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【創作小説】永遠の終末(52)

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(52)

雨の中を電車通りまで走って出た。

「今度は、どこに行くか尋ねないのか?」と翔龍が言うと、「私、どこに行って、何をしていいか分からないので……」と頼りない言葉が返って来た。

「島村刑事は賢いのか、そうでもないのか分からなくなった」

「私も同じことを考えていました。つい先ほどまで、……少なくとも松永刑事よりましだと確信していたんですが……」

「それ、どういう意味だ?」

「意味なんてありませんよ。で、どこに行くんですか?」

「一条産婦人科医院だ」

「今度は、何をしに行くんですか?」

「大事なことだから、直接確かめたいことがある」

「何ですか?」

ちょうど、その時、通りがかったタクシーに乗った。

医院専用の駐車場に、2台の車が停めてあった。時間的に午後の診療時間帯だ。

診察は1階で行われる。

「2階と3階は、今日の段階では誰も居ませんから」と上村看護師は、2人を3階に案内してくれた。

「三宅さんの命を奪ったのは、やはりあの男性ですか?」

310号室の前で上村が心配そうに訊ねた。

「まだ、捜査中なので、何とも……」と久美が答えた。

「この部屋は?」と翔龍。

「鍵を掛けたままです。中も事件が解決するまでは、そのままにしておいてほしいと警察から要望があったのでそのままにしてあります」

「ありがとうございます」

「開けましょうか?」

「いいえ、今日お尋ねしたかったのは、こちらの非常口のドアの方です」

 翔龍は、非常口のドアを指差した。

「何でしょう?」
「上村さんが、午後6時前に310号室に駆けつけ、部屋に入る前に、このドアを見た時、鍵は閉まっていたと聞いたんですが、確かでしょうか?」

「はい。確かです。閉まってました」

「勘違いということはありませんか?」

「私は、3階に上がった時は、必ずこのドアの鍵を見るように心掛けています。習慣です。私だけではありません。看護師は全員がそうします。防犯カメラがありませんから、外から入られないように注意していました」

「分かりました。ありがとうございます」

 お礼を言ってから、上村には仕事に就いてもらった。

翔龍は、非常口から階段の踊り場に出た。

隣は駐車場になっているので、見晴らしはいいと思っていたが、予想外れだった。3面を高いビルの側面で囲まれている関係で、駐車場に立っている人や駐車場前の道路を通行している人、対面の小さな公園で休んでいる人以外は、どこからもこの階段が見えないことが分かった。

――やはり、外からの侵入の線は、大きい。犯人は、岩佐純一ではないだろう。

この駐車場は、刑事の盲点だったと言える。

「何が分かったんですか?」

ずっと傍について来ていた久美が訊ねた。

「正確な時間は分からないが、こういうことじゃないかな。午後5時には、非常ドアの鍵は閉まっていた。午後5時半過ぎには、子どもが開けた。そして、午後6時前には、鍵は閉まっていた。つまり、犯人は、午後5時半から午後6時までの間に建物に侵入して、自分で鍵を閉めた」

「なるほど。すっごーい」

久美が驚いた顔で歓声を上げた。

「だが、まだ、何の物的証拠もないから、板垣主任にも誰にも話せないけどね……」

3階の廊下に戻った時、慌てた顔をして上村看護師が近づいてきた。

「どうしたんです?」

「今、刑事さんに言っていいものかどうか……、実は、看護師の小峯さんが欠勤しているんです」

「で、どうしてそんなに慌てているんですか?」

「連絡が取れないんです。今まで欠勤したことがないので余計に心配です。……私、どうしたらいいでしょうか?」

上村は、おろおろしていた。

「お家の人とも連絡が取れないんでしょうか?」

「小峯さん、アパートに1人暮らしです」

「そのアパートに行ってみましたか?」

「水谷さんに行ってもらいました。インターホンを何度も鳴らしたんですが、誰も出て来なかったそうです」

「署に連絡をして、誰かに行ってもらいましょう。何か事件と関係があるような気がしますね。彼女の住所を教えてください」

 翔龍は、板垣に小峯看護師が行方不明の旨を連絡し、所在の確認をしてもらうことにした。

もしかしたら、小峯看護師は、刑事や医院関係者が知らないことを知っていたのではないだろうか。行方不明という事実が翔龍のその推理を強くした。

署に帰る前に、翔龍は、看護師たちに聴取した。聴取は、ちょっとでも記憶が新しいうちに実施しておくべしだ。

「皆さんに、お訊きしたいのですが」

翔龍は、2階の看護師詰所に入って、目の前に展開している状況を心配そうに見つめていた3名の看護師たちに向かって言った。

「事件当日、小峯さんに何か変わったことがありませんでしたか? どんな些細なことでも結構です。思い出してください」

看護師たちはお互いに顔を見合わせた。

怖くなったのか、看護師の1人が、「小峯さんは、誰かに殺されたんでしょうか?」と不安な思いを口にした。

「私たち、ずっと一緒にいたのに……、それなのに小峯さんだけが誘拐されるなんて……。次は、私の番かしら?」

水谷看護師が憂色を浮かべた。

「いえ、それは分かりません。ただ、彼女だけ何か違ったものを見た可能性が考えられます。よく思い出してください」

「事件が起きる前ですよね?」

「そうとは限りません。私たち刑事や鑑識が帰った後かも知れないし……」

「そう言えば……」

水谷が何かを思い出したようだ。

「面会室で刑事さんたちが上村さんに聞き取りをしていた時に、小峯さんが『おかしな光景だった』と呟いていました」

「ほう。それは時刻にして、何時頃ですか?」

「午後7時前です」

「僕たち2人がここに到着する前ですね。どんな内容か分かりますか?」

「私が『何なの?』と訊ねたら、『いいえ、何も』と笑っていました。『事件と関係があるんじゃないの?』と質問したら、『関係ないわよ』と機嫌が悪そうに答えたので、そのままにしました」

「そうですか。よく思い出してくれました。他に何か気付いたことはありませんか?」

 3名の看護師は、そのこと以外には思い出せなかった。

 翔龍と久美は、急いで医院を後にした。

「彼女がもし事件と関係があるとしたら、その時間帯に、何かを見たということになる」

「松永刑事、小峯さんは『事件とは関係がない』と言ってます」
 久美が言った。

「ボクも自信を持って言い切れるわけじゃないけど、その言葉を口にした時刻と場所を考慮すると、多分、関係がある」

 医院からの帰り道、翔龍は、厳しい目つきをしていた。

 小峯看護師の行方は分からないままだった。

管理人に頼んで部屋の中を探したが、めぼしい収穫は得られなかったということだった。ただ、昨日の夜遅く、アパートを出る姿が防犯カメラに映っていたようで、それを最後に、彼女は、アパートに帰っていない。

 メモのようなものも彼女がいつも持ち歩いている携帯電話も発見できなかった。

 あくる日、家族から正式に看護師小峯桜子の捜索願が出された。
 


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