?」
「先日も話したように、こういう職業ですから、結婚しても心配をかけるだけです。吉本さんは、どういった男がタイプなんですか?」
「そうですね。……背が高くて、ハンサムで、優しくて、健康で逞しくて、高収入で……」
自分に言い聞かせるように、指を1つひとつ折りながら言った。どれ1つとして翔龍に当てはまるものはない。自分に望みを持つなと言われているようで――。
「もう結構です。すごく条件が高いですね」
「結婚する前から望まない男性と付き合いたくはないだけです。そうそう、今日の午後、松永さんが十日町を若い女性と一緒に歩いているところを見ました」
「ああ、島村刑事ですね、それは。捜査上で確かめたいことがあって、あるお宅を訪問した時ですね」
すると、あの時見かけた後姿の女性は、理奈ということになる。
「雨の中、相合傘で歩いていた2人連れがいました。もしかしたらと……と思っていたのですが、あれは、やっぱり吉本さんだったんですね?」
翔龍の言葉の端々に知らず知らずのうちに落胆の気持ちが表れていたのかも知れない。
理奈は、急に慌てた表情になって、「いえ、あの時は、銀行からの帰り道で、急に雨が降って来て、困っていたら、傘を差し掛けてくださった方がいて……」
理奈の精一杯の言い訳だった。
――言い訳なんかしなくていい。
翔龍もいつかは理奈のことを気にも留めていないと告げる必要を感じていた。
なぜなら、奥さんになる女性は、「真知子」なのだから。
「別に、構いません……」
その時だった。翔龍の携帯電話が鳴った。
「小峯看護師の遺体が見つかった」という内容だった。
「すみません。緊急事態です。行かなければならなくなりました」
そう言って、テーブルの上に置いてある伝票を手に取って立ち上がった。
理奈が何か言いたげな、寂しげな表情をしていた。
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